念仏と自灯明・法灯明

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2019年3月 彼岸会より

 お釈迦様の晩年のお言葉ですが、「自灯明・法灯明」があります。他を拠り所にせず自らを拠り所にし、法を拠り所にせよという意味になります。このお言葉は晩年といいましても、最晩年、お釈迦様がお亡くなりになるときにお弟子たちに伝えられた教えだと言われています。クシナガラという村で容体が悪くなられてそのまま入滅されました。80歳だと聞いています。二本の沙羅の樹の木陰で静かに亡くなられました。涅槃の様子をそのように伝えられますが、その時、悲しむお弟子たちに告げられた教えがこの「自灯明・法灯明」であるということです。

 また違う説もあります。お釈迦様が病に倒れられ命を落とされそうになったことがあるそうです。幸い快復されるのですが、その時にお世話をした阿難尊者がお釈迦様のご快復をみて、きっと元気になると確信していたことをお釈迦様に話しました。その時に諭されたお言葉が「自灯明・法灯明」であるとも伝えられています。私(お釈迦様)を灯にせず自らを灯にせよ、そして私(お釈迦様)を灯にせずに法を灯にせよと阿難尊者に告げられた。

 この自灯明・法灯明はお釈迦様の入滅以後に大きな道しるべになっていくことになります。この拠り所ということですが、言い換えれば何かを当てにすることでもあります。私たちは何を当てにして生きているでしょうか。そんなことを考えるとこの「自灯明・法灯明」の言葉がまた違う思いで感じられるかもしれません。今回の話のテーマはこの「自灯明・法灯明」とお念仏ということにさせていただこうと思います。

 もうかなり前の事ですが、ある先生から聞いた話です。小学校のPTAである作文が問題視されたそうです。「親孝行」をテーマにした作文だったそうです。その文には「僕が大きくなったら、お父さんお母さんを立派な老人ホームに入れてあげます」と書かれてありました。親子関係を子供がこのようにお金で割り切った表現をすることは教育上問題であるということです。子供の将来にも不安がある。そういうことだったと思います。

 今、この作文を小学生が出したら大騒ぎされるでしょうか。それとも親の事をよく考えた内容だと思われるでしょうか。どちらも極端で大騒ぎされるほどでもないと終わるかもしれません。子供が描く立派な老人ホームとはどんなところでしょうね。考えてみれば、親と子供がつかず離れずそれぞれお互いに自分の生活が出来ればそれが一番いいじゃないか。喧嘩もしなくていいし、親もその場所が老人ホームなら、まして立派な老人ホームなら越したことはないぞと思うかもしれない。

 で、この立派な老人ホームはお幾らくらい掛かるんですか。立派な分だけ費用も掛かるでしょうね。それを見越して立派な老人ホームに入れてあげようと心がげてくれるなら有難いかもしれない。最近こんな子供おりませんよ。

 しかし何処か違和感がある。何か違うでしょう。介護福祉は今は充実しています。病気になれば入院して施設も出なければなりませんが、それでも終の棲家にと思われる方も結構おられるのじゃないですか。介護福祉の向上で何か変わりましたね。こういう施設が多くなる前は孤独死が流行っていました。現在も孤独死の問題はあるでしょうが、以前ほどは聞きません。またその孤独死問題の前は、年取った親たちが子供の家庭にお世話になりに行こうか行くまいか迷っておられた。そんな話をよく聞きました。実際に子供の家庭に入られた方はそれほど多いとは思いませんが、よく出る話でした。成功率がとても低い話でしたね。出来上がった家庭に後からジジババが入ってもそう簡単には馴染みませんよ。

 こんなことを思い出しながら考えますと、この数十年間といっても、知らず知らず私たちの周りの状況は変化しています。最近言うところの老人ホームなど在りましたかねえ。昔は養老院といってどちらかというと姥捨て山のイメージが強かった。現在の高級な老人ホームなどとはかなり違ったものでしょう。私たちはその時々の周囲の環境のなかで物事をとらえますから、この作文のような立派な老人ホームの話についても時期がずれると歯切れが悪くなる。いいのか悪いのかよく分からん。

 この作文が問題視された頃は、問題になったのですからはっきりしていたのです。しかし気づかないうちに物事を見る眼に変化が起きている。自分ではしっかりと物事を見ているつもりでも、実は自分が思うほど一貫性がない。もっと言えば、その時々の状況に流されて考えている。そしてその時々において何かを当てにしてその事を考えたのであり、生きていたことは間違いないでしょう。しかし、じゃあ何を当てにしてきたかと改めて問うてみても、ぼやっとした記憶でしかない。

 若いときは元気が当たり前ですし、知らずに自分の身体を当てにしていた。時間も無限にあるような気がしたかもしれない。年を取ると当たり前の健康が次第に宝物のように感じてくる。時間は無限にあったあの頃は、今じゃ残り時間が後どれだけだろうか、老後のお金は足りるかなと心配事も増えてくる。自分の抱えるものが変化するたびに気持ちも変化するのでしょう。ただその変化にはなかなか気づかないのですね。

 この自灯明ですが、自らを拠り所にしなさいという教えです。どこのどういう自分を拠り所にしなさいと言われるのでしょうか。考えるとなかなか答えが出ない問題です。

 では、この「法」を拠り所にしなさいとはどういうことでしょうか。大谷派の曽我量深師がこの法について書かれていますので紹介します。

『曽我量深選集』より

「法というのは、サンズイに去ると書く。去っていくこと水の如し。淡々として何の執着もない。それが法の意義であります。そして、この法というのは誰にあって何処にあっても、又、何時であっても、又、順境にあっても、逆境であっても、その本性は一貫して変わりがない。それを法という。それは善人にあっても悪人にあっても、変わりがない。仏にあっても凡夫にあっても変わりがない。証った人にあっても迷へる人であっても何ら変わりがない。聖者にあっても増さず、凡夫であっても滅せず、不増不滅である。これを法という。如何なる時によっても、処によっても変わらぬ。人によっても変わらず、環境によってその価値は変わらぬ。仏にあっても我がごとき愚かな者にあっても変わらぬ。どんな者の中にあっても変わらぬ。これを法という。」

 法についてこのように言っておられます。お釈迦様は阿難尊者に法を拠り所にしなさいと言われました。その法をこういうふうに表現されます。何となく興味深いですが、どこをどう捉えていいのかも分かりません。

 親鸞聖人の『教行信証』化身土巻に、「韋提別撰の正意によりて、弥陀大悲の本願を開闡す。」とあります。これは韋提希がお釈迦様に阿弥陀仏の浄土に行ける教えをお願いするところです。ただ、韋提希はこの阿弥陀仏の浄土の前に諸仏の浄土見せてもらっているのですね。韋提希はその諸仏の浄土を丁寧に断り、そして阿弥陀仏の浄土を懇願します。これを韋提別撰の正意と言います。正意ですから正しいい意味。韋提希が正しい意味で諸仏の浄土と阿弥陀仏の浄土を分けていることによって、弥陀大悲の本願が開かれたという意味だと思います。ここに正しく選ぶことが前提にされているわけです。

 それで、ではその諸仏の浄土と阿弥陀仏の浄土はどう違うのでしょうか。正信偈にも書いてありますが、最初の処です。法蔵菩薩は世自在王仏に見せられた諸仏の浄土をことごとく観察して、自らの浄土である阿弥陀仏の浄土建立を誓った。諸仏の浄土とは違う阿弥陀仏の浄土建立です。

 諸仏の浄土とは、法を拠り所にしてそれぞれの諸仏が自らの器量で成仏されたのが諸仏の浄土だと言われます。しかしそんな器があるとも言えずないとも分からない者が、法を拠り所にしてと言われても何が何やら見当もつかない。その時々に様々に執着しながら生きるしか術を知らない者に、執着するな、とどまるな、分け隔てするななどと言われても、そこにしか生きられない凡夫であり愚かな自分にとってどう行けばいいのだろうか。

 それに対して法蔵菩薩が誓った阿弥陀仏の浄土は、そのような我々凡夫をみそなわして、そして阿弥陀仏の浄土において成仏せしめようと誓われた浄土ですね。

 この阿弥陀仏の願いを本願と言います。四十八の願があります。その十八番目の願が念仏往生の願と言います。本願の要です。だから本願とは私に先立って、阿弥陀仏の方から私に向けられた願いである。こう言って差し支えないと思います。では、阿弥陀仏は私に何を願われるのか。わが名を称えよ。これが念仏「南無阿弥陀仏」を称えなさいということです。念仏にはこんなおいわれがあります。いうなれば阿弥陀如来は法より来りて念仏の衆生を摂取する仏様。

 それでは、韋提別撰の正意は何であったのかといいますと、韋提希のつまづきです。詳しい話はいつかできればと思いますが、韋提希は事件に巻き込まれます。その事件の中で別にボケっとして生きていたわけではない。それどころか懸命に事件に向かっていくわけです。しかしその姿がまた仇となり、ますます混迷を深めていきます。韋提希は懸命に取り繕おうとしながらもそれが原因で全てがガラガラと崩れて、最終的には自らの命すら危うくなるのですが、その韋提希の様子を善導大師は「あゝ、哀れなるかな恍惚の間に」と言われる。老人ボケだけが恍惚の人じゃないんですね。そして韋提希はお釈迦様の前で我が身の愚かさに気づくのです。そんな事を通して韋提別撰があります。

 この韋提希の愚かな我が身に対する、自らへの眼が韋提別撰の正意であり、阿弥陀仏の浄土と諸仏の浄土を見分けた眼だったのだということです。

 だからと言って私たちが韋提希のようにつまずかないでもいいのですが、こうして先祖から頂いたお念仏を何気なく称えております。この念仏が自らを「ああ執着していたなあ」「愚かだったなあ」と我が身の愚かさを、そのまま法の方から見せて頂いているのだということを思い出していただければ幸いです。そして、もしそのようなお念仏ならば、それは法を拠り所にした我が身を具体化しているのだということも申し上げたいと思います。日常の生活に念仏を称えることで、次第に法があきらかになっていく。そういう事ではないかと思います。

 年を取らなくていいなら、病気にならなくていいなら、死ななくていいならと言っても、そんな人誰もいないし、何かに執着することでしか生きて行く術がない私と、一切に執着がない、変わることがない法が、どのように関りがあるのだろうか。そして南無阿弥陀仏は私と法との関りにまします仏ではないだろうか。そういう事を考えております。

 信心について「二種深信」というお言葉があります。

・決定して、かの阿弥陀仏、四十八願をもって衆生を摂受したまふ、疑いなく慮りなく、かの願力に乗ずれば、さだんで往生を得と深信せよ。

・決定して、自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた、つねに没しつねに流転して、出離の縁あることなしと深信す。

 上の文が「法の深信」。下の文が「機の深信」です。両方をもって二種深信といいます。今日はこのうち法の深信をもとに、念仏と「自灯明と法灯明」ということで話しました。

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