行巻その⑧『浄土論』から『論註』への続きとして

令和8年6月7日 永代経法要より   行巻の『論註』として

行巻の『論註』のところを読んでいます。七高僧の五人を挙げられて、「しかれば、南無の言は帰命なり」(親鸞聖人御自釈)にいたるまでをここに説かれていますが、その三人目の曇鸞大師です。

聖教読みというのは、何と書いてあるか現代的に言い直す作業でもありますが、そのためにはその文脈に入って行かなければなりません。つまりそこに目線を合わせるということで、そこから何が見えるか、そしてはたしてそれが合っているのか、間違いなら何処を間違えたのかを繰り返して全体の形を見ていく作業だと思っています。

偉そうなことを言っておりますが、とにかく志は大きく、間違えたら訂正し、そして先を尋ねる。こういうことかなと思います。で、今回は『論註』でも前後に挟まれているところですので、読んで行くのにも前後関係があり、そこだけではもうひとつ掴み処がない部分でもあります。しかしながら、ここを通らなければその先へとはいけません。

そういう意味では大事なジョイント部分ではありますが、難しく考えないで、文脈の流れに沿って一緒に探求し、そしてこの文に秘められた謎を解きかすという、まぁハリソン・フォードの「インディージョーンズ/クリスタルスカルの王国」を観るような気持ちで、気軽に聞いていただければいいかなとも考えております。

で、教行信証には特徴がありまして、その一つに中抜きがあります。今回の『論註』などがその典型ですね。文を省略しながらつなぎ合わせ、またそこからひとつの内容を顕されています。今回は『論註』の初めの部分ですが、そのままを載せてはおられません。幾つも省略され、そしてつなぎ合わせ一つの文脈にしてあります。だから『論註』本来の意味も変わっていることになります。

それでは、いったいそれは何故なのか、そして何を表現されようとしたのか。当然このことがテーマになります。しかしながら、今日のテキストは行巻に引用された『論註』のその途中であり、前後関係があるわけですね。今回は二つの引用文を読むことにしておりますが、前後のつながりがあることになります。

引用文を読んで行くにあたり、聖典と合わせて大谷派から出ています「解読浄土論註」を参考にしながら読んで行きますのでよろしくお願いいたします。それでは一つ目の引用文です。

(聖典の行巻から)「また所願軽からず、もし如来、威神を加せずは、まさに何をもってか達せん。神力を乞加す。このゆえに仰いで告げたまえり。「我一心」は、天親菩薩の自督の詞(ことば)なり。言うこころは、無碍光如来を念じて安楽に生れんと願ず。心心相続して他想間雑なし。乃至」

(「解読浄土論註」」から)「また天親菩薩の願われるところは深く重い。もし如来が不可思議な威力をお加えにならなかったら、どうしてその願いを達成することができようか。だから今、如来の不可思議の力を加えられんことを願って、世尊と呼びかけたてまつったのである。我一心とは、天親菩薩が自らをすすめ、ひきい、正されたことばである。これは、無碍光如来を念じて、安楽浄土に生れたいと願われ、その心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないことをいう。乃至」

まず、ここのところは、『論註』の最初のところで、「五念門」とは何かを説明されているところです。で、この辺りは以前にも読んだことがありまして、『論註』「礼拝門と讃嘆門(上巻)」と題して話しております。ブログではアーカイブ2021年12月に記録されています。改めて読み返すともう少し何とかならなかったかなと、そんな事ばかりが気になりますが、とにかくブログのこの「礼拝門と讃嘆門」なども対比しながら見ていこうと思っています。

そこで、興味深いのは『論註』の略し方です。この引用の前後に何が省略されているか。まず、前に省略されているのは、天親菩薩の『浄土論」とは何かを説明されているところで、そこのところが抜けています。天親菩薩その人の説明もありません。

そこで、この引用の始めに「また所願軽からず」とありますね。「解読」では「また天親菩薩の願われるところは深く重い」となっています。しかし天親菩薩がこの文脈から外されているので、「天親菩薩」という主語が抜けている状態です。そこに続いて「もし如来が不可思議な威力をお加えにならなかったら、どうしてその願いを達成することができようか、」と、なっています。

そうすると、この文体の主語がいったい何処にあるのかということになるわけですね。そこでまず考えられるのは、これは『論註』ではなくて行巻の文脈です。そこに『論註』のある部分が用いておられるわけですから、行巻からこの文脈の主語を探さなければなりません。

そうすると、この引用文の前には「無量寿というのは、安楽浄土にまします如来にかぎっての名である。釈迦牟尼仏は王舎城及び舎英国にましまして、大衆の中でこの無量寿仏の名号をもって経の躰(たい)とあきらかにされたのである。後のバソバンズ菩薩は、如来の大悲の教えを身にいただいて『無量壽経』 にもとづいて願生の偈をつくられた」と、このように終わっているので、「後の聖者・バソバンズ菩薩」が、この文脈の主語になるのではないかと考えることが出来きます。

天親菩薩が主語じゃないといいながら、その代わりにバソバンズ菩薩が主語だというなら、結局同じじゃないか。そういわれそうですが、その続きが「もし如来が不思議な威力をお加えにならなかったら、どうしてその願いを達成することができようか。」となっていて、そしてここは「一心」を顕そうとされているところですね。そこで、これに合わせて「解読」の方を言い換えてみると「また(バソバンズ菩薩において、この「一心」の)願われるところは深く重い」と、このようになるでしょうか。これを簡単にしてしまうと「また「一心」の願われるところは深く重い」となって、「一心」が主語になります。

そこで、今度は「バソバンズ菩薩」をこの文脈に入れるとどうなるでしょうか。「また「一心」の願われるところは深く重い。もし(バソバンズ菩薩に)如来が(一心の)不可思議な威力をお加えにならなかったら、どうしてその願いを達成することができようか。だから今、如来の不可思議な力を加えられんことを願って、世尊と呼びかけたてまつったのである。」と、このような読み方になると思うわけです。そこで、そのときの「世尊と呼びかけたてまつった」のは誰でしょうか。バソバンズ菩薩ですか、それとも天親菩薩でしょうか。

そして「我一心とは、天親菩薩が自らをすすめ、ひきい、正された言葉である。これは、無碍光如来を念じて、安楽浄土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないことをいう。」と、続いています。この時点ではバソバンズ菩薩ではなくて天親菩薩になっています。

そこで、ここまでを引用文に戻すとどうなるでしょうか。「また一心の願われるところは深く重い。もしバソバンズ菩薩に如来がこの一心の不可思議な威力をお加えにならなかったら、どうしてその願いが達成することができようか。だから今、バソバンズ菩薩は如来の不可思議の力を加えられんことを願って、天親菩薩となり世尊と呼びかけまつったのである。我一心とは、天親菩薩が自らをすすめ、ひきい、正された言葉である。これは、無碍光如来を念じて、安楽浄土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないことをいう。」と、このようになるのではないかと思うわけですね。

そこで、では、ここのところを『論註』には何と書いてあるかと言いますと、「我一心とは天親菩薩の自督(督の字、勤なり、率なり、正なり)の詞なり」と、「自督」に(督の字、勤なり、率なり、正なり)と加筆をされている。だから「解読」も「我一心とは、天親菩薩が自らをすすめ、ひきい、正された言葉である。」と、こうなっているわけですね。しかし、行巻ではこの「自督」には加筆はなくて、そのまま「天親菩薩の自督の詞なり」とだけになっています。

そこでまず、この『論註』の加筆部分を「解読」では、「勤」はすすめる、「率」はひきい、「正」は正すとされていますね。その中の「率」の字ですが、これには引きこもるという意味があります。そうするとこの「天親菩薩の自督」の意味は、天親菩薩が何かをすすめ、自らは引きこもり、何かを正された言葉だということになるでしょう。

行巻では、その「自督」には加筆はなくて、その代わりといっては何ですが、バスバンズ菩薩の方に、「後の聖者・バソバンズ菩薩、如来大悲の教えを服膺(一升の反)して、経に傍えて願生の偈を作れり」と服膺に「一升の反(かえし)」と加筆されています。『論註』にはこの加筆がないので、「解読」も「後の聖者。バソバンズ菩薩は、如来の教えをこの身にいただいて」と、「服膺して」をそのまま読まれています。

そこでまず、この「一升の反(かえし)」ということですが、調べてもよく分かりませんでした。ただ「一升」とはある一つの器をいうのではないかということですね。そして「反」はそれを超えたもの。そういう気がするのですが、とにかくこの一連の事と何か関連したものではないでしょうか。

それでは天親菩薩がいったい何をすすめ、何をひきい、何を正されたのか。この意味を探ると、その次のところに答えがあると思うので読んでみましょう。「解読」では「これは、無碍光如来を念じて、安楽浄土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないとこをいう。」となっていますが、これは行巻の「言うこころは、無碍光如来を念じて安楽に生れんと願ず。心心相続して他想間雑なし」を、このように「解読」されているわけです。

で、いろいろと言っていますが、つまりは行巻では、主語の「一心」を天親菩薩はすすめ、自らはひきい、そして正されたのですから、その「一心」が無碍光如来を念じて安楽浄土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないことをいう、と、このようになるわけですね。

そこで、この「一心」にまつわるものがこの文のどこかにあるだろうか、と、そのように考えたとき、この文の最後にそれがあります。「心心相続して他想間雑なし」です。『論註』では、天親菩薩は、この「一心」をすすめ、自らはひきい、正されて、「無碍光如来を念じて、安楽浄土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き(心心相続して)雑念が少しもまざらない(他想間雑なし)ことをいう」と、「解読」でもおなじ意味になっています。

ところが、行巻では「一心」が主語であって、天親菩薩という主語がない状態なので、この「心心相続して」を「解読」のように「その願う心がかぎりなく続き」とは読めない。こういう問題が出てくるわけです。それではこの心が心へ相続するとはいったい何か。それは主語である「一心」が天親菩薩の「我一心」へ相続することだということになります。

バソバンズ菩薩の我が身において「一心」は「我一心」へ相続し、そこにはじめて「一心」の具体性がはじまる。その時の名を天親菩薩と言う、と、こういうことになるでしょうか。つまり『十住毘婆沙論』の初歓喜地の菩薩のときの名を天親菩薩と顕されたことになります。

ここまでが初めの引用文についての話になりますが、次の引用文の間にも省略されたところがありますので、そこも見ていきましょう。

で、この引用文の後に抜けているのは何かというと、「我一心」の「我」についての説明です。「我ということばには三つの根本的な用例がある。一つには邪見によっていう我。二つには自分を他よりすぐれたものと主張する我である。いまここで我といわれたのは、天親菩薩が自分を指していわれたことばであって、普通一般の用例で我といわれたので、邪見や自分を主張して我といわれたのではない。」ここの部分が抜けています。おそらく行巻では「一心」が「我一心」へ相続することが主眼になるので、『論註』のこの「我」の説明を省いておられるのではないでしょうか。それでは今度は次の引用文に入ります。

(聖典の行巻から)「「帰命尽十方無碍光如来」は、「帰命」はすなわちこれ礼拝門なり、「尽十方無碍光如来」はすなわちこれ讃嘆門なり。何をもってか知らん、帰命はこれ礼拝門なりとは。龍樹菩薩、阿弥陀如来の讃を造れる中に、あるいは「稽首礼」と言い、あるいは「我帰命」と言い、あるいは「帰命礼」と言えり。この『論』の長行の中に、また「五念門を修す」と言えり。五念門の中に、礼拝はこれ一なり。天親菩薩すでに往生を願ず、あに礼せざるべけんや。かるがゆえに知りぬ、帰命すなわちこれ礼拝なりと。しかるに礼拝はただこれ恭敬にして、必ずしも帰命ならず。帰命は(必ず)これ礼拝なり。もしこれをもって推するに、帰命は重とす。偈は己心を申ぶ、宜しく帰命と言うべし。『論』に偈義を解するに、ひろく礼拝を談ず。彼・此あい成ず、義においていよいよ顕れたり。何をもってか知らん、「尽十方無碍光如来はこれ讃嘆門なり」とは。下の長行の中に言わく、「いかんが讃嘆する。いわく、かの如来の名(みな)を称す。かの如来の光明智相のごとく、かの名義のごとく、実のごとく修行し相応せんと欲うがゆえに」と。乃至」

(「解読浄土論註」から)「帰命尽十方無碍光如来というのは、帰命は即ち礼拝門、尽十方無碍光如来は即ち讃嘆門である。なぜ帰命が礼拝であると知れるかといえば、龍樹菩薩が阿弥陀如来を讃嘆する文をお造りになった中で、あるいは「稽首礼」といい、あるいは「我帰命」といい、あるいは「帰命礼」と言われている。この論の長行の中にもまた五念門を修すといわれているが、五念門の中で礼拝が一ばんにある。天親菩薩はすでに往生を願われている。どうして礼拝せずにいられようか。だから帰命は即ち礼拝であると知れるのである。しかし礼拝はただうやうやしく拝したてまつることであって、必ずしも帰命を意味しない。しかし帰命は必ず礼拝のすがたをとる。もしこれによって帰命をおもえば、礼拝より意味は重い。偈は意味を解釈するのだから、ひろく礼拝について語っている。偈と論とが互いに呼応して、意義をいよいよ顕しているのである。なぜ尽十方無碍光如来が讃嘆門であると知れるかといえば、あとの長行にいわれている。どのようにするのが讃嘆門か。それは彼の阿弥陀如来の名をとなえ、彼の如来の光明の智慧の相のごとくに、彼の如来の名の意義のごとくに、真実のごとくに道をおさめ、如来の心ににかないたいと思わしめられるからである。乃至」

まず、この「解読」のほうですが「龍樹菩薩が阿弥陀如来を讃嘆する文をお造りになった中で」とありますね。ここにある「讃嘆する文」とは何かということですが、行巻に沿って読むならば、この「讃嘆する文」とは、前回の「易行品」の最後に述べられた「偈をもって称讃せん」の「偈文」のことになるでしょうか。

その「偈文」に「このゆえに我稽首したてまつる」と、こういう言葉がでてきます。これを「稽首礼」と読むことができるなら、次のところにある「我いま帰命し礼したてまつる」は、「我帰命」とも「帰命礼」とも読めるのではないでしょうか。

『論註』がそもそも「謹んで龍樹菩薩の十住毘婆沙を案ずるに云うわく」と始まるので、『十住毘婆沙論』が基になっているわけですね。だから曇鸞大師が『論註』を顕すのに『十住毘婆沙論』のこの「偈文」を視野に入れておられたことは十分考えられることです。

で、とにかくこの行巻の「易行品」のあとにある「偈文」には、「このゆえに我稽首したてまつる」という文言があるということ、それを「稽首礼」と読めば、「我いま帰命し礼したてまつると」もまた「我帰命」「帰命礼」と読むことになるのだと思います。

そしてその次です。「解読」では、「この論の長行の中にも五念門を修すといわれているが、五念門の中で礼拝が一ばんにある」とされていますね。そこでこの「論の長行」とは何かというならば、本来なら『浄土論』では「解義分」のことになりますから、『論註』では「下巻」のことになります。

しかしこの文脈からすれと、「讃嘆する文」とは龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』の「偈文」のことになるので、この「論の長行」もまた『十住毘婆沙論』の中の長行だということになるでしょう。つまりは「入初地品」「地相品」「浄地品」「易行品」の四品がその「長行」だということになるわけです。この辺りは『論註』と『十住毘婆沙論』がすごく交差するわけです。

そして、もしそういうことなら、この『十住毘婆沙論』の中にも五念門が説かれていることになりますね。そこで「五念門の中で礼拝が一ばんにある」のはいったい何処なのか。『十住毘婆沙論』の一ばんは「入初地品」です。その「入初地品」にこの五念門の礼拝が述べられているこになります。そこで再び『十住毘婆沙論』の「入初地品」に戻ることになります。

『十住毘婆沙論』「入初地品」より

➀「ある人の言わく、「般舟三昧および大悲を諸仏の家と名づく、この二法よりもろもろの如来を生ず。」この中に般舟三昧を父とす、また大悲を母とす。また次に、般舟三昧はこれ父なり、無生法忍はこれ母なり。『助菩提』(菩提資糧品)の中に説くがごとし。「般舟三昧の父、大悲の母、一切のもろもろの如来、この二法より生ず」と。家に過咎なければ家清浄なり。かるがゆえに「清浄」は六波羅蜜・四功徳処なり。方便般若波羅蜜は智慧なり。般舟三昧・大悲・諸忍、この諸法清浄にして過(とが)あることなし。かるがゆえに「家清浄」と名づく。この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに、過咎あることなけん。」

②「世間道を転じて出世上道に入るものなり。「世間道」をすなわちこれ「凡夫所行の道」と名づく。転じて「休息」と名づく。凡夫道は究竟して涅槃に至ることあたわず、常に生死に往来す。これを「凡夫道」と名づく。「出世間」は、この道に因って三界を出ずることを得るがゆえに、「出世間道」と名づく。「上」は妙なるがゆえに、名づけて「上」とす。「入」は、正しく道を行ずるがゆえに、名づけて「入」とす。この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づく、と。」

「入初地品」の初めのところですが、かなり難しい表現をされています。で、まず➀は前回「家清浄」として話しておきました。ご覧の通りにとても難解なので、理解できないところも多くありましたが、それなりに話したつもりです。で、今日は②の方ですね。実はここもお手上げ状態でした。しかし読んで行かなければならない処なのだなとそう感じております。

それでは、ここに何が言われているのか。おそらく「歓喜地」とは何かではないでしょうか。まず「「世間道」をすなわちこれ「凡夫所行に道」と名づく。」と、こう言われていますので、ここから見ていこうと思います。「「凡夫所行の道」が「転じて「休息」と名づく」ですから、言い換えれば「凡夫所行の道」は転じても「休息(くそく)」であるとする、と、こういう言い方もできるのではないでしょうか。

つまり「休息」は仏の境地ではありません。それではこの「休息」とは何かということになるわけですね。そこでまずこの「休息」の理由が、凡夫道は涅槃に至ることがなくて、常に生死を往来するからだと、このようになっています。そこでこの「休息」を「一休み」と読むなら、要は、そこは世間道という凡夫道ですから、地獄・餓鬼・畜生とさまざまなものがうごめいている世界のことですね。この凡夫の世界の激流においても「一休み」する場所をいただく。これだけでも今日のようなストレス時代には有難いし魅力的ですね。まぁ、いつの世も凡夫が生きている世界だというなら、その全てがストレス時代かもしれませんが、しかし単にそういうことだけなら、わざわざここに「休息」と示される必要はないと思うわけです。もっと違う意味が示されているのではないでしょうか。

そこで「凡夫所行の道」が「休息」と名づけられるときに、それは「歓喜地」であるということです。そしてこの「歓喜地」は「出世間道」であり、「出世間道」は、この道に因(よ)って三界を出ることを得るがゆえに、「出世間道」と名づく。「上」は妙なるがゆえに、名づけて「上」とす。と、こういうことになるのではないか。そして次に「「入」は、正しく道を行ずるがゆえに、名づけて「入」とす。」と、このようになっています。

ここをどういうふうに読めばいいのでしょうか。

そこでまず言えることは、ここは「家清浄」の続きだということですね。だから「無量寿の門」が深く関わっているので、ここにおいても、すでに「易行品」で顕された循環する、動的な無量寿の展開の相があることになります。そして「「上」は妙なるがゆえに、名づけて「上」とす。」です。この上下は当然私たちが考える上下のことではありませんね。そして「妙」です。ではこの「妙」とは何でしょうか。調べたら「字義」(こまかく巧みなこと。善美の極致。言い表せないこと。不思議。)と書いてあります。

「主世間道」は「上」は「妙」なるがゆえに、名づけて「上」とす、ということですから、まず「世間道」は「休息」である。そのとき「出世間道」は「妙」なるがゆえに「上」であり、そして「入」である。「この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づく。」と、このようになると思うので、ここに顕そうとされる「歓喜地」とは、「世間道」「出世間道」「無量寿の門」が正しく循環する動的な相を俯瞰されていて、そしてこの相をもって「歓喜地」となし、礼拝門とする。このように「入初地品」を読んで行くことになると思います。

そこでこの辺りをもう少し掘り下げてみますと、この「入初地品」において、その次には「菩薩この地を得れば、心常に歓喜多し。自然に諸仏如来の種を増長することを得。このゆえに、かくのごとき人を「賢善者」と名づくることを得」となっていますので、「入初地品」を前回の続きとして読んでみると「(家清浄のこの)菩薩、(その人の初果に)この地を得れば、心常に歓喜多し、自然に諸仏如来の種を増長することを得。このゆえに、かくのごとき人を「賢善者」と名づくることを得、」となるので、これを今日の時点でまた言い直すとどうなるでしょうか。

「(家清浄のこの)菩薩(である「一心」が、バソバンズ菩薩の初果に)この地を得れば、心常に歓喜多し、自然に諸仏如来の種を増長することを得。このゆえにかくのごとき人を「賢善者(天親菩薩)」と名づくることを得。」と、このような言い換えもできるでしょうか。そして、「一心」は「我一心」へ相続され「世間道」は「出世間道」となり「上」なる「無量寿門」へと「入」る。そしてこの相が「妙」なるがゆえに「上」とす、と、このようになりますが、天親菩薩におけるこの相とは、そのことが俯瞰さた相のことであり、その相(かたち)が「妙」なるがゆえに「上」とすとも読めるのですね。まだよく分からないところです。で、ここまでにして『論註』の話に戻すことにします。

「この論の長行の中にもまた「五念門を修す」といわれているが、五念門の中で礼拝が一ばんにある。天親菩薩はすでに往生を願われている。どうして礼拝せずにいられようか。だから帰命は即ち礼拝であると知れるのである。しかし礼拝はただうやうやしく拝したてまつるこことであって、必ずしも帰命を意味しない。しかし帰命は必ず礼拝のすがたをとる。もしこれによって帰命をおもえば、礼拝より意味は重い。偈は意味を解釈するのだから、ひろく礼拝について語っている。」

『論註』といいながらも龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』に依っていて、「一心」が「我一心」へ相続することがここでは主題になているということですね。当然、そこには天親菩薩の讃嘆門も含まれています。これで二つの引用文の話は終わりにさせていただきます。