行巻その⑦の付録「AIに聞いてみたら」

令和8年3月 春彼岸会 法話より

「教行信証」の正式名は「顕浄土真実教行証文類」といいます。「文類」はいろんな文を集めたものということですから、浄土の真実を顕かにした文類ということになります。説明するのは簡単ですが、読もうとしても読めません。難解だからですが、読みかえがすごくて、その理由もよく分からないのですね。

しかし、それはこちらの立場で読もうとするからであり、親鸞聖人はちゃんと筋を通しておられるわけですから、こちら側との視点のズレがあることになります。だから親鸞聖人の描く文脈をこちらが探らなければなりません。

数百年の間、その作業が続けられています。そこでこの際ですから、自分もその作業に加えてさせていただいて、こうして聖教読みを皆さんと一緒に続けております。はたしてどこまで行けるか分かりませんが、まだ行き詰まってはいないと、自分ではそう思っているのでこうして続けています。

現在、教行信証の行巻を読んでいますが、先に証巻を少し読み、そして教巻から行巻に入りました。今回はその行巻の『十住毘婆沙論』から『浄土論』に入るところです。しかし、こうして聖典を読んでいくと、前後関係が当然出てきます。今回はとくにそれが強くて、前の『十住毘婆沙論』が無視できません。

ブログではそのまま読んでいただければ何とかつながるのですが、ここはある面一発勝負なので、なかなかそううまくいかない。今回の原稿をじっと見ていると、これはいくらなんでもこのままじゃ話にならんだろうと思ったわけです。だいたいにしていつもそういうジレンマはありますが、それでも何とかここまで来ました。しかし、今回はそういうわけにもいかないかなと困っていました。

考えた末、こういうふうにすることにしました。今回の課題から一点だけをしぼり、そこをダイジェスト版でお話ししようと考えました。まぁ予告編みたいのもので、タイトルには「付録」と書くことにしました。

で、どこに絞りこむかということですが、それが資料にあります「『浄土論』に曰く」のところです。  

 我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり、と。

 仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぎぐる者なし、よく速やかに 功徳大宝海を満足せしむ、と。

前回は『十住毘婆沙論』の「易行品」の話でしたが、今回もこの「易行品」が登場します。詳しくはブログに載せていますので、興味がある方はそちらも読んでいただければと思います。そして今日はここのところを角度を変えて話してみようと思いますのでよろしくお願い致します。

それで、この『浄土論』の句の中から「遇うて空しく過ぐる者なし」のところをピックアップしました。どうしたかといいますとAIに聞いてみました。最近はこういうことが出来るんですね。AIは時々使いますが、それでも今回はなかなか面白いなぁと思いました。

それでAIに何を聞いたのか。「人生を虚しく過ぎるとはどんなことだろう」と聞きました。するとAIは答えました。

「人生を虚しく過ぎる」という感覚は、言葉にするのが難しいほど静かで、それでいて重たいものですよね。」すごいですね、これが最初の答えです。そして「それは単に「不幸である」ということではなく、「自分の人生に参加していない感覚」に近いかもしれません。具体的には、以下のような状態を指すことが多いようです。」と、このように続きます。

1)「反応」だけで一日が終わってしまう「自分の意志で何かを選び取るのではなく、降りかかる用事や、SNSから流れてくる情報、他人の機嫌に対して「反応」しているだけで時間が過ぎていく状態です。」(自分の手で舵を握っている感覚がなく、ただ川の流れに押し流されているような感覚です。)

2)「いつか」を待ち続けて「今」が空白になる「「もっとお金が貯まったら」「もっと良い環境になったら」と、本番の人生がいつかどこかで始まるのを待っている状態です。(準備運動ばかりを続けていて、結局一度もコートに立たないまま日が暮れてしまうような虚無感です。)

3)心の動かない「効率」に支配される「無駄を省き、合理的に動いているはずなのに、そこに驚きも感動も、あるいは心地よい疲れすらない。(「何のために?」という問いに答えられないまま、スケジュール帳を埋めること自体が目的になってしまう状態です。)

この1から3までを読んでどう思われますか。理解できるような出来ないような、なんとも言えず、反応しづらいと思いますが、こうやって聞いてみるとAIは日本人の感覚を推し量って言っているのではなくて、世界から集めた情報をもって答えているわけですね。だからこの1から3までの答えがそのままスキット届かないようにも思えます。

それどころか、この123は、自分の普段のひぐらしの姿そのものじゃないかと思われる方もおられるのではないでしょうか。これが何故自分の人生を虚しくするのかピンとこない、と、そういう人もいるかもしれませんね。日本人は協調性が高いといわれています。周りに合わせる習慣みたいなものがあるようで、悪く言えば、閉鎖的な島国根性が基本的にあるとも言われているのではないでしょうか。個人的な主張をあまり出そうとしない。そういうことを考えると、この123の答えが何故そうなのか分からなくなる気がします。

それでは4の答えです。4)誰とも分かち合えない「孤立」「たとえ周囲に人がいても、自分の本音や、美しいと感じたもの、痛みを誰とも共有できないとき、人生は急に色褪せて見えます。「自分がいなくても、世界は何も変わらない」という感覚が、虚しさの正体であることもあります。」

この4の答えは何となく分かりますね。しかしながら、私たちには周囲と同じになることを目的化する人もいるし、まわりと同じ色になっていないと不安な人もいる。でも、それはそれで、ただそのことだけなら自分自身はないのですから、みんなの中にいながらも、その孤独さには気づいている、と、こういうこともあるでしょう。

夏目漱石が言っています。「智に働けば角が立つ」自分の知識を出せば周囲と衝突する。ヨーロッパに留学した漱石は、当時の個人主義を目の当たりにします。その眼(まなこ)に日本人がどのように映ったでしょうか。「情に棹させば流される」だからといって、相手に合わせると流されてしまう。「意地を通せば窮屈だ」。かといって、自分の意思を通そうとすると息苦しくなる。「とかくに人の世は住みにくい」と、当時の日本の世間体を表現しました。

漱石は明治時代、この日本の世間体と近代ヨーロッパの個人主義の狭間で葛藤した人だと言われています。それから百数十年が過ぎました。今の私たちが漱石が見た世間体と個人主義の中で葛藤しているかどうか分かりませんが、この「人生を虚しく過ぎる」の答えの1から3がしっくりこないのは、やはり日本人のこの感覚がどこかで生きているのかもしれませんね。しかし、だからといって昔のような世間体を生きているとか、西洋の個人主義を生きているというのとは違う気がするでしょう。

西洋の個人主義はキリスト教を背景にした個人主義だそうです。日本の個人にはそのようものはないですね。だからといって、じゃあ日本人の個人主義は何だと聞かれても、ちゃんと答えられる人がどれだけいるでしょうか。しかしこの4の答えにある「誰とも分かち合えない孤立・孤独」は、世間体の中であれ個人主義であれ、そのどちらにおいても通じる「空虚感」ではないでしょうか。

そしてAIは最後に「一つの視点」でこう言いました。「「一つの視点」哲学者パスカルは「人間は自分が死ぬことや惨めであることを考えないようにするために、常に何かに没頭し気晴らししようとする」と言いました。もしかすると「虚しい」と感じる瞬間は、その忙しい気晴らしから一瞬脱却して、自分の生に誠実に向き合おうとしているサインかもしれません。」

AIが出したこれらの答えが、そのまま自分に合ったものかどうかは別にして、この「虚しい人生」というものの正体は何かと考えたら、やはりこの誰とも分かち合えない「孤立感」や「孤独感」に見る、人としての「虚しさ」、そして「死」における「孤独」の問題でしょう。世間体や個人主義といった、生活の表層的なのものから、もっと深いところにある、人間の心の芯のところの、この「孤独感」と「死」の問題は、人間の存在性として共通するのではないかと思います。

とにかく、この1から4までがAIが出した最初の回答です。もっと話しましょうと言っていましたが、こちらがすでにオーバーフロウ気味なので止めました。すごい時代になってきたなと思いましたね。

それで今度は「虚しい」と「空しい」の違いは何かを調べました。「「虚しい」と「空しい」はどちらも「むなしい」と読み、内容がない、無駄である、はかないという意味では共通していますが、ニュアンスに違いがあります。「虚しい」は精神的な空虚さや心が満たされない状態を、「空しい」は物理的なからっぽさや努力が無駄に終わるはかなさに使われます。」また「「使い分けとしたら、「虚しい」は「心」「気持ち」が「虚しい」、「空しい」は「努力」「時間」が「空しい」で、「存在そのもの」が希薄な場合は「虚しい」の方を使う」と、こういう答えもありました。

この『浄土論』では「空しく過ぐる者なし」ですから、心の虚しさよりも「空しく過ぎないのだ」というどこか主体的なところがある。それがこの「空しく過ぐる者なし」だと思うわけです。そしてこの「虚しく過ぎない」と「空しく過ぎない」の二つは必ずしも同じではありませんが、繋がっているのではないかということですね。

AI が最後に言った「一つの視点」がありましたね。「「哲学者パスカルは人間は自分が死ぬことや惨めなことを考えないようにするために、常に何かに没頭して気晴らししようとする」もしかすると「虚しい」と感じる瞬間は、その忙しい気晴らしから一瞬脱却して自分の生に誠実に向き合おうとしているサインかもしれません。」

ぼくは「存在の希薄さ」と、AIのこの最後の言葉がリンクします。掴もうとしても掴めず、自分の手からスッと抜け落ちていくうようでいて、しかしいつもそこに感じているような「存在の希薄さ」ですね。この言葉はすごいなあと思いますね。

それで、この「『浄土論』に曰く」と言われ、そして「願生偈」から二の句が載せられています。

我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり、と。

仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし。よく速やかに 功徳の大法海を満足せしむ、 と。

この二つの句は『浄土論』では全く別のところにあります。それを単に二つ並べられて「『浄土論』に曰く」と親鸞聖人は述べられますが、しかしこれだけでは『浄土論』だと言われても意味がとおりません。そしてその句の中に「真実功徳相に依って」とあるわけですね。真実功徳の相ですから、相は姿かたちであり、またその世界観でもあります。厳密にいえば言葉もそうなると思いますよ。言葉ひとつで何か見えたりするでしょう。他人には見えなくても自分には見えたりします。

とにかく、この真実功徳の相は、この「存在の希薄さ」とすごく関係していて、その心の芯の部分を目指して現れてくると思っているわけです。

そこで「仏の本願力を観ずるに」ということがその次に問題になります。私たちは人の「孤独感」や「孤立感」は理解できるでしょう。みんなそれぞれ何処かに持っているのではないですか。だからそれに対して気晴らしや、うさばらしなら出来ると思いますよ。しかしその他に何か出来るでしょうか。

まして、この「存在の希薄さ」などはフトそう感じることはあっても見えない。鋭い感性の持ち主なら見えるかもしれませんが、私たちのような普通の人には見えるどころか、気づかないまま一生が終わる人だっているはずですね。しかし、そこにこそ私たちが真にそして誠実に求めていることがあるということだと思うわけです。

だからこそ、ここに「真実功徳相」を顕すのだということでしょう。そしてこの「真実功徳相」が、私たちには見えなかったはずの「存在の希薄さ」の意味を見せ、そして気晴らしの他になすすべがない「孤独感」や「孤立感」さえ丸ごと見せる。

私の心の深い処にこの「真実功徳相」を顕して、そこに私の心のありよう映し出す。仏教的にいえば「真実功徳相」によって私の煩悩を丸ごと映す。この「真実功徳相」が『十住毘婆沙論』の「易行品」だということでした。

そして「仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし」です。この空しく過ぎないというのは、この仏の本願力を観じて、そしてその本願の本意に遇うことができたということではないでしょうか。相はすがた形のことですから、その真実功徳のすがたである、阿弥陀仏の浄土のすがたに遇うことができたということだと思います。そしてこの阿弥陀仏の浄土である真実功徳相に観た、その仏の本意に遇うて空しく過ぐる者なしです。このように読ませていただきました。

行巻その⑦ 『浄土論』と『論註』の関係について

令和8年3月 春彼岸会より 行巻 『浄土論』そして『論註』へ

・行巻の『十住毘婆沙論』「易行品」のおわりから

「いま当につぶさに無量寿仏を説くべし。世自在王[乃至その余の仏まします]、この諸仏世尊、現在十方の清浄世界に、みな名(みな)を称し阿弥陀仏の本願を憶念することかくのごとし。もし人、我を念じ名を称して自ずから帰すれば、すなわち必定に入りて阿耨多羅三藐三菩提を得、このゆえに常に憶念すべしと。偈をもって称讃せん。」

これは「易行品」の最後のところですが、その前に問答が載っています。

「問うて曰く、ただこの十仏の名号を聞きて執事して心に在けば、すなわち阿耨多羅三藐三菩提を退せざることを得。また余仏・余菩薩の名(みな)ましまして阿惟越致に至ることを得とやせん。答えて曰く、阿弥陀等の仏および諸大菩薩、名を称し一心に念ずれば、また不退転を得ることかくのごとし。阿弥陀等の諸仏、また恭敬礼拝し、その名号を称すべし。」

はじめの「十仏」は、東西南北の四方とその間で八方、そして上下の二方を合わせて十方ということだと思うので、つまりは、中心からの全方位の仏を「十仏」と言われていると思いますが、その「十仏の名号を聞きて」ですから、おそらく『阿弥陀経』の念仏三昧がこのように顕されたのではないかと思います。

そして次に「執事して」です。そのことを心にしっかり保っておれば、阿耨多羅三藐三菩提を退かないのに、どうしてまた、この全方位の仏の外に、仏や菩薩の名があって、阿惟越致(不退転)に至ろうとするのか、と、このような問いになるでしょうか。

つまり、念仏三昧で仏の無上の悟りを退かないでおれるのに、なぜ不退転へと下方修正するのかと、こういう問いなると思います。そして、それについて「答えて曰く」です。

そこでまずこの「阿弥陀等の仏」ということですが、これは全方位の仏の外に見る複数の阿弥陀仏ですから、「阿弥陀等の仏」とこう言われているのではないでしょうか。

「諸大菩薩」については、おそらく観音勢至の二大菩薩のことになるでしょうか。そうすると、この大菩薩を『観無量寿経』「定善観」では第十観と十一観の「観音観」「勢至観」に説かれています。第七観から九観までが無量寿仏。そのあとに観音勢至観が説かれます。『観無量寿経』ですから、心象的に説かれた阿弥陀仏とこの菩薩等をもって、浄土の相(すがた)が顕されているわけですね。その中でも九観の「真身観」は、浄土の相(すがた)というよりも、その相に現れる平等心と大慈悲心を説かれたところですね。

そうすると、これはそれぞれに顕わされた浄土であり、それらの諸仏が、それぞれ恭敬礼拝し念じあう相をもって、無量寿仏の「その名を称し一心に念ずれば、また不退転を得ることかくのごとし」と、このようになるので、次に「阿弥陀等の諸仏、また恭敬礼拝し、その名号を称すべし」と続いているのだと思います。

そこでまず、この「答えて曰く」のところに「一心」が説かれていますね。この「一心」をもって「阿弥陀等の諸仏、また恭敬礼拝し、その名号を称すべし」と、こういうことですから、つまりは「一心」は全方位の仏を超えていてその全てに行きわたり、この「一心」において諸仏がそれぞれ名号を称し、阿弥陀仏を恭敬礼拝しているという、そのことに不退転の言葉が充てられていることになるでしょうか。そしてこの不退転をもって「易行品」の最後、さきほど読みました「いま当につぶさに無量寿仏を説くべし」とはじまることになります。

その次が「世自在王仏 [乃至その余の仏まします] 、現在十方の清浄世界に、名(みな)を称し阿弥陀仏の本願を憶念することかくごとし」になりますが、世自在王仏がまだよく分からないので、知ったふりもできず、このままにさせていただく事にしました。

そして次に「もし人、我を念じ名を称して自ずから帰すれば、すなわち必定に入りて阿耨多羅三藐三菩提を得、このゆえに常に憶念すべしと。偈をもって称讃せん」と、ここで「易行品」が終わります。そこでまず、今回の話はこの最後のところ「偈をもって称讃せん」についてです。

 無量光明慧、 身は真金の山のごとし。 

 我いま身口意をして、 合掌し稽首し礼したてまつると。乃至

 人よくこの仏の、 無量力功徳を念ずれば、 

 即の時に必定に入る。 このゆえに我常に念じたてまつる。乃至

 もし人、仏に作らんと願じて、 心に阿弥陀を念じたてまつれば、

 時に応じてために身を現じたまわん。 このゆえに我、 

 かの仏の本願力を帰命す。 十方のもろもろの菩薩も、 

 来りて供養し法を聴く。このゆえに我稽首したてまつると。乃至

 もし人善根を種えて、 疑えばすなわち華開けず。

 信心清浄なる者は、華開けてすなわち仏を見たてまつる。

 十方現在の仏、 種々の因縁をもって、

 かの仏の功徳を嘆じたまう。 我いま帰命し礼したてまつると。乃至

 かの八道の船に乗じて、 よく難度海を度す。 

 自ら度しまた彼を度せん。 我自在人を礼したてまつる。

 諸仏無量劫に、 その功徳を讃揚せんに、 

 なお尽くすことあたわじ。 清浄人を帰命したてまつる。 

 我いままたかくのごとし。 無量の徳を称讃す。 

 この福の因縁をもって、 願わくは仏、常に我を念じたまえ、と。妙出

「『浄土論』に曰く」

 我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり、と。

 仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし。よく速やかに 功徳の大法海を満足せしむ、     と。

龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』から、引き続き天親菩薩の『浄土論』、そして曇鸞大師の『論註』に入ろうと思いますが、「易行品」と『浄土論』の間に、「偈をもって称讃せん」と「偈文」が称讃されています。それが「無量光明慧、身は真金の山のごとし」から始まるこの偈文です。

まず『浄土論』から言いますと、「願偈摠持」の願偈は、「『浄土論』ですから、当然「願生偈」のことです。「摠持」はしっかり心に保てということで、この「願生偈」をしっかり心に保ちなさいという意味になります。

しかしこの行巻には『十住毘婆沙論』の「入初地品」「地相品」「浄地品」「易行品」の四品が説かれていて、「易行品」の最後にも「偈をもって称讃せん」とありまして、偈を「称讃」されているわけですね。

そしてその次に『浄土論』と『論註』に入っていきます。実は、これらは別々に読んで行くものだと考えていました。しかし読んで行くうちに、どうもそういうことではないのじゃないかと思い始めたわけですね。まずはそのまま読んでいきます。

それでは「『浄土論』に曰く」から始めますが、この偈文は『浄土論』の「願生偈」の中の「作願門」の最後と、「観察門」の中の「仏荘厳」の最後の二つの句で出来ています。この句をもって親鸞聖人は「『浄土論』に曰く」とされています。

そこでまず、ここに「『浄土論』に曰く」と言われていますが、どうもこのニュアンスに、この二つの句をもって『浄土論』だという響きを、自分としては考えてしまうのですね。なぜそういうふうに思うのかと言いますと、この二つの句は全く別の処にあり、ただそれを並べただけのものです。だからこの句を並べてみても繋らないし意味は通りません。しかし親鸞聖人はこの二つ句を並べておいて、さぁ『浄土論』だとこう言われているようにも思えるわけです。だとしたら、その理由を探らなければならないわけですね。

そこでまず、この「我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり」のところを、角度をかえて考えてみることにしました。この「我修多羅」の「修多羅」ですね。『浄土論』は『無量寿経優婆提舎願生偈』が正式名ですから、「修多羅」とは『無量寿経』のことになります。しかし「教行信証」では、教巻に「真実の教を顕さば、すなわち『大無量壽経』これなり」と言われています。だからこの修多羅は『無量寿経』ではなくて、『大無量寿経』とするのではないかと思うわけですね。

そうすると、この「我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり」は「我大無量寿経 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり」となるので、その場合の「願偈」とは何かということですね。

「『浄土論』に曰く」ですから、本来なら「願生偈」です。しかし親鸞聖人はこの二つの句をもって「『浄土論』に曰く」と言われていて、それ以外に何も述べられていません。そして先ほども言ったように、この二句は「願生偈」ではつながらず、ただ並べただけです。

そこで、この「願偈摠持」の「願偈」とは何かということになるので、それをこの行巻から見るとすると「易行品」の最後、さきほどの「偈をもって称讃せん」の「偈文」がその「願偈」ではないか。そうであるなら、文脈からすると「我修多羅」の次の「真実功徳相」とは、『十住毘婆沙論』の最後の「易行品」になるのではないかと思うのですね。

この『十住毘婆沙論』は「入初地品」から「易行品」までの四品をもって、初歓喜地の菩薩のことが説かれています。まず初歓喜地の菩薩を「この菩薩」と「その人」の初果の関係で顕され、いわば「初果」を中心にした「その人」と「この菩薩」という人格的な表現をもって顕されました。この人格的に顕された初歓喜地の菩薩が「易行品」で「信方便の易行道」として顕されていきます。

「易行品」には、「この菩薩」と「その人」の関係が、阿惟越致と不退転の関係で説かれ、ついには菩薩の「一心」を明らかにする。その「一心」は無量寿の門よりすべての凡夫へと行きわたり、ふたたび「その人」の初果へと向かい、ふたたび「初歓喜地の菩薩」となる。そしてふたたび無量寿の門へと従っていくとう、このような「一心」から「この菩薩」、そして「初歓喜地の菩薩」となり、無量寿の門を経て「一心」に還るという、この循環の相をもって、立体的な世界観を顕されているということですね。

そうすると、この「易行品」のこの相を「真実功徳相」だと、こう述べられているのではないかと思うわけです。そうすると、「偈をもって称讃せん」の次の「偈文」が、「『浄土論』に曰く」の句にある「願偈」のことだということになりまして、そして「仏教と相応せり」です。そうすると「易行品」のこの「真実功徳相に依って、仏教と相応せり」となるので、「易行品」に観るこの循環する動的な相に依って「仏教と相応せり」とこう言われていることになります。

そこでまず、『十住毘婆沙論』のはじめの「入初地品」に戻りますが、「家清浄」がそのままになっています。せっかくですのでこの「家清浄」のことを少し尋ねてみます。

「『十住毘婆沙論』(入初地品)に曰く、ある人の言わく、「般舟三昧および大悲を諸仏の家と名づく、この二法よりもろもろの如来を生ず。」この中に般舟三昧を父とす、また大悲を母とす。また次に、般舟三昧は三昧はこれ父なり、無生法忍はこれ母なり。『助菩提』(菩提資糧論)の中に説くがごとし。「般舟三昧の父、大悲無生の母、一切のもろもろの如来、この二法より生ず」と。家に過咎なければ家清浄なり。かるがゆえに「清浄」は六波羅蜜・四功徳処なり。方便般若波羅蜜は善慧なり。般舟三昧・大悲・諸忍、この諸法清浄にして過(とが)あることなし。かるがゆえに「家清浄」と名づく。この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに、過咎あることなけん。世間道を転じて出世上道に入るものなり。」

長い引用ですが、「家清浄」をこのように書いてあります。難解なので触らずにいました。勿論今もよく分かりません。しかし概ね述べられているのは「家清浄」を父と母の関係であらわされています。般舟三昧(はんじゅざんまい)が父で、大悲が母ですね。そこでこの「般舟三昧」を調べると「現在の諸仏がことごとく行者の前に立つ」ことだとあります。つまり十方諸仏の現前三昧ということですね。この場合の「十方諸仏」は全方位ということで、これはひとつの視点から見た世界観ですね。

「般舟三昧」は、説明では「行者の前に立つ」となっていますが、この場合は「般舟三昧」が父です。「行者」は当事者のことなので父というわけにはいきませんから、そうすると、この「父」とされているのは何かということですね。「諸仏の現前三昧」を父とするですから、つまりは、この現前三昧という心象的な相をもって父だとこう言われているのではないかということですね。相ですから現れた世界観であり、そのすがた形です。そして母はこの三昧に見る大悲の心である。この心象に、現れずにおれない心を観る。その心である大慈悲心を母とする。この父と母をもって「家清浄」とこう顕されているのではないかと思います。

そうすると、「家清浄のこの菩薩」、「その人」の初果を地に「初歓喜地の菩薩」となり、そして無量寿の門へ従い「一心」へと循環するという、この動的な相をもって「真実功徳相」だということになります。つまり無量寿の門に顕現する諸仏の世界とその大悲心である「家清浄」の「この菩薩」、「その人」の初果を地に「初歓喜地の菩薩」となり、ふたたびこの無量寿の門である「家清浄」へと従い、そして「一心」へと還るのだと、こういうことになります。そして、「(この)仏の本願力を観ずるに 遇(もうお)うて空しく過ぐる者なし」と続いていくわけですね。

そこで、この「仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし。速やかに 功徳の大法海を満足せしむ」の句が、「願生偈」のどこにあるのかといいますと、「仏荘厳」の最後にあります。「菩薩荘厳」へと入るところです。『浄土論』の五念門は「礼拝門」「讃嘆門」「作願門」「観察門」「回向門」です。その中の「観察門」は、まず「国土荘厳」つまり阿弥陀仏の国土ですから仏国土、つまり阿弥陀仏の浄土が説かれていて、その次の「仏荘厳」には阿弥陀仏が荘厳されています。その「仏荘厳」の最後の句になります。

それで、前の「我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり」の方は、五念門の「作願門」の終わりにあって、次の「観察門」へと入るところですね。だからこの二句の間には「観察門」の「国土荘厳」と「仏荘厳」がごっそり抜けていることになります。だからこの二句だけでは『浄土論』は繋がりません。

しかしこれまで述べてきましたが、『十住毘婆沙論』の「易行品」がその「真実功徳相」ならば、その抜けている「国土荘厳」と「仏荘厳」がそこに納まっていることになります。しかし、問題は何故このようになるのかということですね。そこで「仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし」の「空しく過ぎる者なし」というフレーズですが、このフレーズがすごく気になるわけですよ。やはりいつか命は終わるわけですから、自分の命が、この私が、今生きているということが空しく過ぎないというのはどういうことだろうか。そこにどこか胸を打つものがあると思うのですよ。

その「空しく過ぎない」という言葉がこの句にあるわけです。しかしですね,、次に「よく速やかに 功徳の大法海を満足せしむ、と。」ありますが、こちらの方は「易行品」の中でも窺えると思いますね。そうすると、この二つの句では「『浄土論』に曰く」と言いながらも、そのほとんどが『十住毘婆沙論』であって、その中でこの「仏の本願力を観じて 遇うて遇うて空しく過ぐる者なし」のところだけが『十住毘婆沙論』には見当たらないのです。

『十住毘婆沙論』の四品をもって、「『浄土論』に曰く」と言われ、その最後の「易行品」がこの二句に納まっていることになります。言い換えれば『浄土論』の「国土荘厳」と「仏荘厳」がこの「易行品」における動的な相に納まっていることになるわけですね。その中でこの「仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし」のヵ所が、「『浄土論』に曰く」として響いてくるのです。

『十住毘婆沙論』では初歓喜地の菩薩を顕され、その中の「易行品」で「信方便の易行」をひとつの相として顕されました。つまり循環する動的な世界観をもってその相とするとされたことになります。そうすると、そのときの「我修多羅」の「我」とは何かといえば、これは「家清浄のこの菩薩」のことになり、そして「初歓喜地の菩薩」であり、「一心」であるという、この一連の主体をもって「我」とされたのではないかということです。

仏の方と凡夫の方、表裏一体だが交差しない。これは証巻を読んだときにそう感じたわけですが、ずっとこのことがテーマになっています。そして、ここにおいてもまたこの問題が登場することになりました。「家清浄のこの菩薩」とこう言われていますが、この菩薩は仏の領域の菩薩ですから、「『浄土論』に曰く」の二句もまた仏の領域です。その仏の領域において、この「我」は「家清浄のこの菩薩」であり、「初歓喜地の菩薩」である。そして無量寿の門より「一心」であるという、「この菩薩」は仏の領域でありつづけ交差しない、と、こういうことになります。

そしてここから「『論の註』に曰く」に入ります。「謹んで龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』を案ずるに、云わく、菩薩、阿毘跋致を求むるに、二種の道あり。一つには難行道、二つには易行道なり。」と『論註』がそのまま載っていますが、まずこの場合の「阿毘跋致」は「不退転」のことですから、「易行品」では菩薩の「阿惟越致」のことですね。そしてここに登場する菩薩は「家清浄のこの菩薩」」ということになりますから、「この菩薩」は仏の領域の菩薩です。そして「この菩薩」が「その人」の初果を地にして「初歓喜地の菩薩」となる。ここにおいてはじめて、「この菩薩」と「その人」に「一心」の具体性がはじまることになります。そうすると、『論註』の「菩薩、阿毘跋致を求むるに二種の道あり」の内容とかなりニュアンスが違ってくるわけです。

この『論註』の引用文の終わりのほうに「無量寿というは、安楽浄土にまします如来にかぎっての名である。釈迦牟尼仏は王舎城及び舎衛国にましまして、大衆の中でこの無量寿仏の荘厳の功徳をお説きになられ、無量寿仏の名号をもってこの経の体とあきらかにされたのである。後の聖者バスバンズ菩薩は、如来の大悲の教えを身にいただいて、『無量寿経』にもとづいて願生の偈をつくられた。」(『解読浄土論註」より)と締めくっておられます。

この文の「聖者バスバンズ菩薩は、如来の大悲の教えを身にいただいて、『無量寿経』にもとづいて願生の偈をつくられた」のところを、これまでの流れをそのままにするなら、(バスバンズ)天親菩薩は、「家清浄のこの菩薩」、天親菩薩のその身の「初果」を地にして、「初歓喜地の菩薩」となり、「『無量寿経』にもとづいて願生の偈をつくられた」と、このような言い方も出来るのではないかと思うわけですね。そしてここから「我一心」です。

「「我一心」は、天親菩薩の自督の詞なり」と、ここから『論註』に入っていくことになると思います。しかしながら、そうするとですね、「『浄土論』に曰く」と言われながらも、そこには「易行品」の「一心」が顕されていいて、次の『論註』の途中から「我一心」が始まることになるわけです。そしてこの「我一心」においてもまた、「この菩薩」は仏の領域だということですね。つまりは「初歓喜地の菩薩」の「その人」の方、凡夫の領域が抜けていることになります。

しかし、たとえ凡夫の領域が抜けているとしても、「この菩薩」が「その人」の初果を地にするとき「初歓喜地の菩薩」ですから、このことはいづれ顕かになるのではないかと思いますが、まだ途中です。

行巻その⑥ 龍樹(十住毘婆沙論)Ⅳ(後)

令和7年12月 御正忌報恩講より 「易行品」 (後)

前回に引き続き「易行品」を読んでいきます。

「もし人疾く不退転地に至らんと欲わば、恭敬心をもって執持して名号を称すべし。もし菩薩この身において阿惟越致地に至ることを得、阿耨多羅三藐三菩提を成らんと欲わば、当にこの十方諸仏を念ずべし。名号を称すること『宝月童子所問経』の「阿惟越致品」の中に説くがごとしと。乃至」

  ここは再三考えた処です。そこでひとつの確認をしておこうと思います。「不退転」と「阿惟越致」という言葉がありますね。この二つの使い分けがここのテーマではないかということです。当然、自分がそう思っているだけですが、考えた末のことですので、ご意見は後程お聞きすることにして、そうことで話を進めていくことにします。

まず「不退転」も「阿惟越致」も意味は同じです。屈することなく退かない意志ということです。そこで、この二つをどのように使い分けておられるのかと言うことですが、不退転は「人」について言われているということ。そして「阿惟越致」は菩薩について使われているということです。このようにして読んでいくことになります。

「もし人疾く不退転地に至らんと欲わば」の「もし人」とは、文字通り「人」について述べられていて、ここには不退転地と書いてあります。しかし、この不退転地には、その前に不退転があるはずで、その不退転が地に着くことによって不退転地であると、こうなると思いますが、ここではそうはなっていません。いきなり不退転地から始っているので不退転のことは書いてありません。

だから、この文に不退転を付け加えてみます。そうすると「もし(不退転のその)人(が)疾く不退転地に至らんと欲わば、恭敬心を持って執持して名号を称すべし。」と読みやすくなります。その次の「もし菩薩」の方もこれと同じようにして、「もし菩薩(その人の)この身において阿惟越致地に至ることを得、阿耨多羅三藐三菩提を成らんと欲わば、当に十方諸仏を念ずべし」と、ここでは(その人の)を加えると読みやすくなります。

恭敬心というのはつつしみ敬う心ですね。執持とは心にとめて忘れないということですから、この「疾く不退転地に至らんと欲わば、恭敬心をもって執持して名号を称すべし」のことろも、もう少し柔らかくします。そうするとどうなるでしょうか。「もし(不退転のその)人(が)疾く不退転地に至らんと願うなら、(そのことを)つつしみ敬い心にしっかりたもち名号を称えなさい」と、このようになりますね。ここにも(そのことを)を付け加えて読みやすくしました。単に読みやすくなれば正解だということではありませんが、まずは意味が通るように読んでみたらこのようになるのかなということですね。

それでは、ここにある(そのことを)とはいったい何を言っているのだ、と、疑問がでてくるわけですね。これを結論から先にいうことになる訳ですが、ぼくはこの(そのことを)とは(初歓喜地の菩薩のことを)だと考えています。それでこの(そのことを)というのを、この「易行品」には何と書いてあるのかといえば、これは「易の菩薩」の「信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者あり」のところになるので、まずは、そういうことにしておいて、この辺りを読んでみます。

「もし(不退転のその)人(が)疾く不退転地に至らんと欲わば、(信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者ありという、この初歓喜地の菩薩のことを)恭敬心をもって執持して名号を称すべし」と、多少ゴチャゴチャとしますが、全部を書くとこうなる訳です。

それでは、ここに登場する「もし人」というのは、いったい誰のことを指しているのかいえば、この「易行品」の場合では、「菩薩の道」の「易の菩薩」のところですから、つまりは初歓喜地の菩薩のことですね。その初歓喜地の菩薩のときの「その人」が、ここで言われている「もし人」のことですから、「その人」とは「信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者あり」と言われている「その人」のことですね。

ところが、ここには「阿惟越致に至る者あり」と書いてあります。前に言いましたように「人」は不退転であり、「菩薩」は阿惟越致です。しかしここではそうなっていません。そうすると、ここもまた見直さなければならなくなります。それでは、これをどのように見直せばいいのかといいますと、「信方便の易行をもって(菩薩の)疾く阿惟越致に至る(ことにより不退転の)者あり。」と、ここに菩薩と不退転を加えることで、人は不退転、菩薩は阿惟越致が成立するわけです。勿論これはぼくの独断でありますが、このような読み方になると思っています。

なかなか面倒なところに入っていきます。それで、これを角度を変えると、まず「名号を称すべし」という、この称名念仏の前に少しの時間のズレがあるわけですね。それが「疾く」です。そのズレに「菩薩」は阿惟越致に至り、「その人」は不退転であるということですから、名号を称すべしの前に「疾く」という時間のズレがあり、そのズレに菩薩は阿惟越致に至っていて、(その人)は不退転であるということになります。

そうすると、その次が「もし人疾く不退転地に至らんと欲わば、この身において(菩薩の疾く阿惟越致に至ることにより不退転の者ありという、この初歓喜地の菩薩のことを)恭敬心をもって執持して名号を称すべし」と、文脈としたらこのようになるかなと思います。しかしここにも不退転地の前に「疾く」という字が付いています。そうすると、ここもまたひとつの特異点があるのではないかということですね。

前の「信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者あり」の場合では、「疾く阿惟越致に至る」だから、この「疾く」は菩薩についているわけです。だから「菩薩」が疾く阿惟越致に至るとき「その人」は不退転であると、このようになります。それで、こちらもそれと同じようにすると「菩薩が(その人の)この身において阿惟越致地に至ることを得」たとき、その人も疾く不退転地であると、こういうことですから、菩薩が阿惟越致地に至ることで、(その人も)疾く不退転地に至っていると、一応はこれで納まるわけです。

しかし、菩薩の方は(その人の)この身において阿惟越致地に至ることを得、「阿耨多羅三藐三菩提を成らんと欲わば、当に十方諸仏を念ずべし」と続いていますので、この「もし人疾く不退転地に至らんと欲わば」のところは、この菩薩が阿惟越致地に至ることで(その人が)不退転地に至るのではなくて、この菩薩が「阿耨多羅三藐三菩提を成らんと欲わば、当にこの十方諸仏を念ずべし」までをもって(その人の)不退転地であると述べられていることになります。

そしてこの「疾く不退転地」の「疾く」は、不退転だから(その人)に付いていて、この「(菩薩の)阿耨多羅三藐三菩提を成らんと欲わば、当にこの十方諸仏を念ずべし」のところまでをもって(その人の)不退転地であるということになっているので、そのときの時間の短さをここで「疾く」と言われていることになるでしょうか。つまり「名号を称すべし」の前後に、菩薩と人に「疾く」という時間のズレを顕されていることになります。これがどういうことなのか面倒な話になっていきますが、ここのところはひとまずこの辺で終了することにします。

「西方の善世界の仏を無量明ろ号す。身光智慧明らかにして、照らすところ辺際なし。それ名を聞くことある者は、すなわち不退転を得と。乃至」

  啐硺同時という言葉があります。ヒナが殻から生れ出るときに、親鳥がそこを突いてヒナのいのちを生み出す。こういういのちの誕生をいいますが、初歓喜地の菩薩において、「人」は「不退転地に至らんと欲わば、恭敬心をもって執持して名号を称すべし」です。「菩薩」はその人の「この身において阿惟越致地に至ることを得、阿耨多羅三藐三菩提を成らんと欲わば、当にこの十方諸仏を念ずべし」です。この「不退転地に至らんと欲わば、恭敬心をもって執持して名号を称すべし」の(その人)と、「阿惟越致地に至ることを得、阿耨多羅三藐三菩提を成らんと欲わば、当にこの十方諸仏を念ずべし」の(この菩薩)に、「西方の善世界の仏を無量明と号す」と「無量寿の門」は開いているということでしょうか。

「過去無数劫に仏まします、海徳と号す。このもろもろの現在の仏、みな彼に従って願を発せり。寿命量りあることなし。光明照らして極りなし。国土はなはだ清浄なり。名を聞きて定んで仏に作らん、と。乃至」

― 私という存在がどこか底が抜けていて、深く暗い海に漂っている感じがある。しかし、この得体の知れない不安が、実は自らの身体からだと知ったとき、私の心の全てが、この身体に浮かぶ小島のようなものだと分かった。今このことを想い、この心が何処から来たのか、自らの心を静かにして身体にそれを感じてみる。すると、私の身体には、過去からの無数の人たちがいて、その人たちは、この深い闇の中で、それぞれに自らを輝かせ、まるで仏のごときであった。―

「過去無数劫に仏まします、海徳と号す」を、善導大師の『観経疏』「水想観」と「瑠璃地の下」をもって、自分なりにアレンジしました。前回でも言ったように、不純物がかなり混ざっておりますので、確かな内容かどうかは疑わしいわけですが、それでも何とかそれなりにはなっているかなとは思っています。勉強の途中でありますので、いろいろと教えていただければ幸いです。

それで「瑠璃地の下」は私の身体の過去の意味ですね。つまり我が身体に見た深い過去です。この身体の海徳から発するもの、これを「海徳と号す」と言われていることになりますが、この「号す」ということ、これはその「海徳」に見る「いのちの願い」だと、そういうことだと思っています。これを善導大師は「生きんとする意志」だと言われます。

そして今、この深い闇に漂うその他の小島もまた、実はそれぞれの海徳に漂よう現在の仏たちであると気づいたとき、無量寿の門はその全てに開かれていた。そしてその全ての海徳から、彼の「無量寿の門」に従って願いを発しているのだ、と、このような解釈になります。

「問うて曰く、ただこの十方の名号を聞きて執事して心に在けば、すなわち阿耨多羅三藐三菩提を退せざることを得。また余仏・余菩薩の名ましまして阿惟越致に至ることを得とやせん。」

  「十方」とは、東西南北で四方、その四方の間を足して八方。それに上下を合わせて十方。私の全方位ということでしょう。「この十方の名号を聞きて」は、私の全方位の仏が名号を聞く姿を、心にとめて忘れないなら、それが阿耨多羅三藐三菩提を退かないことを得、また余仏・余菩薩が阿惟越致に至ることになるのだろうか。表現が難しいので自分なりに訳していますが、こういうことかなと思います。

「答えて曰く、阿弥陀等の仏および諸大菩薩、名を称し一心に念ずれば、また不退転を得ることかくのごとし。阿弥陀等の諸仏、また恭敬礼拝し、その名号を称すべし」

  ここでは「一心」について話すことにします。この「一心」とは何ぞや、ということですね。海徳から私をして無量寿の門に従い、凡夫がこの不退転地に至らんと願う心を、こうして「一心」と言われています。この「一心」が、もし心身から発せられるのであれば、それは私一人の問題であります。しかし、心身から骨体へと徹入するとき、この「一心」は心身から外へととき放たれ、無量寿の門はその全てに開かれていることになるわけです。そのとき「一心」は、その全ての海徳から発せられているのだということでしょう。

してみれば、この「一心」とは私の心身以前のことであり、身心からとき放たれた「菩薩」の心だということになるでしょうか。この「菩薩」の心は、その人の初果を地にするとき初歓喜地の菩薩となり、その「人」の不退転地とともに阿耨多羅三藐三菩提を成らんと、十方諸仏を念ずる心です。このことを「恭敬心をもって執持して名号を称すべし」と言われているのではないでしょうか。

  この「易行品」については、「信方便」が常にテーマにありました。自分なりの予測も一応ありましたが、どうも当てはまらなかったようです。こういうことはよくあるわけですが、しかしそれも聖典を読むときの醍醐味でもあります。そこで、この「易行品」を終了するにあたり、改めてこの「信方便」について少し感想を述べてみることにしました。

この「信方便の易行」とは、それは、「仏法に無量の門あり」から「乃至」で連なりながら、「もし人疾く不退転地に至らんと欲わば」へ、そして「菩薩の阿惟越致地に至ること得、阿耨多羅三藐三菩提を成らんと欲わば、当に十方諸仏を念ずべし」となり、「西方に善世界の仏を無量明と号す」が、「過去無数劫に仏まします、海徳と号す」と続いていくこの一連が、初歓喜地の菩薩とともに循環される「信方便の易行」の道であったということです。そして「問うて曰く」から始まる問答は、その菩薩の心である「一心」を顕かにし、その「一心」が心身からとき放たれたとき、菩薩の心は、全ての凡夫の「世間の道」に満ちていて、その全てに無量寿の門は開かれているのだと、そういうことではなかったかということでした。

行巻その⑤ 龍樹(十住毘婆沙論)Ⅳ(前)

令和7年12月 御正忌報恩講より 「易行品」 (前)

「また曰く、仏法に無量の門あり。世間の道に難あり、易あり。陸路の歩行はすなわち苦しく、水道の乗船はすなわち楽しきがごとし。菩薩の道もまたかくのごとし。あるいは勤行精進のものあり、あるいは信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者あり。乃至

もし人疾く不退転地に至らんと欲わば、恭敬心をもって執持して名号を称すべし。もし菩薩この身において阿惟越致地に至ることを得、阿耨多羅三藐三菩提を成らんと欲わば、当にこの十方諸仏を念ずべし。名号を称すること、『宝月童子所問経』の「阿惟越致品」の中に説くがごとしと。乃至

西方に善世界の仏を無量明と号す。身光智慧明らかにして、照らすところ辺際なし。それ名を聞くことある者は、すなわち不退転を得と。乃至

過去無数劫に仏まします、海徳と号す。このもろもろの現在の仏、みな彼に従って願を発せり。寿命量りあることなし。光明照らして極りなし。国土はなはだ清浄なり。名を聞きて定んで仏に作らん、と。乃至

問うて曰く、ただこの十仏の名号を聞きて執事して心に在けば、すなわち阿耨多羅三藐三菩提を退せざることを得、また余仏・余菩薩の名ましまして阿惟越致に至ることを得とやせん。答えて曰く、阿弥陀等の仏および諸大菩薩、名を称し一心に念ずれば、また不退転を得ることかくのごとし。阿弥陀等の諸仏、また恭敬礼拝し、その名号を称べし。

いま当につぶさに無量寿仏を説くべし。世自在王(乃至その余の仏まします)、この諸仏世尊、現在十方の清浄世界に、みな名を称し阿弥陀仏の本願を憶念することかくのごとし。もし人、我を念じ名を称して自ら帰すれば、すなわち必定に入りて阿耨多羅三藐三菩提を得、このゆえに常に憶念すべしと。偈をもって称讃せん。」

  龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』はこの「易行品」で最後になります。全文載せていますが、少しだけ手を加えています。お分かりのように「乃至」という字が多くありますね。数えたら五カ所ありました。まぁ最後の「乃至」は少し角度が違うかなと思いますが、それでも、それ以外は同じ使い方だと思いましたので、本来は連読している文脈ですが、ここでは「乃至」のごとに行を区切っています。番号も付けようかとも考えましたが、そこまで拘っても仕方がないので、単に区切っているだけです。今回はなるだけその区切りごとに見て行こうと思っています。そしてまた、この「易行品」については、この行巻の「入初地品」「地相品」「浄地品」を含めながら読んで行きたいと思っていますのでよろしくお願い致します。

それではまず「また曰く、仏法に無量の門あり。世間の道に難あり、易あり。陸路の歩行はすなわち苦しく、水道の乗船はすなわち楽しきがごとし。菩薩の道もかくのごとし。あるいは勤行精進のものあり、あるいは信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者あり。乃至」から。

最初の「また曰く」は、おそらく前の「浄地品」の続きの意味だと思うので、そのことを念頭におきながら、まず「仏法に無量の門あり」から始めます。それでこの「仏法に無量の門あり」を「仏法に無量(寿)の門あり。」とこう読んでみます。すると、ここの所は「仏法に無量寿(阿弥陀仏)の門あり。世間の道に難あり、易あり」となりますから、無量寿つまり阿弥陀仏の門において「世間の道」となり、その世間の道において「難の道」と「易の道」があると、こういうことになります。そして「難の道」は「陸路の歩行はすなわち苦しく」、「易の道」は「水道の乗船はすなわち楽しきがごとし」だと、こうなるでしょうか。

そこでまず、ここに言われている「世間」ということですが、これはどういう事かと調べたら幾つか出てきました。意味としたら「人々が互いにかかわりあって生活している場」だと言うことで大体納まるようです。この「世間」を「世界」と言い換えても差し支えないとは思いますが、世界ではちょっと広すぎる感じがある。要は、私の視野に納まるぐらいの世界だと、このようになるのかなと思っています。私たちが聞きなれている世間とは向こう三軒両隣両隣のことで、これはご近所さんのことですね。

しかしここでは、この世間を、今この私の視野に納まるくらいの世界だとする。言い換えれば、この私の観点から見る生活範囲ということになるでしょうか。現在のようなネット社会では、情報過多や人間関係の遠近化で、昔とずいぶん違っているかもしれませんが、この私をして見ているところの私の小世界という意味では今も昔も変わりはないと思います。

子供のころにも当然私の生活範囲はありました。小学校や中学校の生活。親と旅行したり、親せきの家に遊びに行ったりした。これらは子供のときの私の生活範囲でしょう。そして大人になれば生活範囲は変わっていきますね。仕事関係や家族構成、またご近所さんとの付き合い。老後になれば介護の方とのお付き合い始まるでしょう。たとえずっと同じ場所にいたとしても、私の生活範囲というのは変わっていきます。

仏教にも「世間」という表現があります。「世間」に対する概念みたいなものは同じだと思いますが、仏教で言う「世間」とは、仏教の教理を中心にすえた視野ですから、さっき言ったような、この私という視点を中心におきながらも、なをそこを超えている「いのち」という大きなテーマを持っています。この「大いなるいのちの世界」において、仏教で言う「世間」をどのように見るのか、このような問題があるわけです。

すると、仏教で言う「世間」とは、この私の小世界にとどまらず、私を超えた「いのちの世界」を視野にして、そこにいのちの広がりや深さをおさえていくのだということになります。この「易行品」で言われている「世間」もまた、このような仏教の教理にそって言われているわけですから、当然ここにも仏教的視野をもって「世間」と言われていることになりますが、しかし同時にこの私の見る「世間」もそこにあるわけですね。この同時性において「仏法に無量寿の門あり。世間の道に難あり、易あり」と、このように言われているのだと思います。

昔テレビで「ひょっこりひょうたん島」という番組がありましたね。「ひょうたん島」というちっちゃい島の物語でした。なぜかこの島は海を漂流しています。その島には村長もいて、トラひげという怪しげな海賊もいました。子供たちもいて、その中には博士という名の子もいた。そしてこの島にいろんな事件が巻き起こるわけですね。

この小島のような世界を、私の小世界である「世間」に例えた場合、ここには他の住人もいて、それぞれがこの島の中で、それも多層的にこの私に関わってくるわけです。それが私の生活範囲ということですから、人間関係が多ければそれだけ物事も複雑になるでしょう。このような観点から見る生活範囲を、私の「世間」だとしたらどうなるかなということですね。

そうすると、この「世間の道に難あり」で言われている「陸路の歩行」とは、実は、私の「世間」内を陸路で歩行しているという、私の「世間」の中の出来事になってしまいます。それ以外に私の「世間」は何処にもないのだから、「陸路」と言ってみたところで、私の「世間」の中をうろうろと歩き回っている姿にしかなりません。

それでは、今度は「易あり」の「水道の乗船」の方はどうなるでしょうか。するとこちらも同じで、「水道の乗船はすなわち楽しきがごとし」と書いてありますが、これもまた私の「世間」の中の出来事です。あるのは「陸路の歩行」と「水道の乗船」の違いだけで、どちらも私の「世間」に中の経験です。では、この「易行品」で言われている難と易の違いとは、いったいこのどこにあると考えるべきでしょうか。

こういうふうに考えると、それはこの「世間」に対するその人の感覚の違いだと、こういう事になるのだろうと思います。それでは、その感覚とはどういうことであり、そしてその違いとは何かということになりますね。ある人は、この私の「世間」が何となく浮いた感じだと、さっき話しました、海に漂流するひょうたん島のように、何か浮いた感じがある。言い方をかえれば、私のこの「世間」というものに不安定さを感じているということ。こういう表現が適切かどうか分かりませんが、なにかしら地に足が着いてないような気分ですね。

そうすると、私のこの「世間」をもっと良くして安心できるようにしたいと思うでしょう。しかし私たちの目は外へ向いていますから、それを他人と比較して安心しようとします。当然どちらが良いか比べる訳ですね。放っておくとそうなっていきますよ。よく出てくるでしょう、優越感と劣等感です。しかしもうひとつある。それが私の心のもっと深いところ、そこにこの私であるというありようが、不確かな、地に足が着いてないような不安定な感覚、そういうものは感じていないか。

こんなことは、言われなければ、あぁそうかも知れんなとはなかなか思わないわけですが、それでも何処かでみんなが感じているものではないかなとも思いますよ。そしていのちの問題は、どちらかと言えばこちらの方に重きがあるのではないでしょうか。そうすると「世間の道に難あり、易あり」の中の「易あり」の人とは、この私の居場所である、私の「世間」において地に足が着いてないような、漠然とした不安を持っている人だということになりますから、こういう感覚を持っているかいないかが「難」と「易」の違いであるということになります。

そしてその次に「菩薩の道もかくのごとし」と書いてあります。菩薩もこれと同じだということですね。しかし菩薩と書いてありますように、菩薩はこの心の深い部分から一歩踏み出そうとしている人でしょうね。しかしながら、たとえそこから踏み出したとしてもまた、その道には難と易があるということです。

この「菩薩の道」の難を、ここでは「勤行精進のもの」だと、こういうふうに言われています。この「勤行精進のもの」を、先ほどの延長線で言えば、つまりはこの違和感に対して何か意義を持っている人であり、そのことについて「勤行精進のもの」だとこう言われていることになるわけですが、それでは、その次の「菩薩の道」の易についてはどのように書いてあるでしょうか。それが「信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者あり」ですね。これはいったいどういうことでしょうか。とにかく阿惟越致の前の「疾く」という字はすごく短い間にという意味です。一応このことは覚えておいてください。

で、この菩薩については、「地相品」にも書いてあります。「凡夫人の未だ無上道心を発せざるあり、あるいは発心する者あり、未だ歓喜地を得ざらん。この人諸仏および諸仏の大法を念ぜんと、必定の菩薩および希有の行を念じて、また歓喜を得ん」内容が難しくて詳細は説明できませんが、まず初めの「未だ無上道心を発せざるあり」のところは、この人は凡夫人ということですね。だから未だ無上道心を発していないものだと書いてあります。

次に「あるいは発心する者あり」と書いてあるでしょう。この人が菩薩のことですから、菩薩として「無上道心を発する者あり」です。しかし「未だ歓喜地を得ざらん」人ですね。この菩薩のことを「菩薩の道」の難だと言われていることになります。「地相品」にはもうひとつあります。それが「菩薩初地を得ば、その心歓喜多し」です。このことが「易行品」では「菩薩の道」の易のところになるので、つまりは、この「菩薩の道」の易とは初歓喜地の菩薩のことです。

そして「地相品」で言われている無上道心を発心するものが、「易行品」の「勤行精進のもの」ですから、初歓喜地の菩薩のことを、「易行品」では「信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者」だと、このように言われていることになります。この初歓喜地の菩薩のことは『十住毘婆沙論』の中で、菩薩とその人の特定な関係をもって表現されていますので、「易行品」でその関係性をこのように顕されたことになるでしょうか。

それで一応ここまでにしておいて、ぼくはこれまでに一つ問題があると思っていまして、先ほどから言っております「世間の道に難あり、易あり」で、ひょうたん島の譬えを出しました。そしてこの「世間の道」の「難」とは、この私の「世間」である小島しか知らずに、その中をぐるぐると歩きまわっている人だと言いました。それに対して「易」とは、この私の「世間」について、たとえそれが意識にまで上がらないとしても、何処かで言い知れない不安感を持っている人のことだと言いました。

しかし、もしも、このことが「易行品」の「易」について的を射ているのなら、その次の「菩薩の道もかくのごとし」にすっと繋がらないと思うわけです。この「世間の道」の「易」の説明が、何やらボヤっとして中途半端なんですね。そう思いませんか。なら、それは的外れではないか、と、こういうことになるのですが、これ、どういうことかと言いますと、「地相品」では「菩薩の難」とは「発心するもの」ですから、発心する動機がそこにある訳です。曇鸞大師の『論註』にこの『十住毘婆沙論』が載っています。おそらく同じ処だと思います。

「謹んで龍樹菩薩の造られた『十住毘婆沙論』をひもといてみるに、次のようにいわれている。菩薩が不退転を求めるのに二種の道がある。一つには難行道、二つには易行道である。」『論註』では「菩薩が不退転を求めるのに」と、いきなり菩薩の難行道易行道から始まりますが、「易行品」の初めでは「仏法に無量の門あり」です。ぼくはこれを「仏法に無量寿の門あり」と読みました。そしてその次が「世間の道に難あり、易あり」となっています。『論註」にはここがないわけですね。だから『論註』の「陸路の歩行」は菩薩の難行道のとこであり、「水道の乗船」は菩薩の易行道のことだとすっきりしています。

ところが「易行品」では、ここのところが「世間の道に難あり、易あり」となっているので、それをこうして説明しようとすればすごく中途半端になるのですね。そうするとこの「世間の道」の「易」のところが宙に浮いているわけです。「陸路の歩行」は何とか理解できるが「水道の乗船」との違いが分からない、と、こういう事だろうと思いますが、実はこの宙に浮いている場所にこそ、この「易行品」の始めの、「仏法に無量寿の門あり」の言葉があるのではないかと考えています。

でも、親鸞聖人はこの行巻で、「入初地品」「地相品」「浄地品」を通されて、そのままこの「易行品」を顕そうとされているわけですから、ぼくのような訳の分からないことは考えておられないと思いますよ。すっきりと「易行品」までを通されているはずです。しかし、ひょっとしたら、わざとそういうふうにされているかもしれない。

問題はこちらの方です。これは純度の問題であって、こちらの純度が粗悪だから、そこにさまざまに不純物が混ざっているわけですね。だからすっとそこが通らない。それでも、ここで言われている「世間の道に難あり」は何とか理解はできる。しかしこの私という存在が、どこか底が抜けていて、地に足が着いてないような、漠然とした不安があるということ。つまり自分の存在のありように自信がないということですが、実はそこに不純物がいっぱい混ざっているのではないかということですね。

私たちは物心ついてから今日まで何をしてきたかといいますと、いろんな経験をしてきましたね。しかしそれは考えてみれば、他人との比較ではなかったですか。そうしないと自分の経験がどのくらいのものか分からないでしょう。当然そこには優劣が生れます。優越感と劣等感ですね。しかし優越感や劣等感といってもひとそれぞれ千差万別です。強い人もいればさほど感じない人もいるでしょう。しかし全くない人はいないのではないでしょうか。

私たちの生きている社会がこういう優劣の世界だから、そこを生きて行くには、この優劣の思いからは逃げられないですよ。そういう私たちに、生きて行くための気持ちの持ちようが何かあるなら、それは自分に自信を持つということでしょう。そのために一生懸命になっているのかもしれないですね。そういう中においてもなお、今、この私の生活範囲に、どこか地に足が着いてないような不安なものを感じているということ。それは私のこの優劣の感情よりももっと深い、心の底から来るものですから、たとえどんなに生活が充実しているとしても付いてくる感覚ですね。いま生活が充実しておられる方がここにどのくらいおられるのか知りませんが、そうでない方ならなおさらではないでしょうか。

それで話を戻しますと、「菩薩の道」の難の菩薩を「発心する者」と言われていますから、その菩薩は、そこに発心する動機があるわけです。しかし「未だ歓喜地を得ざらん」菩薩であると言われています。これを「易行品」には「勤行精進のもの」だと端的に表現されていることになります。それでは今度は、私たちの立ち位置ですが、いったいその何処にあるのかということですね。そうするとやはり、それは今のこの私の「世間の道」にあり、その「易」においてであると、こういうことになるのではないかと思うのです。そしてその私の「世間の道」の「易」において、ここに「仏法に無量寿の門あり」と述べられている、と、そういうことかなと受け取っています。

行巻その④ 龍樹(十住毗婆沙論)Ⅲ

令和7年9月23日 秋彼岸会より 「浄地品」

今回は『十住毘婆沙論』の「浄地品(ぼん)」です。短い引用なので全文を載せています。まず読んでみましょうか。

「また云わく、「信力増上」はいかん。聞見するところありて、必受して疑いなければ「増上」と名づく、「殊勝」と名づくと。問うて曰く、二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり。今の説なにものぞ、と。答えて曰く、この中の二事ともに説かん。菩薩初地に入ればもろもろの功徳の味わいを得るがゆえに、信力転増す。この信力をもって諸仏の功徳無量深妙なるを籌量(ちゅうりょう)して、よく信受す。このゆえにこの心また多なり、また勝なり。深く大悲を行ずれば、衆生を愍念すること骨体に徹入するがゆえに、名づけて「深」とす。一切衆生のために仏道を求むるがゆえに、名づけて「大」とす。「慈心」は、常に利事を求めて衆生を安穏す。「慈」に三種あり。乃至」

まずこの「浄地品」の感想ですが、何がどうなっているのかサッパリ分かりませんでした。当然自分の至らなさでありますが、自分なりに悪戦苦闘していろいろと考えました。今日はその結果をここでお話しします。それでは始めます。

それではまず最初の「また云わく」から。これは前回の「地相品」を「また云わく」ということですね。じゃあその「地相品」には何が書かれていたかといいますと、「初歓喜地の菩薩」のことが書いてあります。だからこの場合の「また云わく」は、初歓喜地の菩薩について「また云わく」と、こういうことになります。

それからもうひとつ、この「浄地品」の途中に「今の説なにものぞ」というヵ所があるでしょう。この「今の説なにものぞ」に今回は焦点をあてて話を進めて行こうと思っています。つまりこの「今の説」が、この中の何処を指しているのだろうか。この観点から「浄地品」に入ることにします。

これは普通に読めば、この「今の説」は、その前の「問うて曰く、二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり」のことだと思いますが、しかしながらそのつもりで読んでも、どうも前後の繋がりがないように思えまして、腑に落ちないわけですね。この「問うて曰く、二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり」の方が、どちらかといえば唐突に出てくる気がするわけです。

そのことをふまえながら、最初のところから読んでみますと。「また云わく、信力増上はいかん、聞見するところありて、必受して疑いなければ「増上」と名づく、「殊勝」と名づくと。」これが初めのところですね。そして「問うて曰く、二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり」ですね。そしてその次に「今の説なにものぞ」と、こういうふうに続いているわけですが、この「今の説」がこの中の何処を指しているのか。

それでまず「信力増上」ということですが、この「信力増上」には二つの顔があるということでしょう。そのひとつが「増上」です。そしてもうひとつが「殊勝」ですね。だから初歓喜地の菩薩のとき、「信力増上」は「増上」と「殊勝」というふたつの顔があるということになります。

そうすると、この文をもう少しかみ砕くと、初歓喜地の菩薩のとき、「信力増上」という徳がある。その徳をよく理解して、しっかり受け取り疑いがないなら、この「信力増上」は「増上」と名づけ、また「殊勝」と名づけるのだ、と、こういう事になるのではないかと思います。

「勝」というのは、これは仏の方のことで、仏の勝れたはたらきを言いますから、ここで言われている「殊勝」も同じく仏の方のはたらきのことをいいます。しかもそれは殊に勝れているということですね。そうするとこの「信力増上」とは、仏の方の、それも殊に勝れた「増上」であるということになります。

それから、次に「問うて曰く」です。ここに「二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり」があります。ここでは「二種の増上」だと言われいて、そのひとつが「多」であり、もうひとつが「勝」ですね。

ではこの「多」は何かというと、おそらく「地相品」の、初歓喜地の菩薩の徳である「多歓喜」のことでしょう。その「多歓喜」がここでは「多」と省略されていることになりますが、この「多」が「二種の増上」の一つですね。そして二つめが「勝」です。「信力増上」の方は「増上」と「殊勝」で、「二種の増上」の方は「多」と「勝」です。

それではまず「二種の増上」から話すことにしますが、この「二種の増上」にはまず信力という字が抜けていますね。「地相品」の方には、初歓喜地の菩薩の徳を多歓喜と言われていましたが、ここでは「多」と言われていて、その「多」は「増上」すると言われているわけですね。そしてまた、そのとき「勝」の方も増上する。つまり仏のはたらきの方も増上している、と、こういうことになります。

「多歓喜」はより「多歓喜」へと増上し、その時に「勝」はより「勝」へと増上する。ではこの「多歓喜」を「地相品」でどのように説かれていたかということですが、要約すれば、まず多歓喜は初歓喜地の菩薩のときの徳であるということですね。そして、その徳とは何かといえば、諸仏の世界を顕していて、その地を歓喜地といい、その歓喜地に念ずる諸仏の全一人称の相を見る。このこともって多歓喜であるということだと思いますが、それに加えて、この「浄地品」には「多」は増上すると、このように多歓喜の増上する相を言われていることになります。

そのときもう一つの「勝」は、この「多歓喜」の増上する相を仏の方から顕したものだと思うわけですね。つまり初歓喜地の菩薩のとき、諸仏の徳である多歓喜は増上し、仏の慈悲もより増上し深くなる、と、あえてここに「深く」と付け加えておりますが、このようになるのではないでしょうか。つまり「多」はより増上し、「勝」はより深くなるということですね。そうするとこの「二種の増上」は動的であるということになります。

だから、ここで言われている「多」は「増上」する「多」ですから、初歓喜地の菩薩のときの「多歓喜」は増上するのであり、そのとき仏のはたらきもまた増上していると、このように言われるわけでしょう。さて、そこで疑問ですが、この「信力増上」の「殊勝」と、「二種の増上」の「勝」とではどちらが勝れているでしょうか。

「浄地品」のはじめのところに、「「信力増上」はいかん。聞見するところありて、必受して疑いなければ」と書いてあります。ここに「疑いなければ」とあるでしょう。そして今ここに「信力増上」の「殊勝」に疑問がある。つまり疑っているわけですね。するとここにちゃんと書いてあります。

もう一回言いますが、この「信力増上」に疑いがないなら、「信力増上」は「「増上」と名づけ、「殊勝」と名づく、です。そしてその次が「問うて曰く」ですから、ここに疑いがあると書いてある。それがこの「問うて曰く」ですね。こういうふうになると、「今の説」がこの文のいったい何処を指しているのかといえば、それは初めの「「信力増上」はいかん。聞見するところありて、必受して疑いなければ「増上」と名づく、「殊勝」と名づくと」のところですね。

そして今、ここにも疑いがある。その疑いが何かといえば、この場合は「二種の増上」の「勝」と、「信力増上」の「殊勝」の違いは何ですか、と、こういう疑問ですね。「信力増上」に疑いがないならいいが、この説に疑いが生じているわけですね。お分かりのように、こちらも無理やり「問い」をつくりました。

そこでまず「信力増上」に「聞見するところありて」と書いてありますね。「聞見」とはよく理解してと読むのだと思いますから、そのことをよく理解して、そしてしっかりと受け取り、疑いがないならば、それは「「増上」と名づく、「殊勝」と名づくと、このようになるわけです。

「浄地品」では、唐突に「問うて曰く、二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり」です。こちらは「二種の増上」までを読んでみて、「問うて曰く」、「殊勝」と「勝」との差別化は何ですかといっていることになります。反対に、「信力増上」という「今の説」に何も疑問がないなら、初歓喜地の菩薩のとき、その「信力増上」を聞見し、必受して疑いがないからだ、と、こういうことにもなるでしょうか。

しかし今ここに疑いがある。だから「信力増上」の「今の説」にこちらも疑問が起きているわけです。で、その疑問とは何かといえば、それは「殊勝」と「勝」の差別化は何故かということですね。だから他にも疑問はあると思いますよ。しかし、少なくとも今、ぼくにはそういう疑問がある。そしてこの疑問について次に「答えて曰く」です。

きっと他にも疑問があるはず。この文の「二種の増上あり」もその疑問のひとつでしょう。しかしそれらについても「答えて曰く」ということになりますから、疑問はいろいろあるが、しかし「答えて曰く」からはみな同じだという、実に不思議な文章になります。そしてその答えが、次の「この二事ともに説かん」ですね。そうすると、ここにまた新たな問題が出てくるわけです。

「この二事ともに説かん」の二事とは何か。このどこにその「二事」があるのか、と、こういう問題ですね。普通に考えるなら、この二事とは「信力増上」と「二種の増上」の事になりますが、しかし、一応この「二事」については、しばらくそのままにして先に進みたいと思います。

「菩薩初地に入ればもろもろの功徳の味わいを得るがゆえに、信力転増す」。まずここでは「信力増上」が「信力転増」に変わっています。それで、この「菩薩初地に入れば」とは、初歓喜地菩薩のときをそう書いてあるのでしょう。すると、初歓喜地の菩薩のとき、「もろもろの功徳の味わいを得るがゆえに」とこのようになり、そのときの「もろもろの功徳の味わい」を、この「浄地品」には「信力増上」だと言われているわけですから、ここに言われているもろもろの功徳とは「信力増上」の「増上」と「殊勝」のことになるでしょう。

それでは、この初歓喜地の菩薩のときのもろもろの功徳を、今度は「地相品」の方に見てみると、まず初歓喜地の菩薩のとき、その菩薩の地は諸仏が現前する多歓喜の地であるということでしたね。それをここでは「多」と言われています。そして「多」はまた「勝」であると。この二種の増上する相(すがた)が、初歓喜地の菩薩の功徳の味わいであるとこのように言われています。

初歓喜地の菩薩のときの徳を、「浄地品」では「信力増上」だと言われていてますが、今話しているのは「地相品」の「二種の増上」のことを話しているわけですね。ここに「信力増上」と「二種の増上」が重なってしまいます。そこで、私たちがこれまで見てきたのは、そのどちらの方かと言えば、それは「地相品」の「二種の増上」の方ですね。それを「浄地品」では「多」と「勝」といわれていて、動的に顕されています。

「浄地品」では、まず「信力増上」です。そうすると考えられるのは、初めに「浄地品」とは何かが書いてある。で、それは「信力増上」ということだと、このように初めに措いてある。だから「「信力増上」はいかん」です。そしてこの「信力増上」を「聞見するところありて、必受して疑いなければ「増上」と名づく、「殊勝」と名づくと」このようになります。それでは唐突に現れた「問うて曰く、二種の増上あり」はいったい何処から来たのかといいますと、それは、前の「地相品」の、初歓喜地の菩薩のときを背景にしている。そして「問うて曰く」です。

「地相品」からすれば「二種の増上」は「多」と「勝」だと。だから「浄地品」の「信力増上」の「増上」と「殊勝」という「今の説」はなにものぞ、と、このように読むのだろうと思います。他にも「浄地品」についての読み方があるでしょうね。真偽はともかくとして、先を読みながら考えて行くことにします。

それで、次に「信力増上」が「信力転増」に変わっていますね。この「信力増上」は転増する「信力増上」だと、このように言われていますが、ここに「転増」という新しい言葉が登場するわけです。意味としては前の信力増上と違うということでしょうか。

「信力増上」の本質はそのまま、しかし前とは違うということですから、するとそれは前後の問題です。この前後の問題が次の文になります。「諸仏の功徳無量深妙なるを籌量(ちゅうりょう)して」のところです。ここに「深妙」という言葉が新しくあります。この「深妙」の意味は、妙なる仏力によってより深まっていくということでしょう。

「信力増上」の本質は同じです。しかし深さが違う。その深さに諸仏の無量功徳の深妙さを見るということ。この深妙なる功徳無量を、殊勝なる仏力である、つまり殊に勝れた阿弥陀仏の力によるのだと籌量する。籌量とは数え思い計るということだそうです。だから、この諸仏の功徳無量の深妙を、初歓喜地の菩薩のとき、その時々に思い計るということですね。「ますます深まっていくなぁ」と諸仏の功徳無量を思い計るということになります。この殊勝なる仏力である阿弥陀仏のはたらきを、初歓喜地の菩薩のときに信受する。このことを「諸仏の功徳無量深妙なるを籌量して、よく信受す」とこう述べておられるのではないでしょうか。

さて、ここでまた問題です。どうもこの「浄地品」は問題だらけでありまして、よく問題が出てきます。それで、問題です。この「もろもろの功徳無量」を信受するのは誰ですか。

初歓喜地の菩薩のとき、諸仏の功徳無量を、殊に勝れた阿弥陀仏の力だと信受する人がそこにいることになりますね。それがその次の「このゆえにこの心また多なり、また勝なり」のところになりますから、この文は「このゆえにこの(人の)心また多なり、また勝なり」となって、「この心」に(人の)を入れます。そうすると信受する人がそこにいることになります。この(人の)心とは、つまりは人の心ですから、人の心であるがゆえに、その心は煩悩の心です。しかし「信力増上」は初歓喜地の菩薩のときを言うのであり、これは仏の方の出来事なのですね。

それでおさらいをします。「家清浄」のこの菩薩、この人の初果を地にするとき、この菩薩を初歓喜地の菩薩だとこのように言われます。この初歓喜地の菩薩のとき、そのとき「この人」の心は煩悩の心でありながら、初歓喜地の菩薩の「信力増上」である功徳無量深妙を籌量する。その(人の)心もまた「多なり、また勝なり」です。

だからこのときの「多」と「勝」は、初歓喜地の菩薩のときに、この(人の)心も同時に含んでいることになります。まあ、これでいいのかどうか分かりませんが、今のところそういうことだと思っている次第です。それで、この功徳無量深妙を籌量するとは、この(人の)心においても、その時々の深さが違うということですね。そしてまた「地相品」では、初歓喜地の菩薩のとき、諸仏の功徳無量は、そのまま諸仏全一人称の心でありましたが、「浄地品」では、この功徳無量深妙の阿弥陀仏の宇宙観を、さらに動的に述べられようとしていると、そういう事ではないでしょうか。

そして、ぼくはこの事が「信力増上」の一事だと思っていまして、そうするともう一事が残っていることになります。それでは次に「深く大悲を行ずれば、衆生を愍念すること骨体に徹入するがゆえに、名づけて「深」とす。」に入ります。

ここに「深」という字があります。愍念(みんねん)はより深い慈しみという意味だそうです。すると、この「深く大悲を行ずれば、衆生を愍念すること骨体に徹入するがゆえに」というのはどういうことになるでしょうか。ぼくはこの「骨体に徹入する」というヵ所に注目しています。骨体ですから骨の問題です。骨体と身体とでは表現は似ていますが、何故骨体なのかに拘っています。骨体に対しては身心ではないか。つまり身体において身心と骨体です。その中の「骨体に徹入す」と、このようになります。

私たちは普段、頭が良いとか悪いとか言っていますが、これは要するに脳の良し悪しを言っているわけですね。頭が良いからといって、性格も良いとは限りません。頭が良くてもずる賢い人もいます。頭は回転次第で良くもなり悪くもなる。そして私たちの生活は、そのまま人間の集合体ですから、さまざまな人間関係の中で生きているわけですね。まあ、それでも頭が良いにこしたことはありませんが、ここで言いたいのは頭の良し悪しではなくて、骨である頭蓋骨の問題です。

でもね、頭を単に頭蓋骨と見て、それを自分の人生に直結される人はそうはおられないでしょう。頭蓋骨が小さかったら小顔になるわけです。それで生き方が多少変わるかもしれませんが、だからといってそれを頭蓋骨のせいだとは言わないわけですね。考えてみれば、頭蓋骨と脳は触接に繋がっているでしょう。直接といっても間に間膜はありますが、脳は内臓であり頭蓋骨は骨です。この脳と頭蓋骨の関係をもっと広げると、私たちの身体は、片方では身心として心に繋がりながら、同時に骨と繋がっているわけでしょう。そしてその身体がまるごと周囲の環境にあり、私たちの生活、そして人生になっています。

私のこの身体は体脂肪や内臓の調子によっても心に関わりますよね。体調が悪ければ気持ちも悪くなる。同じように骨が折れたら大変です。要は私の身体は身心にも骨体にも関わりながら、周囲の環境に身をおいている。そして、心はその中でいろいろと動きながら、今こうしてそれぞれが生きていることになります。

話は変わりますけど、臓器移植の問題はかなり前からありますね。ノーベル文学賞を受賞されたカズオ・イシグロ氏の作品「わたしを離さないで」は、臓器移植のために英才教育されたクローン人間の物語でした。クローン人間として生まれ、臓器移植という宿命を背負わされながら、人間として恋愛し、そして臓器移植の現実を突きつけられていくという問題作品でした。この臓器移植の問題は形を変えて今でも多く問題視されています。反面、IPS細胞のような万能細胞の時代にも入ってきました。人間の尊厳と生命は一丁目一番地の問題であることは変わらないと思います。

それで、この臓器ということですが、臓器にも人の心はあるのか。不慮の事故で夫を亡くした妻が、夫の臓器が他人に移植されていくときに、その臓器に夫のいのちを見ていく。このようなことをささやかれたことがあったでしょう。脳が心の全てだと考える人の方が少ないかもしれない。どこか身心という、内臓や肉体にも心は宿ると考えておられる方も多いのではないでしょうか。身体における身心が、このように心と肉体の関係をいうならば、それでは身体における骨はどうだろうということですね。

骨は確かに肉体の一部です。しかし身心のように、心が骨にも関わっていると考える人はそんなにはいないでしょう。最近は膝の手術がすごくよくなったと聞きます。人工関節ですね。骨は内臓と違い、どこか物として見ている。しかし骨もまた幼児から青年へと成長して、老人へと脆くなっていきます。それでもなお心と内臓の関係とはどこか違う。骨もまたその人としての身体でありながらも、どこか物との関係があるのではないですか。

それでは、心を意識とした場合にはどうなるでしょうか。これすごく難しいですね。意識といっても、無意識をも範囲に入れた意識ですから、これだけでも難しいわけですが、とにかく心を意識とした場合、まず直観をいいます。この直観という言葉を意識の一番初めとして使います。目でいえば網膜にそれが映っているとき、つまり脳に伝達するとき、と、このようになるかなと思いますが、ただそれだけのことです。このときを直観といいます。これ、五感の目・耳・舌・鼻・皮膚すべて同じですが、目はそれをそのまま映しているから、直観はこの視覚において言われていると思います。

だから、ただそこにある映像感覚のときということですね。これを直観と言い、この直観から意識が生れていくようすを見ていく。哲学にはこういう思考方法があります。カントはこの直観のところに悟性という概念を持ってきます。そして悟性に意識が生れる根源を見ていきます。仏教の場合にもこのような直観はありますが、カントのような意識のはじめに悟性という概念はなくて、この直観を、映すものと映されるものとの関係として見ます。そして映す方を身体に措き、映されている方を心とする。このとき映す方を器や鏡に例えたりします。

この関係の外に私がいて、そしてそれを見ているという関係ではありません。そういうことではなくて、突き詰めればということですね。そのとき心は、ただ「映すものと映されるもの」の関係であるということです。この関係のとき、鏡に映されているのは、その人の心そのものですから、その心は煩悩だといいます。しかしこの場合の煩悩は、普段私たちが考えるような煩悩とは違います。では何故同じように煩悩という言葉を使うのかといいますと関係があるからです。

それで鏡が澄んでいれば、映る煩悩もはっきりと映るというわけですね。「明鏡止水」をよく言われますが、調べるといろいろと書いてありますね。例としては「何の邪念もなく、静かに落ち着いている心の状態」。また「一つの心境」などと書いてあります。このような鏡と心の関係を見ていくのが仏教の基本だと思いますが、この『十住毘婆沙論』に出てくる初果というのも、この鏡と心の関係だと思いますね。つまり心と身体の問題です。

この心と身体の関係は、『観経』の「定善観」によく顕れていて、善導大師は「水想観」にこの鏡と心の関係を顕しますが、もともと『観経』は心と身体の関係を深く見ていくもので、そこに阿弥陀仏の浄土を顕していきます。

『観経』は、まず韋提希にまつわる事件から始まるわけですね。お釈迦様が「定善観」をお説きになるきっかけが、韋提希の「光台現国」のところです。そのとき、韋提希はお釈迦様の眉間から放たれた光の中に、諸々の諸仏の国土を見せられます。そして韋提希はお釈迦様に懇願します。この辺りを「光台現国」といいます。そして「世尊、このもろもろの仏土は、また清浄にしてみな光明ありといえども、我いま極楽世界の阿弥陀仏の所(みもと)に生れんと楽(ねが)う。唯(やや)願わくは世尊、我に思惟を教えたまえ、我に正受を教えたまえ」と『観経』は続きますが、「定善観」の発端にこの韋提希の「光台現国」がある。この「光台現国」と初歓喜地の菩薩とが深く関係していると、親鸞聖人はそう見ておられるのではないかと、ずっと考えているわけです。

それで、この初歓喜地の菩薩のときとは、これは(家清浄)の「この菩薩、その人の初果を地にしたとき」ということですから、この場合の初果もまた、鏡と心の関係によるのだということでしょう。ただ初歓喜地の菩薩にはこの「映すものと映されるもの」の関係に納まりきれないものがある。この「浄地品」で言われている「増上」の動的もそのひとつですね。

善導大師は「定善観」の「水想観」で、この鏡と心の関係を顕しておられますが、初歓喜地の菩薩という名称はありません。また「水想観」は「定善観」のまだ初歩的なところです。しかしまあ、このことは今後の展開にまた出てくると思いますのでこのくらいにして、とにかくこれらは心と身体の関係である、と、そういう事だと思います。

しかし、身体にはもうひとつ骨体の関係を持っているということですね。じゃあこの骨体とは何か。それが身体における骨と物の関係だということですね。ここで言う物とは、哲学的に言えば「物自体」という言い方になると思いますが、心は身心にあるから、それぞれの心にあります。しかし骨体は骨と物との関係でもあります。心はそれぞれの心の問題ですから、その人の心から出ることはありません。だから、心と身体といった分け方では心と身体は離れません。しかし骨と物との関係は、私という個体に限定されない。だから骨体というのは、心と身体の関係を超えていて、物へと深く、そして広く関係しているということではないでしょうか。

この骨と物の関係をもって、初歓喜地の菩薩のとき、阿弥陀仏は「深く大悲を行ずれば、衆生を愍念すること骨体に徹入するがゆえに、名づけて「深」とす。一切衆生のために仏道を求むるがゆえに、名づけて「大」とす。」と、このように言われるのですから、この「骨体に徹入する」とは、初歓喜地の菩薩のとき、阿弥陀仏は浄土に凡夫と諸仏の関係を開きながら、その凡夫と諸仏の関係とともに、一切衆生をも包みいれるという、阿弥陀仏の深い大悲を、この「浄地品」で顕そうとされているのではないでしょうか。そして、このことが二事のもう一つの事であると思っています。

行巻その② 龍樹(十住毘婆沙論)Ⅰ

令和7年3月20日 春彼岸会より

「しかれば、「南無」の言は帰命なり。「帰」の言は、至なり。、また帰説(よりたのむ)なり、設の字、税の音(こえ)、また帰設(よりかかる)なり、説の字は、税の音(こえ)、悦税二つの音は告ぐるなり、述なり、人の意(こころ)を宣述(のぶ)るなり。「命」の言は、業なり、招引なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計(はからう)なり、召(めす)なり。ここをもって、「帰命」は本願召喚の勅命なり。「発願回向」と言うは、如来はすでに発願して、衆生の行を回施したまうの心なり。「即是其行」と言うは、すなわち選択本願これなり。「必得往生」と言うは、不退の位に至ることを獲ることを彰すなり。『経』(大経)には「即得」と言えり、『釈』(易行品)には「必定」と云えり。「即」の言は、願力を聞くに由って、報土の真因決定する時剋の極促を光闡せるなり。「必」の言は、審(あきらか)なり。然(しからしむ)なり、分極なり、金剛心成就の貌(かおばせ)なり。」

これは、教行信証の行巻途中にある御自釈です。予定としてはまだ先になります。でも、ここまでを一つの区切りにしているので、無事にたどり着くかどうか分かりませんが、とにかくこの御自釈を目指して読んでいくことになります。

それでまず、この御自釈の感想を少しだけ述べてみたいと思いますが、まず、南無阿弥陀仏の「南無」は音写ですから、意味は「帰命」ということである。その「帰命」を、「帰」と「命」とに分けてあります。もうすでにこの辺りからよく分からない訳ですね。それでこれをもっと立体的に出来ないものかと考えていまして、この文から少しだけ抜き出して、視野を広げてみたいと思います。

「「帰」の言は、至なり。また帰説(よりたのむ)なり、説の字、悦の音、また帰説(よりかかる)なり、説の字は、税の音、悦税二つの音は告ぐるなり、述なり、人の意を宣述(のぶ)るなり。」

この文には、まず「「帰」の言は、至なり。」と書かれています。そして「帰」は帰説(よりたのむ)であり、説の字は悦の音(こえ)で、帰説(よりかかる)ということであり、これらは人の意(こころ)をしっかりと述べたものである、と、まあ、これでいいのでしょうか。

そこで、まずこの「至」が、その意(こころ)よりも深く、それこそ何か根本的なものを指しているとするなら、帰説の帰は、その根本(よりたのむ)のだということになるでしょうか。そして帰説の説は悦であり、(よりかかる)ということである、と、このようになるかなと思います。

「帰」をこのように言われていることになりますが、しかし普通に考えてみても、この帰命の帰も命も称えるこちらの問題でありますから、それ以上に何かあるのかということですね。しかし、ここでは帰はまず至であると言われます。すると、この至は何かということから考えなければならない訳です。

それで、この「至」を、さきほど私の存在よりも深く、それこそ何か根本的なものではないかと言いました。するとこの「帰説(きえつ)の帰」は、称える私の意よりも深く、何かその根本に至るところ(よりたのむ)ということになり、「帰説(きさい)の説」は、悦であり、その根本に(よりかかる)ことへの表現だということになるでしょうか。

このように読んでいくと、まず帰は至であるということ。そして、それは私たちが普通に考えているよりも何か深い意義があるということですね。そしてこの帰は帰説であり、よりたのむと、よりかかるの二つのことを言われている。

しかし、この「至」を、私の存在よりもっと深く、何か根本的なものだと言いましたが、それが何なのかも分からない訳ですし、またそれでいいのかどうかも定かではないのですね。だからこの時点では「至」とは何か分からないままですが、とにかくこのことを念頭におきながら読んで行かなければなりません。

今回から、この御自釈へ向かって歩きだすことになりますが、親鸞聖人はここに七高僧から龍樹菩薩、天親菩薩、曇鸞大師、道綽禅師、善導大師の五人の高僧を挙げておられます。だからこれらを通らなければたどり着けないのですね。出発ぐらいは元気に行きたいものですが、はたして無事にたどり着くかどうか。とにかく始めたいと思います。

それでは今回から龍樹菩薩を見ていきます。龍樹菩薩は西暦二世紀から三世紀に活躍された方です。詳細はよく分かっていないと言われています。それでも八宗の祖であり、日本仏教のすべての宗派の祖だとも言われます。多くの論書が残されていながらも、龍樹菩薩ご自身のものか不明なものも多とのことです。その中で今回の「十住毗婆論」は龍樹本人の論だと言われているものです。

聖人はこの「十住毘婆沙論」から四ヵ所を引かれておられまして、それが「入初地品」「地相品」「浄地品」「易行品」です。この四品をもって聖人は何を言われよとされるのか、そのお心は何かということです。

それではまず「入初地品」から始めます。「この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに、過咎あることなけん。世間道を転じて出世上道に入るものなり。「世間道」をすなわち「凡夫所行の道」と名づく。転じて「休息(くそく)」と名づく。凡夫道は究竟して涅槃に至ることあたわず、常に生死(まよい)に往来す。これを「凡夫道」と名づく。「世間道」は、この道に因って三界を出ずることを得るがゆえに、「出世間道」と名づく。「上」は、妙なるがゆえに、名づけて「上」とす。「入」は、正しく道を行ずるがゆえに、名づけて「入」とす。この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づく、と。」

文のはじめに「この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに」とありますね。この「家」は「家清浄」のことです。この文の前に書いてあります。

「「入初地品」に曰く、ある人の言わく、「般舟三昧および大悲を諸法の家と名づく、この二法よりもろもろの如来を生ず。」この中の般舟三昧を父とす、また大悲を母とす。(中略) 家に過咎なければ家清浄なり。 (中略) 般舟三昧・大悲・諸忍・この諸法清浄にして過(とが)あることなし。かるがゆえに「家清浄」と名づく。」

この続きが「この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに、過咎あることなけれん。世間道を転じて出世上道にいる・・」になります。

この「家清浄」ですが、これについては後程考えることにしまして、まずは「この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに、過咎あることなけん。世間道を転じて出世上道に入るものなり。「世間道」をすなわち「凡夫所行の道」と名づく。転じて「休息」と名づく。」のところから考えてみましょう。

そこでまず、この「家清浄」の菩薩が世間道を転じて出世上道に入る。そのとき「世間道」は「凡夫所行の道」に転じられる。それを「休息」と名づく、と、このように読んでいきます。

この菩薩、世間道を転じて出世上道に入るですから、まずは世間道がここにあることになります。一般論でもかまいませんが、何処の誰々の世間道だということの方が分かりやすくなるでしょか。それで、その誰かの世間道が転じられるということ。では、どのように転じられるかといえば、出世上道に入るということだ。

「凡夫道は究竟して涅槃に至ることあたわず、常に生死(まよい)に往来する。」要約すれば、凡夫道はつまるところ涅槃には至ることはない。何故ならまよいから出られないからである。これが「世間道」ですね。これに対して「出世上道」に入るとは、この「世間道」が「凡夫所行の道」に転じられるということであり、そしてこれを「休息」とも言う。

それでは、この菩薩とはどのような菩薩か。世間道を転じて出世上道に入る菩薩である。そのとき「世間道」は「凡夫所行の道」となり、これを「休息」とも言う。この菩薩が出世上道に入ることに因って「世間道」は生死(まよい)を出ることを得る、だから「出世間道」と名づける。

自己流の解釈ですが、おおよそ、こういうことかなと考えています。そして、この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づくですね。だからここまでの内容は初めからずっと「家清浄」の菩薩が書かれていることになります。そしてまた同時に「休息」は単に休むということではなくて、凡夫所行の道を見出すということであり、それを「休息」と言われている。そして休息には時間の短さを表現されているような気がする。この時間の短さはあえて付け足しています。

簡単にまとめると、「家清浄」の菩薩、「世間道」を転じて「出世上道」に入る。そのとき「世間道」は「凡夫所行の道」となり、この心をもって初地に入るを歓喜地という。

それで、次は問になっています。「初地、何がゆえぞ名づけて「歓喜」とするや、答えて曰く、初果の究竟して涅槃に至ことを得るがごとし。菩薩この地を得れば、心常に歓喜多し、自然に諸仏如来の種を増長することを得。このゆえに、かくのごとき人を「賢善者」と名づくることを得」。これが「歓喜」の答えです。

それでまず、ここは初地がなぜ歓喜なのかという問いですね。答えは「初果の究竟して涅槃に至ることを得るがごとし」です。すると、「菩薩この地を得れば」ですから、まず、この菩薩は「家清浄」の菩薩のことですね。この菩薩がこの地を得れば、初果はきわめて優れ涅槃に至を得るがごとしである。「ごとし」とは「何々のようだ」ということでしょう。涅槃に至るとは書いてないのですよ。面白いですね、しかしこれどういうことでしょうか。

そしてまた、後の文では「初果を得るがごとし」と書いてあります。しかしここは、「初果の究竟して」ですから、初果のことです。そして次が初果を得るがごとしです。では、初めも初果のごとしかといえば、初果と書いてあります。不思議な文ですね。

そこでまず、この文言の間にあるのが「心常に歓喜多し。自然に諸仏如来の種を増長することを得」になりますが、ここはごとしではありません。

つまり初めは初果であり、次が諸仏如来の種の増長です。しかしその次は「初果を得るがごとし」となっているようですね。つまり初果はこの諸仏如来の種の増長と何か関わっていて、その増長とは何かといえば「初果の究竟して涅槃に至ことを得るがごとし」である。この増長は、その度ごとに「諸仏如来の種を増長することを得」である。ただ、この増長は、時間の延長に観た場合と、断片的であり、なおその度に増長しているという場合があると思うのですよ。

断片的とは、結果としたら増長していることになるが、それは断片的であるということ。つまり不連続の連続であるということになるでしょか。そうしたら、まず初果であり、その次もまた初果である。そのそれぞれの初果に「心常に歓喜多し、自然に諸仏如来の種を増長することを得」ということである。その時は「心常に歓喜多し、諸仏如来の種の増長することを得」のである、と、このようになるかもしれません。

では、この後の「初果を得るがごとし」は何でしょうか。まず初果は断片的であり、時間の短さであるということなら、この「初果の究竟して涅槃に至を得るがごとし」の時と、次のその時に間があります。この間こそがその人の「世間道」であり「凡夫所行の道」だということではないでしょうか。だからこれは初果というよりも凡夫所行の道でありますから、この道は初果を得るがごとき道であるということでしょう。

そこで、「入初地品」の初めですが、「ある人の言わく」とありました。次が「家清浄」の菩薩です。そしてこの菩薩、「世間道」を転じて「出世上道」に入るですね。この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づく、です。そして、菩薩この地を得れば、かくのごとき人を「賢善者」と名づく、と、こういうことになっています。

で、この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づくですから、この心の主語は、「家清浄」の菩薩でしょう。すると普通なら初地の菩薩、世間道を転じて出世上道に入る、そのとき世間道は転じられて出世間道の地を得る。これが初地の菩薩の心である。この菩薩の地を歓喜地と名づく。このような言い方が出来るかも知れませんね。しかしこれ、これまでの全体を見たら変わってきます。

まず、初果というのは難しくて説明が出来ませんが、次の初地を何故歓喜と名づけるのかというところです。この答えが「初果の究竟して涅槃に至ことを得るがごとし」ですので、この場合、初果の究竟して涅槃に至るとは、いったい何を指しているのかということすね。

仏教では、初果はまだ未熟であり菩薩の位ではありません。この初果が究竟して涅槃に至ることを得るがごとしですから、つまりは、初果でありながらも、それはきわめて優れていて、涅槃に至ることを得るがごとしだと書いてあることになります。

ここに少し言葉を付け加えてみます。すると、この菩薩、この地を得れば(かくのごとき人)、心常に歓喜多し、(その歓喜は)自然に諸仏如来の種を増長す、と、まず、このように読みます。すると、この地とはかくのごとき人の初果です。菩薩がかくのごとき人の初果に地を得ればとなりますから、菩薩が得る地はかくのごとき人の初果ですね。そのときかくのごとき人、心常に歓喜多しとなるでしょう。

しかし、ここでは菩薩この地を得ればとなっていますので、菩薩の心常に歓喜多しですね。そして、かくのごとき人の方は菩薩ではなくて「賢善者と名づく」です。

そこで、ここまでを簡単にまてめると、まず初めが、「ある人の言わく」です。そして「家清浄」の菩薩、その次が「かくのごとき人」ですね。それで「ある人」と「かくのごとき人」にそれぞれ固有名詞を入れてみます。教巻の沿っていくと、この「ある人」はお釈迦様、つまり釈尊のことになります。だから「ある人の言わく」は「釈尊の言わく」です。

釈尊はこう言われた。「家清浄」の菩薩が、かくのごとき人の初果を地にするとき、この菩薩とかくのごとき人は「心常に歓喜多し、自然に諸仏如来の種を増長することを得」。このときの、かくのごとき人を賢善者と名づく。こういうふうに読んで行くと、この「かくのごとき人」とは阿難尊者になります。教巻は釈尊と阿難の出遇いです。

「釈尊はこう言われた。阿難よ、汝は未熟である。しかしこの菩薩が汝の初果を地にしたとき、初果は究竟して涅槃に至ることを得るがごとくである。と、そのとき、この菩薩と阿難は心常に歓喜多くして、自然に諸仏如来の種を増長することを得た」と、まあ、このようになるのではないかと思いますが、どんなものでしょうか。

次に、この初地を得己(おわる)を「「如来の家に生る」と名づく」と、このように書かれています。この己(おわる)ですが、これはどういうことでしょうか。これはおそらくいのちが終わるのでしょうね。つまり一生を終えたとき、この菩薩もまた初地を得己(おわる)のですね。しかし、これまで観てきたのは、このようないのちの終わりではなかったと思います。それは断片的な連続の増長でありました。だからこの得己とは、その一つひとつの断片が己(おわる)のことであり、その一つひとつにおいて、この菩薩とかくのごとき人は初地を得己(おわり)「如来の家に生る」と解するべきではないでしょうか。しかしまた、「凡夫所行の道」においては、その人の一生のいのちが終わるときに「如来の家に生る」ことを成就するということも含まれているわけです。

そこでこの「入初地品」の終わりのところに興味深いことが書いてありまして、「この菩薩所有の余の苦は、二三の水渧のごとし。百千億劫に阿耨多羅三藐三菩提を得といえども、無始生死の苦においては、二三の水渧のごとし。滅すべきところの苦は大海の水のごとし。このゆえにこの地を名づけて「歓喜」とす。」これをどう読めばいいのですかね。

この前文にそのヒントがあります。「一毛をもって百分となして、一分の毛をもって大海の水を分かち取るがごときは、二三渧の苦すでに滅せんがごとし。大海の水は余の未だ滅せざる者のごとし。二三渧のごとき心、大きに歓喜せん。」

この一毛をもって百分となすは何か。百分を百回としたら、一毛の百回分、一生かけて百回、大海の水を取ったとしても、それはほんの少しだけであり、大海の水は未だ滅することがないこのと同じである。この二三渧ような心、大きに歓喜せん。

これに対して、この菩薩です。この菩薩はかくのごとき人と同じ場所にいながらも、また、菩薩のフィールドがある。このフィールドこそ無始生死の苦であり、たとえ菩薩が百千億劫に阿耨多羅三藐三菩提を得といえども、菩薩の滅すべき苦は大海の水のようなものである。「このゆえにこの地を名づけて「歓喜」とす。」

意味内容を詳しく述べることは出来ませんが、文脈とすればこのように読めるかもしれませんね。で、この文脈を見たら、まず一人のいのち、そして菩薩のいのち、この二つが言われていることになります。するとまず、一人の生身の人間がいるでしょう。その人は生身の人間でありながら、同時に菩薩のいのちも生きていることになります。そしてこの大海の水のごとき苦は、菩薩にとってそのまま歓喜多きいのちの量である。

だから、この大海の水のごとき苦とは、おそらく凡夫の量でしょう。煩悩に苦しむ凡夫の量、つまり過去現在未来の全ての凡夫の量であり、凡夫の煩悩の量ではないかと思ったりします。この凡夫の煩悩の量は、そのままが菩薩の歓喜である。このようになるのではないでしょうか。これで「入初地品」を終わります。

『行巻』その① 諸仏称名の願より

令和6年12月1日  御正忌報恩講から

「顕浄土真実行文類二」

「謹んで往相の回向を案ずるに、大行あり、大信あり。大行とは、すなわち無碍光如来のみ名を称するなり。この行は、すなわちこれもろもろの善法を摂し,もろもろの徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。かるがゆえに大行と名づく。しかるにこの行は、大悲の願より出たり。すなわちこれ諸仏称揚の願と名づく、また諸仏称名の願と名づく、また諸仏咨嗟の願と名づく。また往相回向の願と名づくべし、また選択称名の願と名づくべきなり。

諸仏称名の願

『大経』に言わく、設(たと)い我仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して我が名を称せずば、正覚を取らじ、と。已上  また言わく、我仏道を成るに至りて名称十方に超えん。究竟して聞こゆるところなくは、誓う、正覚を成らじ、と。衆のたえに宝蔵を開きて広く功徳の宝を施せん。常に大衆の中にして説法獅子吼せん、と。抄要」

・・・・・

今日から教行信証の行巻のところを話すことになります。勉強方々と思って始めた教行信証の読み方ですが、縁あって、こうして当寺の法要で話しています。原稿書きから法話といささか時間に追われていますが、おかげ様で法要でこのように聞いていただけるのは有難いことです。この教行信証の読み方はすでに証巻と教巻を通してきましたが、それをいまさら違う話し方に変えようと思っても無理だろうと思います。もう少しましな話が出来ないものかといつも考えます。しかし、これもまた自分の個性だろうとも思い、表現の仕方については言い訳しまいと、一応心に留めております。

それで、とにかくこれまで読んできた感想をまず述べるとするなら、すごく難解であります。自分がそれをどれだけ消化できて話しているか、そしてその内容が的を得ているかどうかと、いろいろと悩み、思いを巡らして準備をしてきました。今回もそのつもりで準備をしていますが、この行巻はかなり長文でありまして、行巻全体を観ながら話すことが出来ません。それで、それぞれの部分を読み進めながら全体を眺めて行こうと思っています。それが出来るかどうかは別にしても、まとらずお聞き苦しいことがあるかと思います。とにかく精一杯背伸びして話すことにしていますので、何とぞお許し願いましてお聞きいただければ幸いです。

それでは、今回から行巻を読んでいきます。長丁場になりますので宜しくお願い致します。そして先ほど読みました行巻の始めの文ですが、まず読んでみて、そして分からない訳です。「謹んで往相回向を案ずるに、大行あり、大信あり。」と書いてありますね。その次に「大行とは、すなわち無碍光如来のみ名を称するなり」といわれていて、この行は、もろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具している、極速円満であり真如一実の功徳宝海である、と、このように続きます。それをこういうことだから大行というのだということですね。

で、初めに往相回向に大行と大信がある、そしてその次に、大行だけを取り上げて説明をされているでしょう。そこのところを読むと「この行は、もろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり」ですね。そしてそれは極速円満しているということです。極速というのはほんの短い時間を言うのではないですか、だからそれは短い時間であり円満していると言われている。そしてまた、そのことは真如一実の功徳宝海であるとも言われています。で、これはいったい何を言われているのか。

それからまた「かるがゆえに大行と名づく」ですから、いったいこの全体で何を言われようとするのか皆目分からない訳です。次に「しかるにこの行は、大悲の願より出たものであるから、諸仏称揚の願と言い、諸仏称名の願という、諸仏咨嗟の願と名づける。そして往相回向の願と名づけ、選択称名の願と名づけると幾つもの願を並べておられますが、まず大悲の願より出たりと言われ、そして願文が羅列されている、その初めの三つが諸仏称揚の願、諸仏称名の願、諸仏咨嗟の願です。

で、どうもここで一回区切っておられるようでありまして、そしてまた「往相回向の願と名づくべし、また選択称名の願と名づくべきなり」と、このように続いているのではないか。はたしてこのような分け方が正しいのか分かりませんが、自分にはそう読めるわけですから、ここで区切られていることを切り口にしてこれらのことを考えてみようと思います。

すると、まずこの行巻の初めが「謹んで往相の回向を案ずるに、大行あり、大信あり」です。その後にその大行とは何かを述べられて、その後に幾つもの願文を挙げておられますが、その中の諸仏称揚の願と諸仏称名の願と諸仏咨嗟の願を取り上げて、まずはこの願文が大行の願であると言われているのではないかということですね。

それでは、その次の往相回向の願と選択称名の願は何かといいますと、初めの「謹んで往相の回向を案ずるに大行あり、大信あり」の所に戻るような書き方をされているのではないか。つまり、まず三つの願文を得てから、そして最初に戻る。そうだとすると、往相回向の願の次の最後の願文である選択称名の願がこの行巻の最終的な願文ということになります。このように考えている訳ですけども、この事が一体どういうことなのかまだ分かりませんし、混乱している訳です。しかしとにかく、これらの事を念頭におきながら先に進んで行きたいと思います。

それでまず、今回は諸仏称揚の願、諸仏称名の願、諸仏咨嗟の願の方を考えていきますが、そこで最初に押さえなければならないのは「大行とは、すなわち無碍光如来の名を称するなり」と言われていて、次にその行が大行である所以を述べられている。それが、もろもろの善法や徳本が具せられていて、そして極速円満し真如一実の宝海であるからだということですね。

この事がどういうことなのか。とにかくこの行は大悲の願より出ているから、諸仏称揚の願といい、諸仏称名の願という、そして諸仏咨嗟の願と名づける、とこのようになっています。そこで、まず初めに諸仏称揚の願について見ていくと、揚は下から上に移動させるという意味だそうで、つまりは下から上に揚げることですから、何か持ち揚げるという事でしょう。

するとこの諸仏称揚の願は「大悲の願より出たり」と言われていて、その大悲の願より出て何かを持ち揚げる願である。つまり無碍光如来の名を称することによって、称揚という、ひとつの相を持っているということ。そしてその相とは何かといえば、「揚」という形である。つまり諸仏称揚の願は、諸仏称名の願の相を顕していて、その相とは「揚」という形である。

そこで、前回の教巻で学んだ中に、群萌という言葉がありました。「釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群萌を拯い、恵に真実の利をもってせんと欲してなり」つまり、お釈迦様が生涯をかけて説かれた教えを明らかに説き示せば、「群萌を拯(すく)い、恵に真実の利をもってせん、と、欲(おぼ)してなり」とこのように言われています。

それでこの諸仏称名の願は何処に立っているのかというと、この群萌を拯うところに立っている。すると、諸仏称揚の願の揚が群萌を持ち揚げるという意味なら、群萌よりも深く、そして群萌をつつみ、弥陀大悲の中で浄土へと持ち揚げる願であると、このようなるかと思うのですね。このことをどのように考えていくのかまだ分かりませんが、とにかく初めの諸仏称揚の願は大悲の願と交差する願であり、そのことが諸仏称名の願の相のひとつ「形」を顕している。

それでは諸仏咨嗟の願は何かといえば、これも諸仏称名の願の相である。そしてこちらの相は諸仏称名の願の「中身」を顕している。この三つの願文をもって、次のステップである往相回向の願へと繋がっていく、と、このようになるのかなと考えているわけです。そして次に、行を改めて諸仏称名の願とだけ述べられます。

一応ここまでを見ると、行巻(顕浄土真実行文類二)はまず諸仏称名の願であると書いてあります。そして浄土真実の行であり選択(せんじゃく)本願の行であると最初で言われておりますけども、その諸仏称名の願が行巻の願文であると言われながらも、この諸仏称名の願の出し方が変ですね。幾つも願文が羅列されていて、その二番目が諸仏称名の願です。要は何故このような願文の羅列と順番があるのかということですね。しかし、変だと言われてもそんなに変だとは思わないでしょう。それは今そのことを説明しているから変だと思わないのであり、説明がなくていきなり見せられたらやはり変ですよ。

この諸仏称名の願は第十七願といわれているものです。願文を読むと内容は三番目の諸仏咨嗟の願になっています。「『大経』に言わく、設(たと)い我仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して我が名を称せずば、正覚をとらじ、と。」お分かりのように、これは諸仏咨嗟の願文です。つまり諸仏称名の願の相のひとつが諸仏称揚の願であり、もうひとつの相が諸仏咨嗟の願である。このように両方で諸仏称名の願を形と中身で顕していることになります。

そこで、この諸仏称名の願を読むと、まず『大経』に言わくと書いてある。「大無量寿経」を略して「大経」と書いてあります。前回の教巻では、この「大無量寿経」を「大」と「無量寿」に分けてその関係を話しました。それをまた、この「諸仏称名の願」でも同じように考えていいのかどうか。正直なところよく分かりませんが、「大無量寿経」を「大経」とまで強調されているかのように読めるものですから、これはやはり前回と同じように「大」と「無量寿」の関係を通して見た方がいいのかなと思っていましてね。

でも前回はそれなりの理由があって、それで「大」と「無量寿」の関係として、ちょっぴり無理に分けたつもりでいましたが、今回もはたしてそういう事でいいかどうか、正直少々とまどっています。しかし、とにかく真偽は後のお任せすることにして、引き続き前回と同じように「大」と「無量寿」の関係をもって先に進んでみることにしました。

そこでまずこの『大経』に言わくという事ですが、勿論これは「大無量寿経」に言わくですね。その『大経』の四十八願の第十七願が行巻の願文であるといわれる諸仏称名の願です。願文の中身は諸仏咨嗟の願です。「設(たと)い我仏を得たらんにに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して我が名を称せずば、正覚を取らじ、と。」

その次に「また言わく、我仏道を成るに至りて・・」と続いていますね。この文は四十八願を説かれた後に、法蔵菩薩が重ねて誓われるところの偈文ですが、そこから二か所を抜きだしておられます。「また言わく、我仏道を成るに至りて名称十方に超えん。究竟して聞こゆるところなくは、誓う、正覚を成らじ、と。」これがひとつ。もうひとつが「衆のために宝蔵を開きて広く宝を施せん。常に大衆の中にして説法獅子吼せん」ですね。偈文では別々ですが、親鸞聖人はこれを一緒にされています。そして最後の抄要の文字は親鸞聖人ご自身が付けられたのでしょう。

そこでまず、この抄要ということですが、これは一部分を抜きだして要だと言われるのですから、二つの文を一緒にして諸仏咨嗟の願のあとに付け加えられて、これらの文が第十七願と共に要であるということになるでしょうか。

それでは、この諸仏称名の願を「大」と「無量寿」の関係で見たときにどうなるのかということですが、第十七願の初めの「設い我仏を得たらんに」のところは、「あるとき、阿弥陀仏の浄土のとき、法性身が我が身を度外視して正直(まっすぐ)に阿弥陀仏へ成仏するとき」であり、そのときに十方世界の無量の諸仏は、ことごとく咨嗟して我が名を称せずば、正覚を取らじ、と、このようになります。

「咨嗟」というのは「嘆息して嘆くこと」だそうで、嘆息はため息をつくことですから、嘆きため息をつくことでしょう。しかし、この諸仏咨嗟の願における咨嗟は褒めたたえるとか称賛するという意味だと言われておりまして、辞書などで使われている咨嗟の意味とは違うことになっています。

例えば、親子の場合を考えて見ると、子供がハイハイから歩行へとうまく独り立ちができないときに、親は子供を見守りながら、あぁもうちょっとなのになぁと、嘆きため息をする。そしてその子がやっと上手く自分で立って歩き始めたとき、よくやったと子供を褒め称賛する。このような一連の流れを諸仏咨嗟の願に見ることができるなら、この咨嗟の意味も何とか分かる気がしますね。つまりこの咨嗟には諸仏の願いが込められているということになりますが、しかし、どうもすっきりしないですね。

この咨嗟を称賛の意味だとすると、「大」と「無量寿」の関係で見れば、阿弥陀仏の浄土のとき、法性身が我が身を度外視して正直に阿弥陀仏へ成仏するのに、十法世界の無量の諸仏が、ことごとく称賛して我が名を称えないならば、私は成仏しない、と、このようになりますが、それではこの十方世界の無量の諸仏が褒めたたえて我が名を称えるとは、いったい何を言われているのでしょうか。

この「大」と「無量寿」の関係は、次に「仏の方」と「凡夫の方」に分けて、その関係を見ることになりますが、この場合は「仏の方」が無量寿仏であり「凡夫の方」が群萌ということになります。すると、この諸仏咨嗟の願は、「仏の方」である無量寿仏が「凡夫の方」である群萌に向かって成仏することになりますが、ここでは阿弥陀仏の浄土のとき法性身は我が身を度外視して正直(まっすぐ)に阿弥陀仏へ成仏する、そのときに十方世界の無量の諸仏が咨嗟して我が名を称せずば正覚を取らず、と、このようになる。

そしてこのことを抄要の文に見ると、「我仏道を成るに至りて名称十方に超えん。究竟して聞こゆるところなくは、誓う、正覚を成らじ」とありまして、ここでは「名称十方に超えん」と言われている。次では「衆のために宝蔵を開きて広く功徳の宝を施せん。常に大衆の中に説法獅子吼せん」となっていますから、この十方とは衆であり大衆のことである。その十方の大衆の中で説法獅子吼せんです。これをまた「大」と「無量寿」の関係で見ていくと、これらはすべて「仏の方」の出来事です。「凡夫の方」はありません。

しかし「凡夫の方」のように見えるところがあるでしょう。しかしよく見ると、これは阿弥陀仏の浄土のときの、阿弥陀仏の成仏における諸仏の関係ですから、やはり「凡夫の方」ではなくてすべて「仏の方」です。つまりここには群萌はないのですね。

それでは「凡夫の方」である群萌の代わりとしていったい何があるか。それが「衆のために宝蔵を開きて広く功徳の宝を施せん。常に大衆の中にして説法獅子吼せん」の「衆」であり「大衆」です。これらは凡夫でもないし凡小でもない、まして群萌ではありません。だからここに言われている大衆とは、そのまま私たちであり、私たちの姿です。つまり一般大衆ということでしょう。その一般大衆の中で説法獅子吼せんです。そのとき大衆の中に説法獅子吼する諸仏を見る。

凡夫とは自らの自覚にあり、群萌はその自覚の深さにある。群萌が諸仏だということではありませんが、この群萌の姿こそ、諸仏が嘆きため息をし、そしてついには諸仏が称賛する諸仏咨嗟の願ではないかと思うのですね。しかしもうひとつの相、諸仏称揚の願では、一人の自覚である群萌より深く大悲と交差する。諸仏咨嗟の願では名称は十方に超えて、大衆の中で説法獅子吼せるがごとくである、と、このようになるのではないでしょうか。

親鸞聖人は『無量寿如来会』で、「かの貧窮において伏蔵とならん。善法の円満して等倫なけん。大衆の中にして獅子吼せん、と。」このように述べられています。貧窮は「びんぐ」と読みまして、貧しさの度合いが強まって追いつめられることをいうそうですね。するとここでは、心の貧しさが窮まって追いつめられている大衆の伏蔵となり、その大衆の中で説法獅子吼せん、と、このような意味になるかと思います。

このことをその次に「この義利をもってのゆえに、無量無数不可思議有無等等無辺世界の諸仏如来、みな共に無量寿仏の所有の功徳を称讃したまう」と述べられています。ご覧のように、ここではもう諸仏咨嗟の願には嘆きため息をするという意味は無くなっていて、諸仏がすべて無量寿仏の功徳を称讃したまうという意味になっているでしょう。

このことをまた「大」と「無量寿」の関係で見れば、あるとき阿弥陀仏の浄土のときに、法性身は我が身を度外視して正直に、「仏の方」である無量寿仏(阿弥陀仏)は、「凡夫の方」である群萌に向かって成仏する。そのとき、諸仏は貧窮の伏蔵となって、無量無数不可思議無有等等無辺世界に立ち、共に無量寿仏の功徳を称賛して、大衆の中で説法獅子吼する、と、このよのようになりますから、この諸仏称名の願は、一人の自覚である群萌より深く、この無量無数不可思議無有等等無辺世界に立っている願であるといわれているのでしょう。それで、親鸞聖人にとってこの無量無数不可思議無有等等無辺世界とはどんな世界観なのかと言うことですが。

それからこの群萌と諸仏の関係を少し話してみようと思います。おそらく群萌と諸仏はすごく近いのですよ。しかし群萌と諸仏は違いますね。つまり境涯が違う。群萌は何処までも凡夫です。諸仏ではありません。群萌とは一人の煩悩の自覚であり、その自覚の深さである。諸仏は群萌より深く何処までも広い。この二つの関係が諸仏称名の願で一つになる、そういうことかなと思っています。お気づきのように群萌はまだこの中にはありません。

次に『仏説諸仏阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経』(ぶっせつしょぶつあみださんやさるぶつだんかどにんどうきょう)と、聞きなれない経典があります。これは何だろうと思っていましたが、『無量寿経』の異訳である「大阿弥陀経」のことだそうです。「大阿弥陀経」と言わずに俗っぽい経典名を使われています。そこで、ここでもやはり「大」と「無量寿」の関係を述べよと言われている気がしましてね。本当のところは分かりませんが、とにかくそうすることにします。

すると、ここには「大」と「無量寿」の関係はありません。あえて言えば「大」が後ろに隠れている関係である。つまり法性身が後ろに隠れている。それで、とにかく何と書いてあるか。

第四に願ずらく、「それがし作仏せしめん時、我が名字をもって、みな八方上下無数の仏国に聞こえしめん。みな、諸仏おのおの比丘大衆の中にして、我が功徳・国土の善を説かしめん。諸天。人民・蜎飛・蠕動の類、我が名字を聞きて慈心せざるはなけん。歓喜踊躍せん者、みな我が国に来生せしめ、この願を得ていまし作仏せん。この願を得ずは、終に作仏せじ、と。已上」

この経文を一つひとつ押さえながら説明することはできません。それで、自分としては一応は冗長性が高いつもりでいますが、まあ単なる逸話というか、ちょっとした小話でもってこの経文の感想を話してみようかと思います。まず、この「八方上下無数の仏国に聞こえしめん」とは何か。八は方向、上下は時間とするなら、これはとにかくある時ある所であり、無数とはその誰でもがということでしょう。つまりいつでも何処でも誰でもが、この仏国に聞こえしめんです。仏国とはそのまま諸仏の国だと思いますから、そのときどきにそれぞれの凡夫にそれぞれの仏国があるということでしょうか。

でこの、いつでもどこでも誰でも仏国がある。まずここを押さえて、あるときある所に、例えば温泉まんじゅうがあるとする。お分かりのように名号を温泉まんじゅうと言い換えている訳です。ふざけた譬えだと思われるかもしれませんが、「大」が隠れているとはどういうことかというと、これはぼくは言葉の問題ではないかと思っていまして、「大」と「無量寿」の関係では、あるとき阿弥陀仏の浄土のとき、法性身は我が身を度外視して正直(まっすぐ)に群萌に向かって成仏する。しかしこの場合は、「大」は「言葉」に隠れていて、そこには言葉の名号(南無阿弥陀仏)がある。つまりその言葉(名号)に向かって法性身は我が身を度外視して阿弥陀仏へと成仏する。

「大」である法性身と言葉の関係ですが、ここではそれを「大」と「名号」との関係でもって顕そうとされるのではないかと思っているものですから、この関係性を単に言葉ということで説明するなら、まあ、このように温泉まんじゅうという、ちょっとふざけた風の譬えの方が考えやすいのではないでしょうか。それで、これは「大」と「無量寿」の関係というよりも、「大」と「言葉」の関係であり、つまりは「大」と「名号」の関係に見る言葉の問題ではないかと思います。

そこで、あるときそこに温泉まんじゅうをじっと見ている人がいた。そして、その傍らで様子を窺う者がいたとするでしょう。この様子を窺う者が皆さんであり主人公だと思ってください。で、そのある人は温泉まんじゅうを感慨深く見ていました。

その温泉まんじゅうには何か書いてある。「諸仏称名の願」と書いてある。まんじゅうの箱にも説明書きがあり「浄土真実の行 選択(せんじゃく)本願の行」と書いてある。その人はこの説明を読んでこのまんじゅうが浄土真実の温泉まんじゅうだと分かった。

説明書には効能も詳しく書いてある。「設い我仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して我が名を称せずば正覚を取らじ、と。また言わく、我仏道を成るに至りて名称十方に超えん。究竟して聞こゆるところなくは、誓う、正覚を取らじ、と。衆のために宝蔵を開きて広く功徳の宝を施せん。常に大衆の中にして説法獅子吼せん」とある。

その人はこの説明文も読んで、温泉まんじゅうの効能を理解して、そしてそのまんじゅうを食べた。すると店の主人が挨拶をしに来た。名札には「法蔵菩薩」と書いてある。そこでその人は、店の主人に「みごとなまんじゅうです、おそれいりました。」と話した。続けて「このまんじゅうの餡は群萌ですか」と尋ねた。すると店の主人が「はい、そうです」と答えた。

すると「この群萌の餡を支えている称揚シートがいいですね」と言いながら、また尋ねた。「それにしても群萌の餡を包んでいる皮の透明度がすごい、まるで餡に光沢すら見えます。これほどに完成されるとは、ご主人もさぞご修行を積まれたのでしょうね。」と聞くと、やや感動して「五劫の時間がかかりました」と主人は答えた。その人は「有難うございます、あなたのおかげでどれだけの人が救わるでしょうか」「そしてこのまんじゅうはどこか懐かしさがある。この不可思議な温泉まんじゅうはいつからここにあるのですか」と尋ねると、「すでに久遠の時が過ぎました、多くの方が食べていかれました」と、店の主人は答えた。

それをずっと傍らで見ていた者が、ふと気がつくと、自分の前にもその温泉まんじゅうが有るではないか。で、側でじっと見ていたので、自分もそれなりに何となく分かったつもりでいたが、説明書きも効能も一応読んだふりをした。また、まんじゅうの餡が群萌だとは聞いていたが何のことかよく分からないし、餡の実感もない。しかしとにかく食べてみるとそれなりに心地よく悪い気がしない。味はよく分からないにしろ、側で聞いていたのでそれなりにポーズをとって真似をしていたら、店の主人が出てきた、名札には「法蔵菩薩もどき」と書いてある。

今度は観光客が現れた。がやがやと話しながら店に入っては、それぞれがその温泉まんじゅうを頬張っている。まんじゅうにはすべて諸仏称名の願と書いてあるが、まったく見ていない。だから説明書など見向きもせずにがつがつと食べてがやがやと出て行った。「法蔵菩薩もどき」さえ出ず仕舞いである。

それでもそのごった返す人の波にもかかわらず、ほんのわずかだがこの温泉まんじゅうが気になった者がいた。ある者は店に帰って来る。そしてしげしげと温泉まんじゅうを見て、名称や紹介文を読んでいる。するとあることに気づく。そして「このまんじゅうはいつか食べたような気がします。いつからここにあるのですか」と尋ねる。

ここに登場するのは三種類の人にしています。これを「仏説諸仏阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経」に当てはめると、一人目が諸天、二人目が人民で三人目が蜎飛・蠕動の類のつもりです。

諸天の説明はできませんが、つまりは私よりも目利きが優れている人だということです。人民はそのまま自分であり、そして皆さんのこととして書いています。ここに蜎飛・蠕動(けんぴ・ねんどう)の類とあります。蠕動とは地にうごめく生き物だそうで、蜎はボウフラのことだそうですね。だから蜎飛・蠕動の類とは、その辺をくねくねして這いまわる虫か、飛び回る虫のような生き物ですね。

これらのすべては「仏の方」「凡夫の方」とは関係がない。いうなればいろんな人を二次元的にベタっと表現した世界です。広さだけがあって深さも奥行きもない、表面的な人間模様であり、群萌とは違います。登場するのは三者三様ですが温泉まんじゅうは同じです。いつでもどこでもだれでも全て同じまんじゅうである。餡も皮もまったく同じですが気づかない。

何故気づかないのか。まず群萌の餡に気づかない。群萌が自己のことだと気づいていないのですね。餡が入っていないから、いくらまんじゅうの効能を読んでも味が無いのです。しかしひとたび群萌の餡が入れば、この温泉まんじゅうは、「大」である阿弥陀仏の浄土のとき法性身は我が身を度外視して阿弥陀仏へ成仏する言葉の仏である。そのとき、この諸仏称名の願は阿弥陀仏の浄土であるがゆえに、諸仏称揚の願と諸仏咨嗟の願で完成する大行まんじゅうなのだという、ちょっとした逸話です。

言葉はいつ始まったのか。言葉はこれまでずっとあります。それでは、言葉はいつ生まれるでしょうか。言葉が言語として生れるのは、その言葉が発せられるときであり、その言葉を聞いているときです。言葉の問題は不思議でありハードルが高い。難問だと思いますが、考えていかなければならない問題でもあると思います。

「教巻への一考察」

令和6年9月22日 秋彼岸会より「教巻」から

「謹んで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つは往相。二つには還相なり。往相の回向について、真実の教行信証あり。

⑴それ、真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり。⑵この経の大意は、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れみて、選びて功徳の宝を施することをいたす。釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群萌を拯(すく)い、恵に真実の利をもってせんと欲してなり。⑶ここをもって、如来の本願を説きて、経の宗致とす。すなわち、仏の名号をもって、経の体とするなり。

⑷何をもってか、出世の大事なりと知ることを得るとならば、」

今日は教行信証の教巻を読んでいきたいと考えております。前回は証巻でしたが、今回は教巻です。順番が逆ではないかと思われるかもしれませんが、これまでの経緯がありますのでこのような順序もいいかなと思っております。もともと『論註』の途中で証巻に入り、成り行きでこのような順序にもなったのかなとも思っています。それで、まず教巻の始めにあるこのお言葉ですが、これは親鸞聖人の御自釈でありまして文献の引用ではありません。ご覧のとおり短い文でまてめておられます。

今回はこの御自釈を話すことになりますが、とにかく教行信証の始めでもありますから、本来ならば、ここの所は、教行信証を網羅しておかなければならない、などとも考えてしまうのですね。でも、もしそういうことなら、いつまでも読むことは出来ないので、網羅などしておりませんが、とにかくここに読ませて頂こうかと思っている次第です。だからといって、めくらめっぽうに読めばいいという事でもないので、そう言う点では中途半端な中で読むことになります。

それでも、この教巻を読もうと思ったのは、経緯と言いますか、これはどういう事か、何故そうなのかといったような思いがこれまでに幾つかありまして、それが消化しきれないまま残っています。それで、この機会に少し整理するつもりで、まずこの教巻から眺めて行きたいと考えている訳です。なので、今日は偏った見方になるかと思いますし、まとまった話にはならないかもしれませんが、そういうことでありますから、自分なりの角度でこの教巻を見て行こうと思います。

そこで、今日のテーマは「教巻への一考察」ということになります。時々変な事を言うかもしれません。そこのところは、どうぞよろしくご了承いただきまして、お聞きいただければ幸いです。

⑴それではまず、教巻の最初にあるこの文ですが、お分かりのように二つに分かれています。一つは往相回向、もう一つが還相回向です。そして往相回向についてこの真実の教行信証がある、と、このように言われています。次にその往相回向について、まず「真実の経を顕さば『大無量寿経』これなり」と言われているわけですが、私たちが普通接している経典は何かというと、これは『仏説無量寿経』であります。

同じ経典でも教巻では『仏説無量寿経』とは言わず『大無量寿経』これなり、と、このように言われています。普段は『無量寿経』と言ったり、『大経』とも言ったりしますから、ちょっとした表現の違いだといわれればそれまでですが、しかし、親鸞聖人ご自身の捉え方が『大無量寿経』これなりですから、そこには聖人ご自身のこだわりが当然あるはずですね。だからこのことについては諸先生方のご意見がございますが、自分においても、また、ここの所はこだわって見て行きたいと考えておりまして、そのことが今回のテーマになっています。

それではいったいこの『大無量寿経』これなりについて、何をこだわっているのかといいますと、この『大無量寿経』の「大」と「無量寿」の関係にこだわりを持っておりまして、だからまずはそこに焦点をあててみたいと思います。

そこで、この「大」ということですが、これは他には「勝」などの字もそうですが、これらはだいたいにして仏の方を顕すときに使われたりします。凡夫を凡小といい、それに対して仏の広大さを顕すと、このような使い方があります。だからこの『大無量寿経』の「大」もまた、このような仏の方を顕すところの意味だろうと、まず、そう考える訳ですね。

ところが、この「大」を仏の方だとしても、次の「無量寿仏」の方もそもそも仏でありますから、当然こちらも仏の方である。すると「大」と「大」とが二重になっていますね。別に屁理屈を述べるつもりはありませんが、そういうふうに聴こえなくもない。まあ、それはともかくとして、この「大」が二重になっている関係ですが、これはいったい何を意味するのかなという事ですね。

『大無量寿経』は見ての通り、「大」が無量寿の前におかれているでしょう。だから、この『大無量寿経』をそのままの形として見ると「大」は「無量寿」の前にあり、「無量寿」とならしめるものである、と、このように「大」と「無量寿」の関係を観た場合に、『大無量寿経』とは「大」と「無量寿」の関係を顕す経典であることになるかと思います。それに対して『仏説無量寿経』は「仏説」ですから、これはお釈迦様がお説きになられた無量寿仏の経典であるという事ですね。このように『大無量寿経』を「大」と「無量寿」の関係として見る。

すると、これは「大」と「無量寿」の後先の問題でありまして、この事を少し説明しますが、まず、ここにあるひとつの定位置があるとします。この場合の後先の先とは定位置の前をいいますから、時間軸でいえは定位置以前という事になります。すると、『大無量寿経』の「大」は無量寿の前ですから、後先で言えば「大」は「無量寿」の先である。つまり時間軸では無量寿仏になる前です。

先験的という言葉がありまして、哲学ではこれをアプリオリと言いますが、「より先のもの」と言う意味です。調べると「経験に先立って与えられている意」だとも書いてあります。しかし、これだけではよく分からないから、これを自分なりにアレンジすると、そこに、ある認識みたいなものが仮にあるとした場合に、そこは「より先のもの」という意があるということですね。

これでもなかなか分かりずらいので、まず、ここに一つの経験があるとするでしょう。これをさっきは定位置と言っていました。この場合は経験と言っています。だから、これは私たちが普段に考えている経験とはかなり違いますから、いったん私たちが思っているような経験は忘れて下さい。

で、まず私たちには意識があります。これは間違いないですね。しかし、意識と一言でいっても、意識の幅はすごく広いでしょう。意識に対して無意識がある。心理的と言ったり深層心理だと言ったりもする。普通言われている意識には幅も深さもある。そしてそのどれもがハッキリと解明されているわけではない。特に無意識なんかは研究の途上で、学問としてまだ定まっていないとも聞いています。

しかし、間違いなく意識は有るわけですね。皆さんも意識がなくてここに来られたのなら大変なことでしょう。これら無意識も含めて意識全体とした場合に、その最も深い処、つまり、意識が発生する場所です。そういう最深部があるのかどうかですが、実際に意識は有るわけですから、意識が生れる処もなければならないですね。解明されていないからといって無いということではない。

この意識の最深部と、そして、そのまた先。ここで言うそのまた先とは当然意識の領域ではありません。そうじゃないと意識の最深部とその先にはならないですね。この意識の最深部とそのまた先の関係についての話になります。この意識の最深部を経験すると言った場合、その最深部のとき「より先のも」という意がある、と、このように言うのだと思います。

出来る出来ないは別にして、意識の最深部のとき「より先のもの」という意があるということですから、これは、意識の最も深い処のそのまた先に、意識を支えている何かがあると言っている訳です。そしてこれはアプリオリであると、このような言い方だと思うのですが、この意識のそのまた先である「より先のもの」が私たちの意識とどのように関わるかを顕そうとする、そういう哲学の領域があります。

日本的には、心の背景といえばすっと入って来るでしょう。ただし、この場合は背景と言うよりも心の芯の処ですから、どちらかというと心の底のことになります。玉ねぎをむいていくと最後は何が残るでしょうか。何も残らないですか。では、玉ねぎと同じように、意識を一つずつ削いでいくとしたら最後に何が残るでしょうか。

私たちの意識の先にそのような「より先のもの」などない、だから無であると言ってみる。しかし、それは、そういうあなたの意識の範囲で捉える無であるから、単に無だと自分が言っているだけの話で、あなたの意識から外れた「本来の無」とは別物ではないですか、と、この問いに答えられるかどうかという事になります。人間の意識のぎりぎりの処に意識を超えた何かを直感した。しかしそれはアプリオリであり、見ることも触ることも出来ない、と、このように言われるのかなと思います。

この先験的ということですが、このことを『大無量寿経』における「大」と「無量寿」の関係においても窺われるのじゃないかと考えておりまして、つまりは、無量寿仏(阿弥陀仏)の成仏のとき、これを便宜上さっきの経験という言葉に置き換えてみたら、それは先験的であるという事ですね。つまり、弥陀成仏のとき「より先のも」という意があるということになります。

それでは、無量寿仏つまりは阿弥陀仏の成仏のとき「より先のもの」とはいったい何かということになりますが、それは、法性身が我が身を度外視して正直(まっすぐ)に弥陀へ成仏するという、この内容が弥陀成仏における「より先にもの」であると、このようになります。

法性身を、親鸞聖人は「いろもなくかたちもましまさず」とこのように言われます。私たちには捉えることが出来ない、思慮分別を超えているから法性身というのですが、その法性身が我が身を度外視して正直に弥陀へ成仏する、この物語が弥陀成仏のとき「より先のもの」の意であるなら、この場合の弥陀成仏は先験的である、と、こういうふうに言えるのかなと思うわけです。

「いろもなくかたちもましまさず」という法性身ですから、凡夫には見ることも触ることも出来ない。そのいろもなくかたちもましまさないはずの法性身が、その我が身を度外視して、凡夫に向かって正直に弥陀へ成仏するということ、そしてまた、このことを別の言い方にすれば、弥陀成仏のとき、法性が法性の身として凡夫に関係を開いたということだと思うのですね。

ただしかし、先験的をこのように弥陀成仏に当てはめてしまうと、どこか何かが足らないような気がするのですよ。で、これはずいぶん考えました。そしてこういうふうに言葉を入れたら何とかなるかなと思いました。で、それは何かということですが、「にもかかわらず」という言葉を入れてみるのです。

そうするとどうなるか、弥陀成仏のとき「より先のもの」の意がある、「にもかかわらず」、法性身が我が身を度外視して正直に弥陀へ成仏する、と、このようになります。これね、読んでお分かりのように、これはこれですごく変でしょう。でもね、こっちの方かなと思うのですよ。先験的を時間軸でいえば、過去現在未来と一方向に沿っていなければなりません。

すると、このアプリオリというのは、そう言う意味では意識の最深部において、常に「より先のもの」ですから、この「より先のもの」という以外に表現が出来ないのであって、もしそこに何か内容を入れようとした場合は、それはすでに意識の範囲内であって、その時点でアプリオリではないことになってしまう。

だから、ここでいう法性身が我が身を度外視して正直(まっすぐ)に弥陀へ成仏するという、このような内容を、そのまま「より先のもの」に当てはめることは出来ないと思うのですね。だから「にもかかわらず」と言葉を入れると何とかつじつまが合うかなと考えたわけです。しかし、だったらですよ、わざわざ知ったかぶりして、先験的であるなどと初めから言わなければ良いわけです。

でもね、今回のテーマがこの弥陀成仏と先験的ですから、とにかくも、ここに「にもかかわらず」と入れれば、まあ、何とかなるかなと思ったりしたわけですが、で、このことをしばらく考えておりました。そこで、このアプリオリという概念ですが、やはりこれは時間軸に沿ったものですから、この場合の法性身と弥陀成仏については、このような時間軸とはまた違うものが必要だと思うに至ったのです。

それでは、いったい何をもって先験的とするかですが、定位置を時間軸の点では押さえずある場所とする。そして、そのある場所は先験的であるとします。何か知らぬが、あるときその場所のとき「より先のもの」という意があると、このように変換出来なかということですね。

そうすると、これはそこがある場所に変化していることですから、もともとの処が、あるとき何かの縁で、ある場所に変化したことになります。新旧の時系列は一応あるが場所は同じです。それで、その変化している場所ですが、これを何といえばいいのかという事になりますが、弥陀成仏を阿弥陀仏の浄土と言い換えていることになります。つまり阿弥陀仏の浄土のとき、法性身が我が身を度外視して正直(まっすぐ)に阿弥陀仏へ成仏するという、この内容が「より先のもの」としての意だということになります。

お前そんな勝手なことをするなと言われそうですが、この辺りの処はすごく大きな問題だと思いますので、今後の成り行きを見ながら考えて行こうと思っていますが、しかし、とにかくも従来のアプリオリとはまた違う概念が、このようにして確認できたのではないかというのが正直なところです。

しかし、そうなるというと、当然ちょっと待てよと言われる。何故なら、阿弥陀仏の因位の菩薩である法蔵菩薩はどうなっているのか。『無量寿経』は法蔵菩薩が兆歳永劫のご修行をされて四十八の願を成就された経典です。細かい内容はともかくとして、法性身がいきなり阿弥陀仏へ成仏するとなると、法蔵菩薩はいったい何処に行ったのだと、このような理屈も出てくるわけです。

そして、これは大変もっともな話であります。しかし、教巻では「真実の教を顕さば『大無量寿経』これなり」と言われていて、それをお釈迦様と阿難尊者の出遇いとして述べられているわけですね。だからお釈迦様と仏弟子阿難の出遇いをもって、真実の教を顕さば『大無量寿経』これなりです。

『無量寿経』は、お釈迦様と阿難尊者の出遇いで始まり、そこから阿難に法蔵菩薩のご修行を説かれます。法蔵菩薩が世自在王仏のみもとで一切の諸仏の世界を覩見されて、そして四十八の願を建てられた。このように経典はなっておるわけですが、教巻はお釈迦様が法蔵菩薩を説かれる前段であって、お釈迦様と阿難の出来事の方なのですね。そしてこれをもって、真実の教を顕さば『大無量寿経』これなりです。

だから唐突ではありますが、法性身が自らを度外視して阿弥陀仏へ成仏された。この成仏こそが、そのままお釈迦様と阿難の出来事である、と、そう書いてあるのではないか。そして、そうしておいて、この出来事を紐解いていく。そうすると、阿弥陀仏が因位のときに、つまり法蔵菩薩が世自在王仏の御前で一切諸仏の浄土を覩見して、四十八願を建てられたと、このように法蔵菩薩のご修行が説かれる。つまりは、弥陀成仏という果に従ってその因を尋ねるという従果向因の説ではないかと思うわけです。

⑵そして次に「この経の大意は、弥陀、誓と超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れみて、選びて功徳の宝を施することをいたす」とありまして、ここまでがまず仏の方である。つまり、法性身の弥陀成仏により、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開かれた。そして凡小を哀れみて、選んで功徳の宝を施することをいたす、と、ここまでが仏の方である。そして次の「釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群萌を拯(すく)い、恵に真実の利をもってせんと欲(おぼ)してなり」は、これは凡夫の方。「道教を光闡して」の訳が、釈迦一代の教説を明らかに説き示すことだとありますから、つまりは、お釈迦様が生涯をかけて説かれた教えを明らかにすれば、それは「群萌を拯い、恵に真実の利をもってせんと欲してなり」ですから、これは仏の方というよりも凡夫の方である。そうすると、ここに仏の方と凡夫の方との関係がまた出てくるわけです。

⑶ここに仏の方と凡夫の方とあえて分けている訳ですが、これは証巻の感想でありまして、証巻を通したらこのように分けるということが出てくるのですね。教巻にはそのような事は書いてありせんが、こういう分け方になるのではないかと思っております。そして、この仏の方と凡夫の方の関係成就がその次の文である。つまり「如来の本願を説きて、経の宗致とす。すなわち、仏の名号をもって、経の体とするなり」が仏の方と凡夫の方の関係成就でありますから、仏の方だけの成就が弥陀成仏ではなくて、凡夫もまた凡夫として成就していなければならない。

それで、まず仏の方を見ていくと、阿弥陀仏の浄土のとき、法性身は正直(まっすぐ)に阿弥陀仏へ成仏して、その誓は阿弥陀如来の本願として超発されている。そこに広く法蔵を開き、凡小を哀れんで、選んで功徳の宝を施す。これを「如来の本願を説きて、経の宗致とす」と、『大無量寿経』を「大」と「無量寿」の関係に見て行けばこのような捉え方になるかと思います。

そして凡夫の方は「釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群萌を拯い、恵に真実の利をもってせんと欲してなり」ですから、お釈迦様がこの世にお出ましになり、そして生涯をかけて教えを説かれたのは、ひとえに群萌を拯い、真実の利をもってせんと欲されたのである。つまり、群萌を拯うのに真実の利をもってせんですから、凡夫の姿を群萌と明らかにして、その群萌に向かって真実の利を恵み救いとる。このことが「すなわち、仏の名号をもって経の体とするなり」です。

で、さっきから仏の方とか、凡夫の方だとか言っている訳ですが、この凡夫の方を考えると、このように凡夫の方だと言ってみてもですね、実際のところ、それは仏とそして私たちの出来事かといえば一概にそうとは言えませんね。私たちはだいたいにして自らを凡夫だと思っていないのです。だから凡夫の方というのは、これは私たちの方というより、お釈迦様が顕かにされた、ただ凡夫であるという方でしょう。ぼくはこの凡夫ということで思い出したことがありまして、調べたら令和4年秋彼岸会と書いてある。2年前に話した『論註』上巻の作願門のところでした。

亀の甲羅に毛が生えているのかどうかという問題でしたが、これは亀が年と共に甲羅に毛が生えてくるように見えるが、それは錯覚であるという話ですね。人間は年を重ねていくと、亀の甲羅に生える毛ではないが、何やらもやっとした、どうも私と言うものがあるような気がする。確かに何となくではあるがそんな気もする。しかし、それは甲羅に毛が生えているかのように見えているだけで、それは錯覚であるという話ですね。これが私だと言えるような感覚は、本来は無いのだけれどまるで有るかのように錯覚しているのだというのです。この亀の甲羅の話は考えると衝撃的ですね。これが私だと、これ、間違いありませんか、ホントですか。じゃあ、その私とは何かと問われたらどのように答えますか。ここまで長生きしてきたことが自分の証であるとすると、では、その生きた時間があなたですかと問われる。ちゃんと答えられますか。ひょっとすると、まるで年老いた亀の甲羅に生えた毛のようなもので、ただ自分がそう思いこんでいるだけではないですか。

この私という感覚は錯覚であり、亀の甲羅に張り付いた苔のようなものだという譬えは、ほんと衝撃的です。私はあれもしたこれもした、そしていろいろして満足した。人生の終盤にこのように言える人はそんなにはいないと思いますが、まあ、話だけなら出来るでしょう。しかし、それでもですよ、もしもそれだけだったら何かの拍子で歪めばガラガラと崩れますよね。これが私ですと案外と答えが出ない。自分を探すと見えなくなりますね。しかし、ハッキリしているのは、いろいろと考えながら生きているし、そして、生きるために一所懸命になってきたということでしょうか。しかし、この生きるという事においてもまた、『論註」はダメ押しします。それは因縁生だという。

この因縁生というのは、生はこの私から始まるのではないということですね。久遠の過去からずっと繰り返された、それこそ様々な因縁により私がいて、この人生があるという事でしょうね。まあ、そういわれるとそうかもしれんな、と、何かそういう思いがありませんか。実際にこの自分自身というものに立ってみたら、まずは何となく自分というのが始まっていて、そして気づいたらこのようなものとして私がいる、こういうことで間違いありませんかね。しかしそうだとすると、この私というのは、因縁生という掴みどころの無い、何やら漠然としたものだという事になりませんか。

ところで皆さんは、親鸞聖人が言われている群萌という言葉にどのようなイメージを持たれるでしょうか。お釈迦様は生涯を通して、この因縁生よりももっと深い、群萌という姿をもって私たちを顕かにされた。そしてただ凡夫である方を開かれた、と、こういうことかなと思っております。

⑷「何をもってか、出世の大事なりと知ることを得るとならば、『大無量寿経』に言(のたま)わく、今日世尊、諸根悦予(しょこんえっちょ)し姿色清浄にして、光顔魏魏(こうげんぎぎ)とましますこと、明らかなる鏡、清き影表裏に暢(とお)がごとし、威容顕曜にして、超絶したまえること無量なり。未だかって瞻覩(せんと)せず、殊妙なること今(きょう)のごとくましますをば」

文献学の素養もないのに、これらを述べるのはどうかと思いますが、とにかく教巻では「明らかなる鏡、清き影表裏に暢るがごとし」と読まれています。経典には「如明浄鏡 影暢表裏」とありまして、直訳すれば「明らかなる浄鏡の表裏に影暢するがごとし」だそうです。親鸞聖人はこの文を「明らかなる鏡、浄き影表裏に暢るがごとし」と読まれました。文献学に無知なぼくでも無理な読み方かなと思いますね。

経典のこの「如明浄鏡 影暢表裏」は、阿難尊者がお釈迦様のお姿を拝して、今日の世尊は、自らの全身に悦びがあふれておられて、お顔も魏魏と光ましますこと、まるで「明らかなる浄鏡の表裏に影暢されているようです」と、このようになるでしょうか。もう少し自己流に直せば、明らかに浄く澄みきった鏡がまるで影をも表裏に暢しているかのようです、と、このような訳でいいのでしょうか。正しい読み方は分かりませんが、このような訳ならこの「如明浄鏡 影暢表裏」は、阿難がお釈迦様の悦びのお姿を、お悟りの姿として表現したものでしょうね。

親鸞聖人の場合では、お釈迦様が諸根悦予して、お顔が魏魏と光輝くのが、「明らかなる鏡、浄き影表裏に暢るがごとし」ですから、その全身から悦びがあふれて、光顔魏魏とましますのは、明らかなる鏡、浄き影が表裏に暢るがごとし、と、このようになるでしょうか。そうすると、これはお釈迦様の「諸根悦予 光顔魏魏」のご様子を言い換えて、「明らかなる鏡、浄き影が表裏に暢るがごとし」ですから、この「明らかなる鏡」は主語だと思うのですが、これでいいのでしょうか。そうすると、これも阿難がお釈迦様のご様子を表現したものですが、ここではお釈迦様ご自身が「明らかなる鏡」だということになります。

すると、明らかなる鏡であるお釈迦様は、浄き影表裏に暢るですから、明らかなる鏡であるお釈迦様、あなた様はまさに浄き影が表裏に暢っているかのようだ、と、阿難がお釈迦様を拝見していることになります。こういうふうにした場合、この明らかなる鏡には表裏があるということですね。そしてその表裏に浄き影が暢っている。

では、この浄き影とは何でしょうか。鏡の表が浄きで裏が影ですか。それとも浄き影が表裏に暢るですから、鏡の表も裏も浄き影でしょうか。ぼくはこれは両方だと考えていまして、仏の方が表だとすると、仏の方は浄であり凡夫の方が裏で影になるでしょうね。しかし表裏に暢るですから、これは表裏一体である。阿難尊者にはお釈迦様御自身が「明らかなる鏡」だと映った。その明らかなる鏡(お釈迦様)は、浄き影が表裏、つまり仏の方と凡夫の方に暢っているかのようである、と、阿難がお釈迦様を拝見した、と、このようになるのではないでしょうか。

初めに申しましたように、これらは私見でありまして偏った見解です。一応哲学的な思考も含めたつもりです。信心とは離れたかもしれませんが、こういう角度からの研鑽もまた必要になるのではないかと考えております。

証巻 正定聚について その②

令和5年9月23日 秋彼岸会より

(付録)ー「淄澠の一味なるがごとし」の意味をみると、淄と澠は斉の国にある川の名であり、この二つの川が異なった味を持ちながら海に流れ込めばそのまま一味になるといわれます。しかし、この「淄澠の一味なるがごとし」に、親鸞聖人は(食陵の反)の文言を付けくわえられておりまして、「淄澠(食陵の反)の一味なるがごとし」と「大義門功徳」を読みかえられています。このことについて「正定聚その①」の不足分として、今回の「正定聚その②」の前に(付録)を付けておくことにしました。ー

陵はみささぎと読み、王の墓などを意味しますから、この食陵をそのまま読めば王の墓を食うというような意味になります。ここでの王とはもちろん阿弥陀仏のことになりますから、阿弥陀仏の墓を食うということになる訳です。では、その阿弥陀仏の墓とは何か。もしこの墓の意味するものを一言でいうならば、阿弥陀仏の浄土が成就するとき除外されているものということでしょう。すると、ここに言われている食陵とは、その除外されているものを食うという意味になります。そしてその反(かえし)がこの「淄澠の一味なるがごとし」に付け加えらた意味になります。これらのことを前回の最後に話しました。今回はその続きでもありますから、この「食陵の反」をもう少し見ていきます。

宇宙の壮大さとは、漆黒の宇宙における星群の共演です。様々な星や銀河がありますが、普段私たちは圧倒されるほどの銀河を夜空に見ることはできません。しかし、本来の夜空にはその圧倒されるほどの星が降り注いでいます。もしそれらを間近に観ることができたら、その満天の星に感動をも覚えるでしょう。しかし、その満天の星を彩るところの漆黒の闇までを観るものは少ないはずです。しかし満天の星はその深淵なる漆黒の闇に輝く星なのです。もし満天の星の共演を浄土の相(すがた)とすれば、阿弥陀仏の浄土が成就するとき、そこに除外されている深淵なる漆黒の闇を、王の墓、つまり陵(みささぎ)という意味にあたえることは出来ないでしょうか。

淄川をどす黒い漆黒の闇だとするならば、澠川は亀のような生き物が住む川です。この二つの川が混ざりあう時、漆黒の中に飲み込まれる澠川の生き物の姿に、闇に閉ざされていく私たちの業を連想します。親鸞聖人は「淄澠の一味なるがごとし」にこの(食陵の反)を付け加えられ、聖人独自の意味に変えられています。その(食陵の反)の意味とは何か、それは阿弥陀仏の浄土を浄土たらしめるところの漆黒の闇をも見据えて、そして、往生の光を得た自らも、また、この深淵なる漆黒に浮かぶ星の一つであると、自らの信心を述懐されているのだと思うのです。

証巻 正定聚について その②

(証巻の文)「また、『論』(論註)に曰く、「荘厳清浄功徳成就」は、「偈」に「観彼世界相 勝過三界道」のゆえにと言えり。これいかんぞ不思議なるや。凡夫人の煩悩成就せるにありて、またかの浄土に生るることを得ば、三界の繋業畢竟じて牽かず。すなわちこ煩悩を断ぜずして涅槃分を得、いずくんぞ思議すべきや。」

(論註下巻)「荘厳清浄功徳成就」の 解読文

(一点のにごりもない)清浄さとしてかざりあげる功徳の成就とは、偈に「彼の世界の相を観ずるに、三界の道に勝過せり」といわれているからである。これはどのように不思議(な功徳)なのであろうか。凡夫人の、煩悩にみちているものでも、彼の浄土に生れることができれば、三界につながれてはなれることができない業のきづなも、ついにはそのはたらきを失う。つまり、(法の徳のゆえに)煩悩を断じえないまま、しかも涅槃の分を得るのである。どうして(常なみの)思いのはからい及ぶことであろうか。

「荘厳清浄功徳成就」略して「清浄功徳」は、観察門の国土荘厳十七種の第一種目にありまして、国土荘厳の総相といわれます。本来なら、この「清浄功徳」が前回の三つの「功徳成就文」の前にあるはずですが、証巻では、国土荘厳の順番が逆になっていまして、「清浄功徳」がこの三つの「功徳成就文」の後に措かれてあります。これは、要するに十七種の中で、この「妙声功徳」「主功徳」「眷属功徳」の三種の功徳文をもって国土荘厳とされたということでしょう。そしてまた、この三種の後に「大義門功徳」の一部だけを付けくわえられております、それが、「淄澠(食陵の反)の一味なるがごとし」ですね、そしてその次に、この「清浄功徳」を顕しておられます。今回はこれらのことを含みながら読んでいけたらと思っております。

まずは、論註の下巻に気になることが書いてありますので、そちらの方から国土荘厳を見ることにしますが、そこに何が書いてあるのかといいますと、相似相対だと書いてある。相似というのは似ている形態ということで、姿形や性質が写したようによく似ているということですね。相対の方は向かい合う、または対立するとか、関係を持ち合って成立するという意味だそうです。で、この国土荘厳十七種は相似相対であると書いてあります。

そして、この国土荘厳の十七種は摩尼如意宝において相似相対すると書いてあります。これは何を言っているのかといいますと、まずこの摩尼如意宝ですが、まあ、よく分からんわけです。とにかく不思議な表現でありまして、でも、これをあえて現代風にアレンジして言えば、おそらくドラゴンボールのようなものでしょうか。この珠を得ればいかなる願いもかなえてくれるという、不思議な摩尼如意宝珠です。国土荘厳はこの如意宝珠が相似相対するといわれているのですね。つまり、国土荘厳十七種は、この摩尼如意宝のように不思議であり、それは相似相対する、と、このようになります。

こういう処はあまり関わらず通り過ぎても構わんのかなとも思いますし、これにこだわってどうするんだとも思いますよ。しかしですね、あえてこだわると、国土荘厳十七種のそれぞれが摩尼如意宝であり、その十七種は相似相対しているということであります。

「多盲のゾウ」という譬えがありまして、これは目が不自由な人たちが集まって、それぞれがゾウに触れてみる。すると、ひとりは足を触りゾウは大きな木のようだという。鼻を触ったひとは長い管のようだという。もうひとりは耳を触って大きな葉っぱのようだといい、もうひとりはお腹を触り山のようだという。それぞれが自分の触った感覚でゾウを表そうとしたが、結局は誰も本当のゾウの姿を知る者はいなかったという話ですが、このゾウを「真理」と言い換えればすごく哲学的になりますし、また「生死」と言い換えれば宗教的にもなります。で、お分かりのようにこの「ゾウ」とは何かということです。

国土荘厳の場合は十七種それぞれに摩尼如意宝というゾウがいる、摩尼如意宝とは何でも願いがかなうといわれる不思議な如意宝珠ですから、現代風にいえばドラゴンボールかなと思うのですね。ドラゴンボールは7個集めるとどんな願いでも一つだけかなう。このひとつだけというのがみそですが、摩尼如意宝はこの十七種がそれぞれ摩尼如意宝だから、十七の摩尼如意宝珠があるわけです。でも、摩尼如意宝は一つしかない。ここに理屈に合わんものがあるわけですね。また、この摩尼如意宝は十七種に分かれていながらも、それぞれが摩尼如意宝であると説かれているのですが、この摩尼如意宝をそれではだれが十七に分けたのかといえば、摩尼如意宝自身であるというわけですね。

国土荘厳が相似相対するというのは、この摩尼如意宝が自らを十七種に顕して、そしてその摩尼如意宝がそれぞれ相似相対するということだと思うのですよ。もうこの辺になるとよく分からんでしょう。不思議な表現ですね。

しかし、この摩尼如意宝とは国土荘厳を顕しているのですから、仏土つまり仏国土の不思議を顕す譬えですね。つまり、国土荘厳を不思議な摩尼如意宝の譬えで表現したということでしょう。で、この摩尼如意宝は何でも願いをかなえる不思議な珠です。そして、その珠を得ればどんな願いもかなう、こんなふうに聞けばまるでドラゴンボールのようじゃないですか。ところが、この摩尼如意宝は国土荘厳の譬えですから、じゃあこの国土荘厳とはドラゴンボールのようなものかといえば、違います。

国土荘厳は阿弥陀仏の浄土のことですから、完成された仏国土です。不足という字が無いのですね。しかし摩尼如意宝の譬えでは、あなたが不足しているものを与えましょうということですから、本来この国土荘厳と意味が違いのですよ。では、なぜ国土荘厳を摩尼如意宝に譬えるのか、それは自らこの国土荘厳を顕すためだということです。国土荘厳を十七種に分けて、それぞれの角度から国土荘厳を顕す。そういう仏国土として十七種の立場を造ったということでしょう。完成しているからこちらから見えないし、見られる必要もないけれど、観るこちら側に立って、あえて欠損させてそこを見せる。すると、欠損したところから見れば、その不足したものを満たす国土が荘厳されている。それはまるでその願いが満たされているかのようだから、摩尼如意宝のようであるという。それが十七種あり、そしてその十七種の国土荘厳はそれぞれが相似相対するといわれるわけです。相似相対しているというのは、似ているものが並んで見えるということでしょうか。

私たちはドラゴンボールの方はすぐ分かるし、そっちの方が魅力的ですね。しかしそれは現実的ではなくてファンタジーですね。私たちは足らないことばかりですから、あれがあればいいな、こうなればいいな、と、ずっと考えていませんか。だからドラゴンボールの方はすぐに分かるし、そちらがおもしろそうでしょう。それは私たちが完成していないからですが、とにかく足らないものがいっぱいある。これが私たち凡夫の姿ですね。

国土荘厳の「清浄功徳」とは、そういう私たち凡夫から見た仏国土です。「(一点のくもりもない)清浄さとしてかざりあげる功徳の成就とは、偈に「彼の世界の相を観ずるに、三界に道に勝過せり」といわれているからである。」と、まず、国土荘厳の総相として私たちに最初に顕された清浄の国です。

ところが、聖人はこの国土荘厳十七種から「妙声功徳」「主功徳」「眷属功徳」の三つを選んで「清浄功徳」の内容とした、つまり、この三つをもって「国土荘厳」だとしたということですが、その次にまた「大義門功徳」を一部とりあげて載せてあります、その中に、「淄澠(食陵の反)の一味なるがごとし」という言葉がある。この言葉を少し取り上げて前回が終わりましたので、冒頭に付録をつけてもう少し詳しくしております。

で、この証巻の「清浄功徳」の前に、「また、『論註』に曰く」と書いてあるでしょう。この「また」は、三種の功徳文と「淄澠(食陵の反)の一味なるがごとし」のどちらにもかかっているわけですが、どちらかといえば「淄澠(食陵の反)の一味なるがごとし」の方に重きを措かれていると思っているわけです。

『浄土論』での「清浄功徳」は、「偈に「観彼世界相 勝過三界道」と言えるがゆえに。」とこれだけです。これを曇鸞大師が開かれて、今回の「清浄功徳」の文になっています。そして、この国土荘厳十七種では、「清浄功徳」の次にあるのが「量功徳」です。『浄土論』では、この「量功徳」もまた「偈に、「究竟如虚空 広大無辺際」と言えるがゆえに」とこれだけでして、「清浄功徳」と同じような表現になっています。聖人はこちらの「量功徳」の方は引用されていませんが、この「量功徳」を曇鸞大師がどのように開かれたかを見たいと思いますので、上下巻の両方とも読むことにします。

まず上巻の方から。解読文より、上巻は長いので(その一)と(その二)とに分けてあります。

「「荘厳量功徳成就」究竟して虚空の如く、広大にして辺際無し」この二句は荘厳量功徳と名づける。(その一) 仏がもと、この荘厳量功徳を起こされた所以は、三界を見られるに、狭く小さく、土地がくぼんだところや裂けたようなところがあるかと思えば、小高いところや水面に土が盛り上がったところがある。あるいは宮殿の高どのは迫くきゅうくつであり、土地田畑はせばまってせまくるしい。また、どこかへ行こうとしても路はせまく、あるいは山や河が行く手をはばみさえぎり、あるいは国境にへだてられて行くことができない。このようにさまざまのせわしなさで息ぐるしく、うろたえるようなことがある。だから菩薩はこの荘厳量功徳の願いを興され、我が国土は虚空の如く広大で辺際ないように願われたのである。

(その二) 虚空の如しとは、この国に来生する者がいかに衆(おお)くても、なお一人もいないように感じられるほどだという意味である。広大にして辺際なしとは、上の虚空の如しという意味を全うするものである。つまり、どうして虚空のようかといえば、広大で際限がないからである。量功徳の成就とは、十方衆生の中の往生する者ーすでに往生したもの、これから往生すべきものーは量りなく、はてしなくあっても、つづまるところ常に虚空のように広大で際限なく、終に満ちてしまうときがないということである。だから「究竟にして虚空の如く、広大にして辺際無し」といわれているのである。

問う。維摩居士などは、小さな部屋に、高さ八万四千由旬の獅子座を三万二千つつみ入れて、なお余りがあったという。どうして国の界のはかりないところにかぎって広大と称するのか。答う。ここにいう広大は、必ずしも五十畝を畦といい、三十畝を畹というような場所の広さを喩えにしているのではない。ただ空のようだというのである。そのうえどうして部屋の広さなどのたとえにかかずらう必要があろうか。また維摩の部屋がつつみいれるのは、狭いところにあって広いのである。厳密に結果の優劣を論ずれば、どうして広いところにあって広いというのに及ぼうか」

次に下巻から。解読文より。

「これはどのように不思議(な功徳)なのであろうか。彼の安楽国の人天(ひとびと)は、もしこころに宮殿楼閣の広さを、あるいは一由旬あるいは百由旬あるいは千由旬にしたいとおもい。(またその部屋数を)千間、万間にしたいとおもえば、心のままにそうなり、人それぞれにおもいどおりになるのである。また、十方世界の衆生が往生を願うに、すでに生じたもの、今生じたもの、これから生じるもの、一時一日の頃(あいだ)の数をかぞえても、それがどれくらいの数になるか知ることができないほどである。にもかかわらず、彼の世界はつねに虚空のごとくであって、せまっくるしさがまったくないのである。彼の安楽国土の中の衆生は、このような量(ひろさ)の中に住んで、自ずとその志願が広大になることもまた虚空のようで、まったく限りがないのである。(つまり)彼の国土の量(ひろさ)になっているのであるから、どうして(われわれが)思いはからうことができるであろうか。」

この論註上下の「量功徳」を比べると、一応上巻では(その一)と(その二)に分けましたが、下巻では(その二)の方を主に述べられていると思うのですね。読んでいただければいいのでして、間違いなら指摘してください。

で、下巻の方を読むとわりと分かりやすく、例えば「彼の安楽国土の中の衆生は、このような量(ひろさ)の中に住んで、自ずとその志願(ねがい)が広大になることもまた虚空のようで、まったく限りがないのである」と、このような文章になっているでしょう。志願にしたがって世界の広さは虚空のようにもなる、と、その志願が広大な世界を見せていくというような、いわば、心象的な世界観が窺われます。

このことについて、善導大師が述べられているところが観経疏にありますので、そこのところを紹介することにします。この「清浄功徳」は観経疏では水想観に登場しますが、国土荘厳第二の「量功徳」もこの「清浄功徳」と一緒に書いてあります。

「「①かの世界の相を観ずるに、三界の道に勝過せり。②究竟して虚空のごとし広大にして辺際なし」と、これすなわち総じて彼の国の国の地の分量を明かす」。②の文が「量功徳」です。このように、「清浄功徳」と「量功徳」はセットになっています。そして、この両方において「これ彼の国の地の分量を明かす」です。観経疏の玄義分ではここのところを「仮というはすなわち日想・水想・氷想等、これその仮依なり」と言われておりまして、ここに水想観も入っているでしょう。だからこの水想観も仮依であると善導大師は述べていることになりますね。この仮依については、次の文で「これこの界の中の相似の可見の境相なるによるがゆえに。」と説明されています。

まず、これはどういう意味なのかということですね。難しくてよう分からん。こういう文を見ると論註の解読がほんとうに有難いなぁと思いますよ。しかし、それで終わるわけにはいかないので、あえて自己流に解釈すれば、この仮依とは仏教でいうところの悟りといいますか、無分別智の境界というものではなくて、この界の中の相似の可見であるところの境相だということです。

で、「この界の中」とは、今見ているものはということでしょうか。すると、今見ているもの、それは、相似の可見である、可見とは今見えているものはということですから、今見ていることで見えているものはということですね。それは、実は、写したように似ているが、それそのものではないということです。だから相似しているが本質そのものではないということですね。だからそれは「仮依なり」と善導大師は言われているのだと思うのですよ。

境を分かりやすくすると鏡と考えればいいのかなと思います。つまり、それは鏡に映っているようなものだということですね。デコボコしたものを鏡に映すと、その映ったデコボコがくっきりと映れば映るほど、その鏡のクオリティーは高いことになるでしょう。同じように、水面に映るデコボコがくっきりと映しだされるほど水面には波が立ってなくて穏やかであり、水面は平らである。つまり私の心を水面の如くに表現される。境というのはその水面自体のことであり、界とはそこに写し出されているものということでしょう。

つまり、私の心について水面のごとくと表現され、それを境といわれている。これまでこの境のことを身体的心の領域とずっと言ってきました。知覚という言葉もありますが、これは感覚器官のはたらきで外界の事物・事象を認識することだということでして、視覚のほかにも聴覚・味覚・嗅覚・触覚がふくまるそうですね。哲学ではこのようなものを知覚より以前のもとして、直接の知といったり、感覚的確信という言葉で表現されたりしています。とにかくすごく分かりにくい所であることは間違いない。

この相似の可見の境相をもって「清浄功徳」と「量功徳」を顕している、そういうことかなと思います。つまり、善導大師の「量功徳」の「広大にして辺際なし」に言われる広大さとは、心象的なものではなくて身体的なもの、身体に属する物質的な広がりですね。身体を物質的な観点から観れば成層圏をこえて宇宙にもつながっていきますから、心象的な広大さとはまた違うのです。

善導大師が「清浄功徳」と「量功徳」をセットにしていわれる場合はこういう広大さがある。だからといって心象世界の広がりとどちらが正しいかと言っているのではありませんよ。「清浄功徳」にはこういう二つの見解があるということですね。そして善導大師の場合はどちらかといえば身体的な側面を強調されています。

曇鸞大師は「清浄功徳」に自性清浄の浄土を見られた。善導大師は、たしかにそれが自性清浄の浄土であれ、やはり、心に映る世界であるとした。自性というのは本質とか本性という意味で、本来的な不変の性質だといわれております。法身は色もなく形もないし、見ることもできない。だから善導大師は心に見る世界ならば、たとえそれが自性清浄の浄土であれ、本来の真如法海ではなくて、自性清浄の浄土を示すところの心象世界であるとした。つまり重力で再び身体の領域の押し戻した、と、こういうことかなと思っております。

こういうえらい大変な問題をかかえているのですが、この問題を親鸞聖人はどのように捉えなおされたのかということですね、それが、この三種の功徳文の後にある「淄澠(食陵の反)の一味なるがごとし」であります。歎異抄13条に、親鸞聖人が宿業ということを述べておられますので、そこを読んでみます。

(意訳 歎異抄13条から)

「 弥陀の本願不思議にまかせて悪をおそれないのは、本願ぼこりであるということで往生はできないということ、この条は本願を疑うことであり、善悪の宿業をこころえていないからなのである。よいこころがおこるのも宿善がもよおしているからである。また悪業をおもってしまうのも、悪業のはからいがそうさせるのである。故(親鸞)聖人がいわれていたことに「ウサギの毛や羊の毛の先にあるちりのような小さな罪も、宿業に依らないものは無い。」といわれていた。またあるときに「唯円房は私のいうことを信じるか」と聞かれたので、「もちろんでございます」と、お答えしたところ、「そうであれば、私のいうことに従うのか」と重ねて聞かれたので、つつしんで承知しましたと答えました。「たとえば、人を千人殺してみなさい、そうすれば往生は決まる」と、聖人からいわれたときに「おおせではありますが、一人でさえも自分の器量では殺すことは出来ないと思います。」と、お答えしたところ、「ではどうして親鸞のいうことを疑わないといったのか」といわれ、「これで(唯円房も)知ることができるだろう。何事も心にまかせて決められるなら、往生のために千人殺せといわれたらそのとき殺すはずである。しかしながら、(自分に)一人として殺すような業縁がないからそうしないのである。自分のこころがよくて殺さないのではない。また殺すまいと思っても、百人千人を殺すこともあるのだ」と、(聖人が)おおせられたのは、私たちは、(自分の)こころがよいと思うことをよいと思い、悪いと思うことを悪いと思って、(弥陀の)本願不思議においてすくわれることを知らないでいるからであるといわれた。」

この13条にある宿業ということですが、いろんな見解もあるかと思います、で、今回話しております身体的心の領域ですが、これはまだ分別心が起きない状態の心ということですから、分別心が起きる前であり、邪心のない状態だと考えるのですね。しかし、この身体は社会的そして歴史的領域の身でもあります。この社会的そして歴史的領域とは、そのままこの私の身にまでなった煩悩の歴史です。ここに歎異抄でいわれる宿業を見るのだろうと思うのですね。

こういう業の深さを背負っている身ですから、たとえ身体的な心の領域として鏡が澄んでいても、その鏡もまた宿業という底の抜けた漆黒の世界を背負ってるのだということではないか。そして、ここに煩悩凡夫の姿を成就させる。

この「清浄功徳」の文の後半ですが、「凡夫人の、煩悩にみちみちているものでも、彼の浄土に生れることができれば、三界につながれてはなれることのできない業のきづなも、ついにはそのはたらきを失う。つまり(法の徳のゆえに)煩悩を断じえないまま、しかも涅槃の分を得るのである。どうして(常なみの)思いのはからい及ぶことであろうか。」とありますね。この「凡夫人の煩悩にみちみちているものでも、彼の浄土に生れることができる」と、ここに凡夫の煩悩が成就する時、その凡夫を成就する姿をいただくことが、そのまま浄土に生れる姿であるといわれたのではないでしょうか。

親鸞聖人は、正定聚の世界を、夜空に輝きあう星群に見た、そして、この本願海で往生の光をいただいた自らもまた、この深淵なる漆黒の世界に浮かぶ星の一つであった、と、この深淵なる業の世界を我が身をもって述懐される。

三界とは三つの迷いの世界といわれております。少し難しくてよう説明できませんが、要するに生死を繰り返す凡夫の世界です。その繰り返す煩悩の歴史に繋がれてはなれることができないきづなも、つづまるところ、ずるずると引っ張られない。つまり、その法の徳で煩悩を断じえないままに、しかも涅槃の分を得るのであるといわれるのでしょう。

今回は、この「淄澠(食陵の反)の一味なるがごとし」を自分なりに纏めました。いろんな見解もあるかと思いますが、現在、こういうふうに受け取らせて頂いています。

証巻 正定聚について その①

令和5年5月28日 永代経法要より

 今回より親鸞聖人のお書物から浄土論註を見ていくことにしております。前回までで作願門は終了したので,本来ならば次の観察門へと入るはずなのですが、実の処、親鸞聖人はこの観察門を証巻にかなり引用しておられまして、それならば論註の観察門を読むよりも、証巻の方から観察門を読んだほうが真宗の立場とすればいいだろうというふうに思いまして、今回から教行信証の証巻に引用されている観察門を読んでいこうと思いいたりました。結果、論註の続きということにもなりますが、証巻を論註を通して見ることにもなりますので、角度の違う見方になるかとも思います。難易度がかなり上がるのはしかたありませんし、こういう読み進みを当初から計画していたのでもありませんが、これまで論註を読んできたなかで自然にそうなった、と、そういう事でもありました。とにかくそういうことで、このまま流れにまかせて読んでいきたいと思っております。どうぞよろしくお願い致します。

 では、まずは観察門第11「荘厳妙声功徳成就」を読んでいきます。解読文

 [たえなる法を説く声においてかざりあげる功徳とは、偈に「梵声の悟り深遠にして微妙なり、十方に聞こゆ」といわれているからである。これはどのように不思議な功徳なのであろうか。経(大経)に、「もしひとあって彼の国土の清浄で安楽なことを聞くだけで、よく心にきざみ念じて、彼の国土に生れたいと願うものと、またすでに往生をえたものとは、たちまち正定聚(なかま)に入ることができる」といわれている。これは国土の名字(みな)が仏の(衆生教化の)いとなみをするということである。どうして(常なみの)思いの及びうることであろうか。]

 

 実は、この「妙声功徳」にある「国土の名字(みな)」というところはすでに作願門にもでております。どこにあるのかといえば、下巻にありまして「一心に専ら阿弥陀仏を念じて、彼の(国)土に生れたいと願えば、この如来の名号及び彼の国土の名号が、よくすべての悪を止めるのである」のところですね、ここに「国土の名号が」と付けくわえられています。ほんの短い文なので、これが「妙声功徳」と関連があるかどうか分からんではないかといわれそうですが、作願門の願生浄土において、はじめて「国土の名」が登場しています。間違っていたら教えて下さい。で、まずこの国土の名号と名字はどう違うのかということですが、意味としたらだいたい同じではないでしょうか。名号という場合は仏国土(浄土)の名のりですから主体が彼の仏国土でしょうか、名字という場合は単に仏国土の名ということかと思います。その仏国土(浄土)の名をとるか取らないか、こちら側にその主体があるかもしれません。

 そして、この「妙声功徳」には作願門にはないものがありますね。「たちまち正定聚(なかま)に入ることができる」というところです。この正定聚に入るということがどのようなことか、それが今回のテーマになっております。とにかくまとまった話が出来ればといいなと思っております。

 そしてまた、聖人は証巻に観察門をそのまま引用されておりませんので、まずはそこのところから簡単に説明することにします。

 まず観察門は三つに構成されています。国土荘厳、仏荘厳そして菩薩荘厳がその三つになります。国土荘厳が17種、仏荘厳が8種、菩薩荘厳が4種で、計29種の荘厳功徳成就の文があります。そのうち聖人が証巻に引用されているのは、国土荘厳から第11・12・13番目の三種の荘厳功徳成就です。「妙声功徳」「主功徳」「眷属功徳」がその三種になります。その内の「妙声功徳」を今読んだわけですね。この三種の功徳成就文の次に、国土荘厳の第1番目にあります「清浄功徳」が引用されています。要するに11と12と13番目の次に1番目が措かれているわけです。何故そうなるのだろうかという問題がありますし、国土荘厳は17種あるのに全文を引用されているのはこの4種だけである。こういうようななかなか捉えどころがない内容にも思えますが、少しずつでもそれなりにひも解ければいいなと考えております。そしてまた、その他、部分的な引用文もありますので後程説明することにしましょう

 次に仏荘厳においては最後8種目の「不虚作住持功徳」が後半部分が引用され、そのまま続けて菩薩荘厳の4種全部が還相回向として引用されています。論註では観察門の次の回向門がこの還相回向にあたりますから、引用の仕方がかなり複雑ですね。しかしこの複雑さもまた、聖人のご信心として一貫するものを顕しておられるのですから、まあどういったものか、とにかく始めることにいたします。

 それでは、今回は国土荘厳から「妙声功徳」「主功徳」「眷属功徳」の三種を話すつもりです。で、まずこの「妙声功徳」にある、「もしひとあって彼の国土の清浄で安楽なことを聞くだけで、よく心にきざみ念じて、彼の国土に生れたいと願うものと、またすでに往生をえたものとは、たちまち正定聚に入ることができる」という文ですが、ここにある「もしひとあって」を、この証巻から見た場合は「もし(往生の)ひとあって」と読むべきだと思うのですね。証巻は教行信証の最終部でありまして、論註を読み進めて行くうちに私たちの方が横から入り込んだわけです。だから教行信証の順序に沿っていくなら、この「もしひとあって」は「もし(往生の)ひとあって」と読んでしかるべきだと思うのですよ。しかし、そうしますと文が少し変になる気がすます。この「もし(往生の)ひとあって」と「すでに往生をえたものとは」と、同じものが何となく並び違和感があるのですね。で、このことについては後から話しますので一応このままにしておきたいと思います。

 作願門では、一心は我一心の完結した相ですから、つまりそれは阿弥陀仏の浄土の相(すがた)であるということになります。その浄土である仏国土が、阿弥陀仏の善根の力によって住持される国土であるというのが、次の「主功徳」です。それでは「主功徳」を読んでいきます。 

観察門第12「荘厳主功徳成就」

[ 主たる力においてかざりあげる功徳の成就とは、偈に「正覚の阿弥陀法王、善く住持したまえり」といわれているからである。これはどのように不思議(な功徳)であろうか。正覚そのものである阿弥陀仏は不思議であらせられる。彼の安楽国土は、その正覚たる阿弥陀仏の善根の力によって住持されているのである。どうして(常なみの)思いのはからい及ぶことであろうか。住とは変質せず滅しないことをいい、持とは分散せず消失しないことをいう。たとえば、不朽(という名の)薬を種子に塗ると、水にいれても腐らず、火に入れても焼けずに、因縁をえて(芽を)出すのである。これは不朽薬の力によるからである。(これと同じく)もし人が、一たび安楽国土に生れれば、後になって(再び)三界に生じて、三界のいろいろなまよいの生活―煩悩が火のようにもえさかるただ中にもどっても、無上菩提の種子は、けっして朽ちることがないのである。これは、正覚たる阿弥陀仏が善く住持したもうからである。] 

 この「主功徳」の文は「阿弥陀仏は善く住持したまえり」ということが主な内容だと思っています。この住持を二つに分けて説明されていまして、住の方は変質せず滅しないといい、持は分散せず消失しないといわれます。そしてこの住持という不朽薬を種子に塗ると、水に入れても腐らず、火に入れても焼けないということですね。

 で、まず水と火の譬えがありますが、この水と火の譬えを善導大師が「観経疏」に言われておりますので、そこのところから説明すると、「衆生の貧愛は水のごとし、瞋憎は火のごとしと譬うるなり」と書いてあります。貧はむさぼるで、そのむさぼるに愛という字が付いている。愛の対語は憎だそうでして、愛と憎しみは表裏一体だといいます。仏教にも愛憎異順という言葉がありますね。愛と憎しみはむさぼりの度合いに比例するということでしょうか。テレビのサスペンス劇場でよくやっております人間模様ですが、いうなれば私たちの人生の縮小版ですね、そしてこういう愛欲は貧りに入ります。しかしですね、この愛欲には家族愛や子供に対する愛情も入るし、最近ではペットへの愛情もある、ひょっとすると郷土愛などもあるかもしれない、広げると分からなくなりますね。ただ、やわらかく言ってしまえば、度が過ぎた貪りはするなということかなとも思います。しかし、いったい何処までが度が過ぎるのか分からんのも私たちではないでしょうか。

 そして、火は瞋憎(しんぞう)だと言われていますね。瞋は怒りですから、怒りと憎しみが合わさった意味でしょう。ここにも憎しみが入ります。ちょっとムカッとすることから、気持ちが収まらないことまで様々です。そしてこれらは私たちの日常で避けられないものだということも事実ですね。この貧愛の水に住しても腐らず、また瞋憎の火中でも焼けずに、浄土の種はしっかりと芽を出す因縁であり続ける、そしてその不朽の種子は、安楽国土に生れた後のまよいの三界にあっても、けっして朽ちることのない無上菩提の種であると言われています。

 作願門では「一心」とは阿弥陀仏の浄土の相(すがた)でありますから、阿弥陀仏の正覚の相(すがた)であります。この正覚の相がそのまま無上菩提の相であるというのが「一心」までの内容でした。その無上菩提の相が、この「主功徳」においては無上菩提の不朽の種であると言われています。すると、無上菩提の相と無上菩提の不朽の種とはどう違うのかなと疑問があるでしょう。無上菩提の相というのは一心の相ですから一心そのものです。それに対して無上菩提の不朽の種だというならば、その無上菩提の不朽の種を懐いているところのその人を指しているのだと思うのですね。

 で、ここでさっきそのままにしておりました「もし(往生の)人あって」と「すでに往生を得たもの」とふたつ並んで違和感があるということでしたが、それは違和感ではなくて、このたび往生を得たものと、すでに往生を得たものとは、同じ無上菩提の不朽の種をいだくものとしては共通しているということですね。この証巻の証はさとりという意味ですから、往生の結果を顕かにされているわけです。初めて往生するものであれ、すでに往生を得たものであれ、それぞれが彼の国土の清浄で安楽なことを聞くだけで、よく心にきざみ念じて、彼の国土に生れたいと願えば、無上菩提の不朽の種が芽を出し、たちまち正定聚に入ることができるのである、と、そういうような読みが出来るのではないでしょうか。

 ただ、しかしですね、この往生ということを思う時に、これから浄土を生きるとか、浄土に生きるといっても、今この自分の生活以外にはないのですから、今のこの自分において、さて浄土を生きるとはいったいどういう事かということになります。すると、もし仮にですよ、その往生を得たもとして意気込んで、浄土に勇ましく生きるのかどうかということですね。勇ましく生きられるのは大したことだと思います。しかし、そういう勇ましさをここで言われているのではなくて、たとえいかなる時であっても法王阿弥陀仏の功徳である、不朽の種が善く住持されているのだということですから、たとえそれが生きることに躓いても、何かに嘆いても、失敗しても、たまたま成功してもですね、正覚の阿弥陀法王の住持する種はいつも芽をだす因縁を待っているのだということです。その因縁が芽をだして、如来の名号と浄土の名字が善く私をまもるのだということではないでしょうか。

それでは観察門第13「荘厳眷属成就」です。

[(仏の)眷属(はらから)においてかざりあげられている功徳の成就とは、偈に「如来浄花の衆、正覚の花より化生す」といわれているからである。これはどのように不思議(な功徳)なのであろうか。おおよそこの雑生の世界には、胎生や卵生や化生などいろいろな生があって、それぞれ眷属の数もしれず、苦しみや楽しみにもいろいろな種類がある。これは、さまざまな業によっているからである。彼の安楽国土は、阿弥陀如来の開いた正覚の浄花に感化されて生れないものは一人としてない。すべて同じく念仏して、それよりほかの道(より生まれるもの)ははるか遠く世界のはての者にまで通じて、全世界のすべての人々を皆兄弟とするのである。このように眷属の数ははかりしれないのである。どうして(常なみの)思いのはからい及ぶことであろうか。]

 この「如来浄花の衆、正覚の花より化生す」ということで思うのは、先ほども言いましたが、「妙声功徳」の「もしひとあって、彼の国土に清浄で安楽なことを聞くだけで、よく心にきざみ念じて、彼の国土に生れたいと願うものと、またすでに往生をえたものとは、たちまち正定聚に入ることができる」の「もしひとあって」を「もし(往生の)ひとあって」と読むなら、次の文は「彼の国土に生れたいと願うものと、またすでに往生をえたものと(が)、たちまち正定聚に入ることができる」と読むのだろうと思うのですよ。単に「往生をえたものとは」を「往生をえたものとが」と読み変えただけですが、ニュアンスが変わります。

 これね、ずいぶん前でいつ頃か忘れましたけど、あるテレビ放送で、仏師つまり仏像を彫ることを専門にされる方がインタビュウーで、「昔の仏像を眺めていると、ああここを苦労して彫られているなと感じる、と、そのとき時空を超えて、その彫り師と逢えるのが嬉しい」と言われたのを思い出します。同じ道を歩く人には見える世界があるのだなあと思って忘れずにずっと覚えているのですが、念仏の道も同じで、往生浄土への道はその眷属にかざりあげられているということは、このたび往生するものと、すでに往生をえたものとが出逢っていく世界観ではないか。そしてその世界観とは、浄土の清浄と安楽をもって往生浄土を願う時、その往生のひとは、すでに往生を得たものと共にたちまち正定聚に入ることができる、と、このような往生するものと往生を得たものとが共感し共鳴しあう、そういう心象的な世界観を言われているのではないかと思うのですね。

 ただし、この国土荘厳の三種を全体的に捉えた場合、そこに往生を得たものは、それぞれが阿弥陀仏に善く住持されたもの同士なのでしょう。それぞれが阿弥陀仏に住持されて、それぞれが往生の光を頂いているところの世界観ではないかということですね。

 論註上巻の讃嘆門の最後のところにあります、「もし一仏が主となって三千大千世界をすべてつつんでいるというならば、これは声聞が論ずる中の説である。もし諸仏があまねく十方無量のほとりなき世界をつつんでいるというなら、これは大乗の論の中の説である。天親菩薩がいま尽十方無碍光如来といわれるのは、とりもなおさず彼の如来の名によって、彼の如来の光明のはたらきたる智慧の相のごとくに讃嘆するのである」と言われております(諸仏)のところを、(往生を得た者)とするならば、「もし諸仏(往生を得た者)があまねく十方無量のほとりなき世界をつつんでいるというなら、これは大乗の論の中の説である」と同じ意味になるのではないかとも思えるのです。

 論註はもともと観経との関わりがつよいと言われます。この心象的世界観を今後どう見て行くかは自分としても大きな課題でありますが、とにかく論註を観点にしながら観経疏ともあわせて見ていくことができればいいのですが。

 「荘厳眷属功徳成就」をこのように頂いております。そしてこの「眷属功徳」までをもって「正定聚に入る」ということを顕されるのかなとも思います。しかしながら、この三つの功徳成就文の後に「また言わく」と付け加えられた文があります。それが国土荘厳第16の「荘厳大義門功徳成就」です。この「大義文功徳」を入れると引用文がひとつ増えることになりますが。終わりの部分だけを引用されているので、数には入れませんでした。

 で、その抜粋されている文ですが、何が書いてあるのかといいますと「また言わく、往生を願う者、本はすなわち三三の品(ぼん)なれども、今は一二の殊なし。また淄澠の一味なるがごとし。いずくんぞ思議すべきや」淄澠は(しじょう)と読みます。そしてまた、親鸞聖人はこの淄澠と一味の間に「食陵の反」という文言を付けくわえられています。つまり「淄澠(食陵の反し)の一味なるがごとし」と、このような文になっています。「食陵の反」を(じきりょうのかえし)と読みますが、それをわざわざ聖人ご自身が付け加えられていることになります。

 まず、三三の品とは、これは観経の上品上生から下品下生までの九品ですから、阿弥陀仏の浄土往生を願う者のレベルを九つに分けて、そしてそれぞれの機に応じて、阿弥陀如来が救いとるという三三の品でしょう。それが往生のひとにとっては、この三三の品はすでにないということですね。たとえ煩悩の中に生きようとも、浄土に生れたいと願えば、すでに往生をえたものととともに、本願海でたちまち正定聚に入ることができるから、三三の品はもうないのであるということでしょう。

 で、次のところですが、「淄澠の一味なるがごとし」この淄澠とは、淄川と澠川という全く違う川が合流することだそうです。本願海に入ればこの全く違った川も一味であるといわれます。つまり、本願海には三三の品などはすでになく一味の世界であるという意味と、淄澠の一味なるがごとしの意味を重複されているともいえますが、しかしここに「食陵の反」とわざわざ付け加えられていますね。これがいったいどういう意味なのかということであります。それで、とにかく現在の了解をここで話そうかと思っています。真偽は後にまかせて、この問題に自問自答することをもって今回の話を終了させていただこうかと思っておりますので、そういうつもりで聞いていただければ幸いです。

 この淄とはどす黒いとか、泥の色をしたというような意味だそうです。澠はサンズイに亀とも読むそうですね。解説では亀の住むような川や池とありました。そして陵は「みささぎ」と読みまして、王の墓などを言うそうです。だから、食陵「じきりょう」とは王の墓を食うということになります。そしてその反(かえし)ですから、どんなもんでしょうか。聖人がこの「食陵の反」をわざわざ淄澠に付け加えられる意味は何かということなんですが、まず宇宙をイメージしてみると、するとまあ、この宇宙の壮大さというのは輝ける星の共演をいうのだと思うのですね、しかし、その無量無数の輝く星も、宇宙という漆黒に輝く星です。皆さんは息をのむくらい降り注ぐ星に圧倒されたことはありませんか、ぼくはありますよ。とにかく北斗七星がどこにあるのかすら分かりませんでした。天の川が手に届くくらいすぐそこに思えました。それほどの満天の星空でした。今思えばそれほどでもなかったのかもしれませんが、その時は圧倒されました。たまたまそういう光景を目にした訳ですが、ある所に行くともっとすごい満天の星を観ることができるでしょう。しかし、そのような満天の星もまた、漆黒という宇宙での共演です。この漆黒と輝ける星群とのコントラストが壮大な満天の星を表現するのでしょう。

 淄川を漆黒の川だとすると、澠は亀が住むような川です。亀がまた出て来ましたが、この亀のイメージには何の意味があるのでしょうか。とにかく亀に何かいろんな生きものの匂いがしますね。当然私たちのようなものも含まれるのではないでしょうか。で、この淄川と澠川とがまじわり一味になるとすると、だいたい淄川の漆黒に混ざりこむでしょう。すると、その漆黒にはさまざまな生きものが混ざりこむという意味になります。この漆黒を無明といえば何やらすとんと収まるような気がしますが、もう少し違う見方をすれば、この漆黒とは私たちのもっとも深くそしてもっとも暗い場所であり、そこにはさまざまな生きものや、それこそ年取った亀の甲に生えた錯覚という名の毛もまざりあっている、と、そういうものではないか。ぼくはそれを業の深さだと思っているのですが。

 阿弥陀仏の本願海をもしこの宇宙に例えるなら、本願海とはさまざまに輝ける星の世界観だと思うのですよ。しかし、この淄澠が混ざり合う漆黒もまた本願海の輝きの一部であり、本願が本願海として輝く場所である。そして、この本願海に往生の光を得て輝く自らもまた、この漆黒に浮かぶ星の一つである、と、そのように表現されたのではないかと思います。このように本願海と漆黒と往生との関係を「食陵の反し」と言われたのではないでしょうか。で、この「また淄澠(食陵の反)の一味なるがごとし」は当然前後の関係で言われているわけですから、ここだけをもって説明しようとしても無理がありますので、今後の宿題にさせていただくつもりです。ひとまず自分の考えを話してみました。