「浄土論註」上巻 礼拝門・讃嘆門

令和4年3月 春彼岸会より

「浄土論註」上巻 礼拝門・讃嘆門

「帰命尽十方無碍光如来というのは、帰命は礼拝門、尽十方無碍光如来は即ち讃嘆門である。                    

 なぜ帰命が礼拝であると知れるかといえば、龍樹菩薩が阿弥陀如来を讃嘆する文をお造りになった中で、あるいは「稽首礼」といい、あるいは「我帰命」といい、あるいは「帰命礼」といわれている。この論の長行の中にもまた五念門を修するといわれているが、五念門の中で礼拝が一ばんにある。天親菩薩はすでに往生を願われている。どうして礼拝せずにいられようか。だから帰命は即ち礼拝であると知れるのである。しかし礼拝はただうやうやしく拝したてまつることであって、必ずしも帰命を意味しない。しかし帰命は必ず礼拝のすがたをとる。もしこれによって帰命をおもえば、礼拝より意味は重い。偈は自らの心を表白するのだからよろしく帰命というべきである。論は偈の意味を解釈するのだから、ひろく礼拝について語っている。偈と論とが互いに呼応して、意義をいよいよ顕かにしているのである。                              

 なぜ尽十方無碍光如来が讃嘆門であるかといえば、あとの長行にいわれている。どのようにするのが讃嘆門か。それは彼の阿弥陀如来の名をとなえ、彼の光明の智慧の相のごとくに、彼の如来の名の意義のごとくに、真実のごとくに道をおさめ、如来の心にかないたいと思わしめられるからである、と。

 釈尊が舍衛国でお説きになられた『無量寿経』(阿弥陀経)によれば、仏自ら阿弥陀如来の名号の心をあきらかにしておられる。即ち,なぜ阿弥陀と名づけたてまつるのか、それは彼の仏の光明が無量であって、十方の国々を照らすに少しもさわりもない。だから阿弥陀と名づけたてまつるのである。また彼の仏をはじめ、そのみもとにある人々の壽命は無量であり永遠である。だから阿弥陀と名づけたてまつるのである、と。

 問う。無碍光如来の光明が無量であって、十方の国土を照らしたもうに少しもさわりがないというのなら、この国の衆生はどうしてその光をこうむらないのか。光が照らさないところがあるのなら、どうしてさまたげがないといえようか。                                  答う。さまたげは衆生の側にあるのである。光にさまたげがあるのではない。譬えば日の光が四天下にあまねくふりそそぐが、盲目の人には見えないようなものである。これは太陽の光がゆきわたらないのではない。またふかくたれこめた雲が大雨をふらせても、かたい石にはしみこまないようなものである。これは雨がうるおさないのではない。

 もし一仏が主となって三千大千世界をすべてつつんでいるというならば、これは声聞が論ずる中の説である。もし諸仏があまねく十方無量のほとりなき世界をつつんでいるというなら、これは大乗の中の説である。

 天親菩薩がいま尽十方無碍光如来といわれるのは、とりもなおさず彼の如来の名によって、彼も如来の光明のはたらきたる智慧の相のごとくに讃嘆するのである。だから、この句は讃嘆門であると知れるのである。」  

 前回は「我一心」について話しましたので、今回は「帰命尽十方無碍光如来」をテーマにした話ということになります。礼拝門・讃嘆門・作願門・観察門・回向門を五念門と言いますが、この五念門は天親菩薩が『浄土論』に顕されました。その中から、今回は礼拝門と讃嘆門を話すことになります。

 前回の我一心から今回の帰命までが礼拝門になるかと思います。そして尽十方無碍光如来が讃嘆門になりますから、ここでは「帰命尽十方無碍光如来の帰命はすなはち礼拝門、尽十方無碍光如来は即ち讃嘆門である。」と書かれてあります。

 この上巻の初めのところに「天親菩薩はすでに往生を願われている。どうして礼拝せずにいられようか。だから帰命は即ち礼拝であると知れるのである。」とありますが、これは「我一心」をうけて言われているわけですから、前回も「我一心」の観点から考えなければなりませんので、それをふまえて聞いていただければいいかなと思います。

 で、前回の「我一心」には「我一心とは、天親菩薩が自らをすすめ、ひきい、正されたことばである。これは、無碍光如来を念じて、安楽国土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないことをいう。」と書かれていまますが、この「無碍光如来を念じて、安楽国土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらない」というヵ所が、この礼拝門の「天親菩薩はすでに往生を願われている。」と同じ意味になりますので、「我一心」からの帰命が礼拝門となるのではないでしょうか。そして、「我一心」は「無我」のことだろうというのが前回までの内容でした。

 そして「なぜ尽十方無碍光如来が讃嘆門であると知れるかといえば、」から讃嘆門になります。礼拝讃嘆をとおした帰命尽十方無碍光如来と南無阿弥陀仏とは同じ意味になりますから、帰命は南無のことであり、尽十方無碍光如来は阿弥陀仏ということになります。私たちが普段に称える南無阿弥陀仏は、この論註においては南無が礼拝で、阿弥陀仏が讃嘆であるということになります。

 しかし、私たちは普通こういうふうに分けて念仏を称えることはないと思いますが、ここでははっきり分けておられるようです。そしてこの帰命を礼拝門とするのは何らかの意味があるのでしょうね。通常は合掌礼拝ですから、私たちは手を合わせ礼拝します。別に言われなくても誰でもがする仕草でしょう。

 ところが「世尊我一心」の「我一心」を受けて礼拝するのですから、私たちの普段の合掌礼拝とは次元が違うのでしょうね。で、この礼拝門の初めにあります「なぜ帰命が礼拝であると知れるかといえば、龍樹菩薩が阿弥陀如来を讃嘆する文をお造りになった中で、あるいは「稽首礼」といいあるいは「我帰命」といい、あるいは「帰命礼」といわれている。」と、こういう文で礼拝を説明されています。この「稽首礼」ですが、おそらく礼拝作法を言われているのではないでしょうか。例えば膝をつき手のひらを上にして深く額づきながら礼拝する五体投地のような作法だと思うのですね。つまり身業としての礼拝ですね。

 それが讃嘆門の方では「どのようにするのが讃嘆門か。それは彼の阿弥陀如来の名をとなえ、彼の如来の光明の智慧の相のごとくに、彼の如来の名のごとくに、真実のごとくに道をおさめ、如来の心にかないたいと思わしめるからである、と。」というような、不思議な文章になっています。この讃嘆門における礼拝は、身業の作法というよりも「彼の阿弥陀如来の名をとなえ」といわれるように、口業としての念仏になっています。

 「我一心」を背景にした礼拝は、讃嘆門において身業の礼拝から口業になり、その口業の念仏において「彼の如来の光明の智慧の相のごとくに、彼の如来の名のごとくに、真実のごとくに道をおさめ、」られている、と、いうような意味になっています。

 啐硺同時という言葉がありまして、ヒナが自らの殻を破って孵っていくときに親鳥が同じ処をつついてやる。そういう意味で使われていますが、「我一心」の「無碍光如来を念じて、安楽国土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらない」このヒナの願いである「我一心」に応ずるがごとくに、親鳥の阿弥陀如来が光明の智慧の相として顕れている姿。その啐硺同時を口業の念仏に収められているというのがこの讃嘆門の内容ではないでしょうか。

 その阿弥陀仏の智慧の相が、次の「なぜ阿弥陀如来と名づけたてまつるのか、それは彼の仏の光明が無量であって、十方の国々を照らすに少しもさわりもない。だから阿弥陀と名づけたてまつるのである。また彼の仏をはじめ、そのみもとにある人々の壽命は無量であり永遠である。だから阿弥陀と名づけたてまつるのである、と。」ありますね。これは、まずは稽修礼としての儀礼的な礼拝が、讃嘆門では口業の念仏にすっと代えられていることになる。この礼拝門と讃嘆門の解釈は下巻に書かれていまして、上巻にはほとんど書いてありません。

 しかし、上巻のこの阿弥陀如来と我一心の関係が口業に収まることを、今度は下巻で詳しく展開されるのではないと思うわけです。で、この上巻で私たちがとにもかくにも関われるのは、この口業の念仏だけなんですが、なぜなら阿弥陀如来も我一心もこの私の心を超えたものでしょう。私は私の心から出ることは出来ないのですから、もしも無我を私の心に留めたとしたらその時はすでに無我ではないのですね。そして、無我である「我一心」に応じて阿弥陀如来が真実の相を顕すとするならば、私が具体的に関われるのはこの口業の念仏だけなんでしょう。

 そして、曇鸞大師がなぜ上巻において、礼拝についてわざわざ礼拝作法から述べられているのか。それは具体的な身業ということではないかと思うのですね。たとえ礼拝と讃嘆が阿弥陀如来の光明の智慧の相であっても、そこに具体的な「身業」がなければ観念の域から出ることはない。この具体的な身の事実に立つということをまず礼拝門で顕されようとされたのではないかと思います。そしてこの礼拝が讃嘆において口業の念仏になる、つまり称名念仏であるときに、今度はその称名念仏する私たちの問題にまで広がるのですね。この念仏によって私たちそれぞれが十方の国土を照らす阿弥陀如来の光明に入っていくのです。そんな実感はないと思いますが、それは私たちの衆生としての方に問題があるからなんでしょう。

 この文の最後にあります「もし諸仏があまねく十方無量のほとりなき世界をつつんでいるというなら、これは大乗の論の中の説である。」という言葉が、無我である「我一心」のときに、その「無碍光如来を念じて、安楽国土に生れたいと願われ、その願いう心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらない」願心は、今、この私たちの最も深い場所における「我一心」と呼応しているのでしょう。ただ、それが私たちには見えないし分からないのであります。しかし、天親菩薩はそれを「我一心」として顕し、自らをすすめ、ひきい、正されて「帰命尽十方無碍光如来」と礼拝・讃嘆されているというのが今回お読みしました処だと思います。

 今回の『論註』上巻の礼拝門・讃嘆門について話をさせていただきまして、自分なりに思う処は、曇鸞大師の身業の捉え方でありました。親鸞聖人の身業の見方とは少し違っているのかなというのが正直な感想ですが、それでは親鸞聖人の身業とは何かと言われましても返答は出来ないわけですが、共々に今後の課題にさせていただこうと思っております。