行巻その⑧『浄土論』から『論註』への続きとして

令和8年6月7日 永代経法要より   行巻の『論註』として

行巻の『論註』のところを読んでいます。七高僧の五人を挙げられて、「しかれば、南無の言は帰命なり」(親鸞聖人御自釈)にいたるまでをここに説かれていますが、その三人目の曇鸞大師です。

聖教読みというのは、何と書いてあるか現代的に言い直す作業でもありますが、そのためにはその文脈に入って行かなければなりません。つまりそこに目線を合わせるということで、そこから何が見えるか、そしてはたしてそれが合っているのか、間違いなら何処を間違えたのかを繰り返して全体の形を見ていく作業だと思っています。

偉そうなことを言っておりますが、とにかく志は大きく、間違えたら訂正し、そして先を尋ねる。こういうことかなと思います。で、今回は『論註』でも前後に挟まれているところですので、読んで行くのにも前後関係があり、そこだけではもうひとつ掴み処がない部分でもあります。しかしながら、ここを通らなければその先へとはいけません。

そういう意味では大事なジョイント部分ではありますが、難しく考えないで、文脈の流れに沿って一緒に探求し、そしてこの文に秘められた謎を解きかすという、まぁハリソン・フォードの「インディージョーンズ/クリスタルスカルの王国」を観るような気持ちで、気軽に聞いていただければいいかなとも考えております。

で、教行信証には特徴がありまして、その一つに中抜きがあります。今回の『論註』などがその典型ですね。文を省略しながらつなぎ合わせ、またそこからひとつの内容を顕されています。今回は『論註』の初めの部分ですが、そのままを載せてはおられません。幾つも省略され、そしてつなぎ合わせ一つの文脈にしてあります。だから『論註』本来の意味も変わっていることになります。

それでは、いったいそれは何故なのか、そして何を表現されようとしたのか。当然このことがテーマになります。しかしながら、今日のテキストは行巻に引用された『論註』のその途中であり、前後関係があるわけですね。今回は二つの引用文を読むことにしておりますが、前後のつながりがあることになります。

引用文を読んで行くにあたり、聖典と合わせて大谷派から出ています「解読浄土論註」を参考にしながら読んで行きますのでよろしくお願いいたします。それでは一つ目の引用文です。

(聖典の行巻から)「また所願軽からず、もし如来、威神を加せずは、まさに何をもってか達せん。神力を乞加す。このゆえに仰いで告げたまえり。「我一心」は、天親菩薩の自督の詞(ことば)なり。言うこころは、無碍光如来を念じて安楽に生れんと願ず。心心相続して他想間雑なし。乃至」

(「解読浄土論註」」から)「また天親菩薩の願われるところは深く重い。もし如来が不可思議な威力をお加えにならなかったら、どうしてその願いを達成することができようか。だから今、如来の不可思議の力を加えられんことを願って、世尊と呼びかけたてまつったのである。我一心とは、天親菩薩が自らをすすめ、ひきい、正されたことばである。これは、無碍光如来を念じて、安楽浄土に生れたいと願われ、その心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないことをいう。乃至」

まず、ここのところは、『論註』の最初のところで、「五念門」とは何かを説明されているところです。で、この辺りは以前にも読んだことがありまして、『論註』「礼拝門と讃嘆門(上巻)」と題して話しております。ブログではアーカイブ2021年12月に記録されています。改めて読み返すともう少し何とかならなかったかなと、そんな事ばかりが気になりますが、とにかくブログのこの「礼拝門と讃嘆門」なども対比しながら見ていこうと思っています。

そこで、興味深いのは『論註』の略し方です。この引用の前後に何が省略されているか。まず、前に省略されているのは、天親菩薩の『浄土論」とは何かを説明されているところで、そこのところが抜けています。天親菩薩その人の説明もありません。

そこで、この引用の始めに「また所願軽からず」とありますね。「解読」では「また天親菩薩の願われるところは深く重い」となっています。しかし天親菩薩がこの文脈から外されているので、「天親菩薩」という主語が抜けている状態です。そこに続いて「もし如来が不可思議な威力をお加えにならなかったら、どうしてその願いを達成することができようか、」と、なっています。

そうすると、この文体の主語がいったい何処にあるのかということになるわけですね。そこでまず考えられるのは、これは『論註』ではなくて行巻の文脈です。そこに『論註』のある部分が用いておられるわけですから、行巻からこの文脈の主語を探さなければなりません。

そうすると、この引用文の前には「無量寿というのは、安楽浄土にまします如来にかぎっての名である。釈迦牟尼仏は王舎城及び舎英国にましまして、大衆の中でこの無量寿仏の名号をもって経の躰(たい)とあきらかにされたのである。後のバソバンズ菩薩は、如来の大悲の教えを身にいただいて『無量壽経』 にもとづいて願生の偈をつくられた」と、このように終わっているので、「後の聖者・バソバンズ菩薩」が、この文脈の主語になるのではないかと考えることが出来きます。

天親菩薩が主語じゃないといいながら、その代わりにバソバンズ菩薩が主語だというなら、結局同じじゃないか。そういわれそうですが、その続きが「もし如来が不思議な威力をお加えにならなかったら、どうしてその願いを達成することができようか。」となっていて、そしてここは「一心」を顕そうとされているところですね。そこで、これに合わせて「解読」の方を言い換えてみると「また(バソバンズ菩薩において、この「一心」の)願われるところは深く重い」と、このようになるでしょうか。これを簡単にしてしまうと「また「一心」の願われるところは深く重い」となって、「一心」が主語になります。

そこで、今度は「バソバンズ菩薩」をこの文脈に入れるとどうなるでしょうか。「また「一心」の願われるところは深く重い。もし(バソバンズ菩薩に)如来が(一心の)不可思議な威力をお加えにならなかったら、どうしてその願いを達成することができようか。だから今、如来の不可思議な力を加えられんことを願って、世尊と呼びかけたてまつったのである。」と、このような読み方になると思うわけです。そこで、そのときの「世尊と呼びかけたてまつった」のは誰でしょうか。バソバンズ菩薩ですか、それとも天親菩薩でしょうか。

そして「我一心とは、天親菩薩が自らをすすめ、ひきい、正された言葉である。これは、無碍光如来を念じて、安楽浄土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないことをいう。」と、続いています。この時点ではバソバンズ菩薩ではなくて天親菩薩になっています。

そこで、ここまでを引用文に戻すとどうなるでしょうか。「また一心の願われるところは深く重い。もしバソバンズ菩薩に如来がこの一心の不可思議な威力をお加えにならなかったら、どうしてその願いが達成することができようか。だから今、バソバンズ菩薩は如来の不可思議の力を加えられんことを願って、天親菩薩となり世尊と呼びかけまつったのである。我一心とは、天親菩薩が自らをすすめ、ひきい、正された言葉である。これは、無碍光如来を念じて、安楽浄土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないことをいう。」と、このようになるのではないかと思うわけですね。

そこで、では、ここのところを『論註』には何と書いてあるかと言いますと、「我一心とは天親菩薩の自督(督の字、勤なり、率なり、正なり)の詞なり」と、「自督」に(督の字、勤なり、率なり、正なり)と加筆をされている。だから「解読」も「我一心とは、天親菩薩が自らをすすめ、ひきい、正された言葉である。」と、こうなっているわけですね。しかし、行巻ではこの「自督」には加筆はなくて、そのまま「天親菩薩の自督の詞なり」とだけになっています。

そこでまず、この『論註』の加筆部分を「解読」では、「勤」はすすめる、「率」はひきい、「正」は正すとされていますね。その中の「率」の字ですが、これには引きこもるという意味があります。そうするとこの「天親菩薩の自督」の意味は、天親菩薩が何かをすすめ、自らは引きこもり、何かを正された言葉だということになるでしょう。

行巻では、その「自督」には加筆はなくて、その代わりといっては何ですが、バスバンズ菩薩の方に、「後の聖者・バソバンズ菩薩、如来大悲の教えを服膺(一升の反)して、経に傍えて願生の偈を作れり」と服膺に「一升の反(かえし)」と加筆されています。『論註』にはこの加筆がないので、「解読」も「後の聖者。バソバンズ菩薩は、如来の教えをこの身にいただいて」と、「服膺して」をそのまま読まれています。

そこでまず、この「一升の反(かえし)」ということですが、調べてもよく分かりませんでした。ただ「一升」とはある一つの器をいうのではないかということですね。そして「反」はそれを超えたもの。そういう気がするのですが、とにかくこの一連の事と何か関連したものではないでしょうか。

それでは天親菩薩がいったい何をすすめ、何をひきい、何を正されたのか。この意味を探ると、その次のところに答えがあると思うので読んでみましょう。「解読」では「これは、無碍光如来を念じて、安楽浄土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないとこをいう。」となっていますが、これは行巻の「言うこころは、無碍光如来を念じて安楽に生れんと願ず。心心相続して他想間雑なし」を、このように「解読」されているわけです。

で、いろいろと言っていますが、つまりは行巻では、主語の「一心」を天親菩薩はすすめ、自らはひきい、そして正されたのですから、その「一心」が無碍光如来を念じて安楽浄土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き、雑念が少しもまざらないことをいう、と、このようになるわけですね。

そこで、この「一心」にまつわるものがこの文のどこかにあるだろうか、と、そのように考えたとき、この文の最後にそれがあります。「心心相続して他想間雑なし」です。『論註』では、天親菩薩は、この「一心」をすすめ、自らはひきい、正されて、「無碍光如来を念じて、安楽浄土に生れたいと願われ、その願う心がかぎりなく続き(心心相続して)雑念が少しもまざらない(他想間雑なし)ことをいう」と、「解読」でもおなじ意味になっています。

ところが、行巻では「一心」が主語であって、天親菩薩という主語がない状態なので、この「心心相続して」を「解読」のように「その願う心がかぎりなく続き」とは読めない。こういう問題が出てくるわけです。それではこの心が心へ相続するとはいったい何か。それは主語である「一心」が天親菩薩の「我一心」へ相続することだということになります。

バソバンズ菩薩の我が身において「一心」は「我一心」へ相続し、そこにはじめて「一心」の具体性がはじまる。その時の名を天親菩薩と言う、と、こういうことになるでしょうか。つまり『十住毘婆沙論』の初歓喜地の菩薩のときの名を天親菩薩と顕されたことになります。

ここまでが初めの引用文についての話になりますが、次の引用文の間にも省略されたところがありますので、そこも見ていきましょう。

で、この引用文の後に抜けているのは何かというと、「我一心」の「我」についての説明です。「我ということばには三つの根本的な用例がある。一つには邪見によっていう我。二つには自分を他よりすぐれたものと主張する我である。いまここで我といわれたのは、天親菩薩が自分を指していわれたことばであって、普通一般の用例で我といわれたので、邪見や自分を主張して我といわれたのではない。」ここの部分が抜けています。おそらく行巻では「一心」が「我一心」へ相続することが主眼になるので、『論註』のこの「我」の説明を省いておられるのではないでしょうか。それでは今度は次の引用文に入ります。

(聖典の行巻から)「「帰命尽十方無碍光如来」は、「帰命」はすなわちこれ礼拝門なり、「尽十方無碍光如来」はすなわちこれ讃嘆門なり。何をもってか知らん、帰命はこれ礼拝門なりとは。龍樹菩薩、阿弥陀如来の讃を造れる中に、あるいは「稽首礼」と言い、あるいは「我帰命」と言い、あるいは「帰命礼」と言えり。この『論』の長行の中に、また「五念門を修す」と言えり。五念門の中に、礼拝はこれ一なり。天親菩薩すでに往生を願ず、あに礼せざるべけんや。かるがゆえに知りぬ、帰命すなわちこれ礼拝なりと。しかるに礼拝はただこれ恭敬にして、必ずしも帰命ならず。帰命は(必ず)これ礼拝なり。もしこれをもって推するに、帰命は重とす。偈は己心を申ぶ、宜しく帰命と言うべし。『論』に偈義を解するに、ひろく礼拝を談ず。彼・此あい成ず、義においていよいよ顕れたり。何をもってか知らん、「尽十方無碍光如来はこれ讃嘆門なり」とは。下の長行の中に言わく、「いかんが讃嘆する。いわく、かの如来の名(みな)を称す。かの如来の光明智相のごとく、かの名義のごとく、実のごとく修行し相応せんと欲うがゆえに」と。乃至」

(「解読浄土論註」から)「帰命尽十方無碍光如来というのは、帰命は即ち礼拝門、尽十方無碍光如来は即ち讃嘆門である。なぜ帰命が礼拝であると知れるかといえば、龍樹菩薩が阿弥陀如来を讃嘆する文をお造りになった中で、あるいは「稽首礼」といい、あるいは「我帰命」といい、あるいは「帰命礼」と言われている。この論の長行の中にもまた五念門を修すといわれているが、五念門の中で礼拝が一ばんにある。天親菩薩はすでに往生を願われている。どうして礼拝せずにいられようか。だから帰命は即ち礼拝であると知れるのである。しかし礼拝はただうやうやしく拝したてまつることであって、必ずしも帰命を意味しない。しかし帰命は必ず礼拝のすがたをとる。もしこれによって帰命をおもえば、礼拝より意味は重い。偈は意味を解釈するのだから、ひろく礼拝について語っている。偈と論とが互いに呼応して、意義をいよいよ顕しているのである。なぜ尽十方無碍光如来が讃嘆門であると知れるかといえば、あとの長行にいわれている。どのようにするのが讃嘆門か。それは彼の阿弥陀如来の名をとなえ、彼の如来の光明の智慧の相のごとくに、彼の如来の名の意義のごとくに、真実のごとくに道をおさめ、如来の心ににかないたいと思わしめられるからである。乃至」

まず、この「解読」のほうですが「龍樹菩薩が阿弥陀如来を讃嘆する文をお造りになった中で」とありますね。ここにある「讃嘆する文」とは何かということですが、行巻に沿って読むならば、この「讃嘆する文」とは、前回の「易行品」の最後に述べられた「偈をもって称讃せん」の「偈文」のことになるでしょうか。

その「偈文」に「このゆえに我稽首したてまつる」と、こういう言葉がでてきます。これを「稽首礼」と読むことができるなら、次のところにある「我いま帰命し礼したてまつる」は、「我帰命」とも「帰命礼」とも読めるのではないでしょうか。

『論註』がそもそも「謹んで龍樹菩薩の十住毘婆沙を案ずるに云うわく」と始まるので、『十住毘婆沙論』が基になっているわけですね。だから曇鸞大師が『論註』を顕すのに『十住毘婆沙論』のこの「偈文」を視野に入れておられたことは十分考えられることです。

で、とにかくこの行巻の「易行品」のあとにある「偈文」には、「このゆえに我稽首したてまつる」という文言があるということ、それを「稽首礼」と読めば、「我いま帰命し礼したてまつると」もまた「我帰命」「帰命礼」と読むことになるのだと思います。

そしてその次です。「解読」では、「この論の長行の中にも五念門を修すといわれているが、五念門の中で礼拝が一ばんにある」とされていますね。そこでこの「論の長行」とは何かというならば、本来なら『浄土論』では「解義分」のことになりますから、『論註』では「下巻」のことになります。

しかしこの文脈からすれと、「讃嘆する文」とは龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』の「偈文」のことになるので、この「論の長行」もまた『十住毘婆沙論』の中の長行だということになるでしょう。つまりは「入初地品」「地相品」「浄地品」「易行品」の四品がその「長行」だということになるわけです。この辺りは『論註』と『十住毘婆沙論』がすごく交差するわけです。

そして、もしそういうことなら、この『十住毘婆沙論』の中にも五念門が説かれていることになりますね。そこで「五念門の中で礼拝が一ばんにある」のはいったい何処なのか。『十住毘婆沙論』の一ばんは「入初地品」です。その「入初地品」にこの五念門の礼拝が述べられているこになります。そこで再び『十住毘婆沙論』の「入初地品」に戻ることになります。

『十住毘婆沙論』「入初地品」より

➀「ある人の言わく、「般舟三昧および大悲を諸仏の家と名づく、この二法よりもろもろの如来を生ず。」この中に般舟三昧を父とす、また大悲を母とす。また次に、般舟三昧はこれ父なり、無生法忍はこれ母なり。『助菩提』(菩提資糧品)の中に説くがごとし。「般舟三昧の父、大悲の母、一切のもろもろの如来、この二法より生ず」と。家に過咎なければ家清浄なり。かるがゆえに「清浄」は六波羅蜜・四功徳処なり。方便般若波羅蜜は智慧なり。般舟三昧・大悲・諸忍、この諸法清浄にして過(とが)あることなし。かるがゆえに「家清浄」と名づく。この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに、過咎あることなけん。」

②「世間道を転じて出世上道に入るものなり。「世間道」をすなわちこれ「凡夫所行の道」と名づく。転じて「休息」と名づく。凡夫道は究竟して涅槃に至ることあたわず、常に生死に往来す。これを「凡夫道」と名づく。「出世間」は、この道に因って三界を出ずることを得るがゆえに、「出世間道」と名づく。「上」は妙なるがゆえに、名づけて「上」とす。「入」は、正しく道を行ずるがゆえに、名づけて「入」とす。この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づく、と。」

「入初地品」の初めのところですが、かなり難しい表現をされています。で、まず➀は前回「家清浄」として話しておきました。ご覧の通りにとても難解なので、理解できないところも多くありましたが、それなりに話したつもりです。で、今日は②の方ですね。実はここもお手上げ状態でした。しかし読んで行かなければならない処なのだなとそう感じております。

それでは、ここに何が言われているのか。おそらく「歓喜地」とは何かではないでしょうか。まず「「世間道」をすなわちこれ「凡夫所行に道」と名づく。」と、こう言われていますので、ここから見ていこうと思います。「「凡夫所行の道」が「転じて「休息」と名づく」ですから、言い換えれば「凡夫所行の道」は転じても「休息(くそく)」であるとする、と、こういう言い方もできるのではないでしょうか。

つまり「休息」は仏の境地ではありません。それではこの「休息」とは何かということになるわけですね。そこでまずこの「休息」の理由が、凡夫道は涅槃に至ることがなくて、常に生死を往来するからだと、このようになっています。そこでこの「休息」を「一休み」と読むなら、要は、そこは世間道という凡夫道ですから、地獄・餓鬼・畜生とさまざまなものがうごめいている世界のことですね。この凡夫の世界の激流においても「一休み」する場所をいただく。これだけでも今日のようなストレス時代には有難いし魅力的ですね。まぁ、いつの世も凡夫が生きている世界だというなら、その全てがストレス時代かもしれませんが、しかし単にそういうことだけなら、わざわざここに「休息」と示される必要はないと思うわけです。もっと違う意味が示されているのではないでしょうか。

そこで「凡夫所行の道」が「休息」と名づけられるときに、それは「歓喜地」であるということです。そしてこの「歓喜地」は「出世間道」であり、「出世間道」は、この道に因(よ)って三界を出ることを得るがゆえに、「出世間道」と名づく。「上」は妙なるがゆえに、名づけて「上」とす。と、こういうことになるのではないか。そして次に「「入」は、正しく道を行ずるがゆえに、名づけて「入」とす。」と、このようになっています。

ここをどういうふうに読めばいいのでしょうか。

そこでまず言えることは、ここは「家清浄」の続きだということですね。だから「無量寿の門」が深く関わっているので、ここにおいても、すでに「易行品」で顕された循環する、動的な無量寿の展開の相があることになります。そして「「上」は妙なるがゆえに、名づけて「上」とす。」です。この上下は当然私たちが考える上下のことではありませんね。そして「妙」です。ではこの「妙」とは何でしょうか。調べたら「字義」(こまかく巧みなこと。善美の極致。言い表せないこと。不思議。)と書いてあります。

「主世間道」は「上」は「妙」なるがゆえに、名づけて「上」とす、ということですから、まず「世間道」は「休息」である。そのとき「出世間道」は「妙」なるがゆえに「上」であり、そして「入」である。「この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づく。」と、このようになると思うので、ここに顕そうとされる「歓喜地」とは、「世間道」「出世間道」「無量寿の門」が正しく循環する動的な相を俯瞰されていて、そしてこの相をもって「歓喜地」となし、礼拝門とする。このように「入初地品」を読んで行くことになると思います。

そこでこの辺りをもう少し掘り下げてみますと、この「入初地品」において、その次には「菩薩この地を得れば、心常に歓喜多し。自然に諸仏如来の種を増長することを得。このゆえに、かくのごとき人を「賢善者」と名づくることを得」となっていますので、「入初地品」を前回の続きとして読んでみると「(家清浄のこの)菩薩、(その人の初果に)この地を得れば、心常に歓喜多し、自然に諸仏如来の種を増長することを得。このゆえに、かくのごとき人を「賢善者」と名づくることを得、」となるので、これを今日の時点でまた言い直すとどうなるでしょうか。

「(家清浄のこの)菩薩(である「一心」が、バソバンズ菩薩の初果に)この地を得れば、心常に歓喜多し、自然に諸仏如来の種を増長することを得。このゆえにかくのごとき人を「賢善者(天親菩薩)」と名づくることを得。」と、このような言い換えもできるでしょうか。そして、「一心」は「我一心」へ相続され「世間道」は「出世間道」となり「上」なる「無量寿門」へと「入」る。そしてこの相が「妙」なるがゆえに「上」とす、と、このようになりますが、天親菩薩におけるこの相とは、そのことが俯瞰さた相のことであり、その相(かたち)が「妙」なるがゆえに「上」とすとも読めるのですね。まだよく分からないところです。で、ここまでにして『論註』の話に戻すことにします。

「この論の長行の中にもまた「五念門を修す」といわれているが、五念門の中で礼拝が一ばんにある。天親菩薩はすでに往生を願われている。どうして礼拝せずにいられようか。だから帰命は即ち礼拝であると知れるのである。しかし礼拝はただうやうやしく拝したてまつるこことであって、必ずしも帰命を意味しない。しかし帰命は必ず礼拝のすがたをとる。もしこれによって帰命をおもえば、礼拝より意味は重い。偈は意味を解釈するのだから、ひろく礼拝について語っている。」

『論註』といいながらも龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』に依っていて、「一心」が「我一心」へ相続することがここでは主題になているということですね。当然、そこには天親菩薩の讃嘆門も含まれています。これで二つの引用文の話は終わりにさせていただきます。

行巻その⑦の付録「AIに聞いてみたら」

令和8年3月 春彼岸会 法話より

「教行信証」の正式名は「顕浄土真実教行証文類」といいます。「文類」はいろんな文を集めたものということですから、浄土の真実を顕かにした文類ということになります。説明するのは簡単ですが、読もうとしても読めません。難解だからですが、読みかえがすごくて、その理由もよく分からないのですね。

しかし、それはこちらの立場で読もうとするからであり、親鸞聖人はちゃんと筋を通しておられるわけですから、こちら側との視点のズレがあることになります。だから親鸞聖人の描く文脈をこちらが探らなければなりません。

数百年の間、その作業が続けられています。そこでこの際ですから、自分もその作業に加えてさせていただいて、こうして聖教読みを皆さんと一緒に続けております。はたしてどこまで行けるか分かりませんが、まだ行き詰まってはいないと、自分ではそう思っているのでこうして続けています。

現在、教行信証の行巻を読んでいますが、先に証巻を少し読み、そして教巻から行巻に入りました。今回はその行巻の『十住毘婆沙論』から『浄土論』に入るところです。しかし、こうして聖典を読んでいくと、前後関係が当然出てきます。今回はとくにそれが強くて、前の『十住毘婆沙論』が無視できません。

ブログではそのまま読んでいただければ何とかつながるのですが、ここはある面一発勝負なので、なかなかそううまくいかない。今回の原稿をじっと見ていると、これはいくらなんでもこのままじゃ話にならんだろうと思ったわけです。だいたいにしていつもそういうジレンマはありますが、それでも何とかここまで来ました。しかし、今回はそういうわけにもいかないかなと困っていました。

考えた末、こういうふうにすることにしました。今回の課題から一点だけをしぼり、そこをダイジェスト版でお話ししようと考えました。まぁ予告編みたいのもので、タイトルには「付録」と書くことにしました。

で、どこに絞りこむかということですが、それが資料にあります「『浄土論』に曰く」のところです。  

 我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり、と。

 仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぎぐる者なし、よく速やかに 功徳大宝海を満足せしむ、と。

前回は『十住毘婆沙論』の「易行品」の話でしたが、今回もこの「易行品」が登場します。詳しくはブログに載せていますので、興味がある方はそちらも読んでいただければと思います。そして今日はここのところを角度を変えて話してみようと思いますのでよろしくお願い致します。

それで、この『浄土論』の句の中から「遇うて空しく過ぐる者なし」のところをピックアップしました。どうしたかといいますとAIに聞いてみました。最近はこういうことが出来るんですね。AIは時々使いますが、それでも今回はなかなか面白いなぁと思いました。

それでAIに何を聞いたのか。「人生を虚しく過ぎるとはどんなことだろう」と聞きました。するとAIは答えました。

「人生を虚しく過ぎる」という感覚は、言葉にするのが難しいほど静かで、それでいて重たいものですよね。」すごいですね、これが最初の答えです。そして「それは単に「不幸である」ということではなく、「自分の人生に参加していない感覚」に近いかもしれません。具体的には、以下のような状態を指すことが多いようです。」と、このように続きます。

1)「反応」だけで一日が終わってしまう「自分の意志で何かを選び取るのではなく、降りかかる用事や、SNSから流れてくる情報、他人の機嫌に対して「反応」しているだけで時間が過ぎていく状態です。」(自分の手で舵を握っている感覚がなく、ただ川の流れに押し流されているような感覚です。)

2)「いつか」を待ち続けて「今」が空白になる「「もっとお金が貯まったら」「もっと良い環境になったら」と、本番の人生がいつかどこかで始まるのを待っている状態です。(準備運動ばかりを続けていて、結局一度もコートに立たないまま日が暮れてしまうような虚無感です。)

3)心の動かない「効率」に支配される「無駄を省き、合理的に動いているはずなのに、そこに驚きも感動も、あるいは心地よい疲れすらない。(「何のために?」という問いに答えられないまま、スケジュール帳を埋めること自体が目的になってしまう状態です。)

この1から3までを読んでどう思われますか。理解できるような出来ないような、なんとも言えず、反応しづらいと思いますが、こうやって聞いてみるとAIは日本人の感覚を推し量って言っているのではなくて、世界から集めた情報をもって答えているわけですね。だからこの1から3までの答えがそのままスキット届かないようにも思えます。

それどころか、この123は、自分の普段のひぐらしの姿そのものじゃないかと思われる方もおられるのではないでしょうか。これが何故自分の人生を虚しくするのかピンとこない、と、そういう人もいるかもしれませんね。日本人は協調性が高いといわれています。周りに合わせる習慣みたいなものがあるようで、悪く言えば、閉鎖的な島国根性が基本的にあるとも言われているのではないでしょうか。個人的な主張をあまり出そうとしない。そういうことを考えると、この123の答えが何故そうなのか分からなくなる気がします。

それでは4の答えです。4)誰とも分かち合えない「孤立」「たとえ周囲に人がいても、自分の本音や、美しいと感じたもの、痛みを誰とも共有できないとき、人生は急に色褪せて見えます。「自分がいなくても、世界は何も変わらない」という感覚が、虚しさの正体であることもあります。」

この4の答えは何となく分かりますね。しかしながら、私たちには周囲と同じになることを目的化する人もいるし、まわりと同じ色になっていないと不安な人もいる。でも、それはそれで、ただそのことだけなら自分自身はないのですから、みんなの中にいながらも、その孤独さには気づいている、と、こういうこともあるでしょう。

夏目漱石が言っています。「智に働けば角が立つ」自分の知識を出せば周囲と衝突する。ヨーロッパに留学した漱石は、当時の個人主義を目の当たりにします。その眼(まなこ)に日本人がどのように映ったでしょうか。「情に棹させば流される」だからといって、相手に合わせると流されてしまう。「意地を通せば窮屈だ」。かといって、自分の意思を通そうとすると息苦しくなる。「とかくに人の世は住みにくい」と、当時の日本の世間体を表現しました。

漱石は明治時代、この日本の世間体と近代ヨーロッパの個人主義の狭間で葛藤した人だと言われています。それから百数十年が過ぎました。今の私たちが漱石が見た世間体と個人主義の中で葛藤しているかどうか分かりませんが、この「人生を虚しく過ぎる」の答えの1から3がしっくりこないのは、やはり日本人のこの感覚がどこかで生きているのかもしれませんね。しかし、だからといって昔のような世間体を生きているとか、西洋の個人主義を生きているというのとは違う気がするでしょう。

西洋の個人主義はキリスト教を背景にした個人主義だそうです。日本の個人にはそのようものはないですね。だからといって、じゃあ日本人の個人主義は何だと聞かれても、ちゃんと答えられる人がどれだけいるでしょうか。しかしこの4の答えにある「誰とも分かち合えない孤立・孤独」は、世間体の中であれ個人主義であれ、そのどちらにおいても通じる「空虚感」ではないでしょうか。

そしてAIは最後に「一つの視点」でこう言いました。「「一つの視点」哲学者パスカルは「人間は自分が死ぬことや惨めであることを考えないようにするために、常に何かに没頭し気晴らししようとする」と言いました。もしかすると「虚しい」と感じる瞬間は、その忙しい気晴らしから一瞬脱却して、自分の生に誠実に向き合おうとしているサインかもしれません。」

AIが出したこれらの答えが、そのまま自分に合ったものかどうかは別にして、この「虚しい人生」というものの正体は何かと考えたら、やはりこの誰とも分かち合えない「孤立感」や「孤独感」に見る、人としての「虚しさ」、そして「死」における「孤独」の問題でしょう。世間体や個人主義といった、生活の表層的なのものから、もっと深いところにある、人間の心の芯のところの、この「孤独感」と「死」の問題は、人間の存在性として共通するのではないかと思います。

とにかく、この1から4までがAIが出した最初の回答です。もっと話しましょうと言っていましたが、こちらがすでにオーバーフロウ気味なので止めました。すごい時代になってきたなと思いましたね。

それで今度は「虚しい」と「空しい」の違いは何かを調べました。「「虚しい」と「空しい」はどちらも「むなしい」と読み、内容がない、無駄である、はかないという意味では共通していますが、ニュアンスに違いがあります。「虚しい」は精神的な空虚さや心が満たされない状態を、「空しい」は物理的なからっぽさや努力が無駄に終わるはかなさに使われます。」また「「使い分けとしたら、「虚しい」は「心」「気持ち」が「虚しい」、「空しい」は「努力」「時間」が「空しい」で、「存在そのもの」が希薄な場合は「虚しい」の方を使う」と、こういう答えもありました。

この『浄土論』では「空しく過ぐる者なし」ですから、心の虚しさよりも「空しく過ぎないのだ」というどこか主体的なところがある。それがこの「空しく過ぐる者なし」だと思うわけです。そしてこの「虚しく過ぎない」と「空しく過ぎない」の二つは必ずしも同じではありませんが、繋がっているのではないかということですね。

AI が最後に言った「一つの視点」がありましたね。「「哲学者パスカルは人間は自分が死ぬことや惨めなことを考えないようにするために、常に何かに没頭して気晴らししようとする」もしかすると「虚しい」と感じる瞬間は、その忙しい気晴らしから一瞬脱却して自分の生に誠実に向き合おうとしているサインかもしれません。」

ぼくは「存在の希薄さ」と、AIのこの最後の言葉がリンクします。掴もうとしても掴めず、自分の手からスッと抜け落ちていくうようでいて、しかしいつもそこに感じているような「存在の希薄さ」ですね。この言葉はすごいなあと思いますね。

それで、この「『浄土論』に曰く」と言われ、そして「願生偈」から二の句が載せられています。

我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり、と。

仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし。よく速やかに 功徳の大法海を満足せしむ、 と。

この二つの句は『浄土論』では全く別のところにあります。それを単に二つ並べられて「『浄土論』に曰く」と親鸞聖人は述べられますが、しかしこれだけでは『浄土論』だと言われても意味がとおりません。そしてその句の中に「真実功徳相に依って」とあるわけですね。真実功徳の相ですから、相は姿かたちであり、またその世界観でもあります。厳密にいえば言葉もそうなると思いますよ。言葉ひとつで何か見えたりするでしょう。他人には見えなくても自分には見えたりします。

とにかく、この真実功徳の相は、この「存在の希薄さ」とすごく関係していて、その心の芯の部分を目指して現れてくると思っているわけです。

そこで「仏の本願力を観ずるに」ということがその次に問題になります。私たちは人の「孤独感」や「孤立感」は理解できるでしょう。みんなそれぞれ何処かに持っているのではないですか。だからそれに対して気晴らしや、うさばらしなら出来ると思いますよ。しかしその他に何か出来るでしょうか。

まして、この「存在の希薄さ」などはフトそう感じることはあっても見えない。鋭い感性の持ち主なら見えるかもしれませんが、私たちのような普通の人には見えるどころか、気づかないまま一生が終わる人だっているはずですね。しかし、そこにこそ私たちが真にそして誠実に求めていることがあるということだと思うわけです。

だからこそ、ここに「真実功徳相」を顕すのだということでしょう。そしてこの「真実功徳相」が、私たちには見えなかったはずの「存在の希薄さ」の意味を見せ、そして気晴らしの他になすすべがない「孤独感」や「孤立感」さえ丸ごと見せる。

私の心の深い処にこの「真実功徳相」を顕して、そこに私の心のありよう映し出す。仏教的にいえば「真実功徳相」によって私の煩悩を丸ごと映す。この「真実功徳相」が『十住毘婆沙論』の「易行品」だということでした。

そして「仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし」です。この空しく過ぎないというのは、この仏の本願力を観じて、そしてその本願の本意に遇うことができたということではないでしょうか。相はすがた形のことですから、その真実功徳のすがたである、阿弥陀仏の浄土のすがたに遇うことができたということだと思います。そしてこの阿弥陀仏の浄土である真実功徳相に観た、その仏の本意に遇うて空しく過ぐる者なしです。このように読ませていただきました。

行巻その⑦ 『浄土論』と『論註』の関係について

令和8年3月 春彼岸会より 行巻 『浄土論』そして『論註』へ

・行巻の『十住毘婆沙論』「易行品」のおわりから

「いま当につぶさに無量寿仏を説くべし。世自在王[乃至その余の仏まします]、この諸仏世尊、現在十方の清浄世界に、みな名(みな)を称し阿弥陀仏の本願を憶念することかくのごとし。もし人、我を念じ名を称して自ずから帰すれば、すなわち必定に入りて阿耨多羅三藐三菩提を得、このゆえに常に憶念すべしと。偈をもって称讃せん。」

これは「易行品」の最後のところですが、その前に問答が載っています。

「問うて曰く、ただこの十仏の名号を聞きて執事して心に在けば、すなわち阿耨多羅三藐三菩提を退せざることを得。また余仏・余菩薩の名(みな)ましまして阿惟越致に至ることを得とやせん。答えて曰く、阿弥陀等の仏および諸大菩薩、名を称し一心に念ずれば、また不退転を得ることかくのごとし。阿弥陀等の諸仏、また恭敬礼拝し、その名号を称すべし。」

はじめの「十仏」は、東西南北の四方とその間で八方、そして上下の二方を合わせて十方ということだと思うので、つまりは、中心からの全方位の仏を「十仏」と言われていると思いますが、その「十仏の名号を聞きて」ですから、おそらく『阿弥陀経』の念仏三昧がこのように顕されたのではないかと思います。

そして次に「執事して」です。そのことを心にしっかり保っておれば、阿耨多羅三藐三菩提を退かないのに、どうしてまた、この全方位の仏の外に、仏や菩薩の名があって、阿惟越致(不退転)に至ろうとするのか、と、このような問いになるでしょうか。

つまり、念仏三昧で仏の無上の悟りを退かないでおれるのに、なぜ不退転へと下方修正するのかと、こういう問いなると思います。そして、それについて「答えて曰く」です。

そこでまずこの「阿弥陀等の仏」ということですが、これは全方位の仏の外に見る複数の阿弥陀仏ですから、「阿弥陀等の仏」とこう言われているのではないでしょうか。

「諸大菩薩」については、おそらく観音勢至の二大菩薩のことになるでしょうか。そうすると、この大菩薩を『観無量寿経』「定善観」では第十観と十一観の「観音観」「勢至観」に説かれています。第七観から九観までが無量寿仏。そのあとに観音勢至観が説かれます。『観無量寿経』ですから、心象的に説かれた阿弥陀仏とこの菩薩等をもって、浄土の相(すがた)が顕されているわけですね。その中でも九観の「真身観」は、浄土の相(すがた)というよりも、その相に現れる平等心と大慈悲心を説かれたところですね。

そうすると、これはそれぞれに顕わされた浄土であり、それらの諸仏が、それぞれ恭敬礼拝し念じあう相をもって、無量寿仏の「その名を称し一心に念ずれば、また不退転を得ることかくのごとし」と、このようになるので、次に「阿弥陀等の諸仏、また恭敬礼拝し、その名号を称すべし」と続いているのだと思います。

そこでまず、この「答えて曰く」のところに「一心」が説かれていますね。この「一心」をもって「阿弥陀等の諸仏、また恭敬礼拝し、その名号を称すべし」と、こういうことですから、つまりは「一心」は全方位の仏を超えていてその全てに行きわたり、この「一心」において諸仏がそれぞれ名号を称し、阿弥陀仏を恭敬礼拝しているという、そのことに不退転の言葉が充てられていることになるでしょうか。そしてこの不退転をもって「易行品」の最後、さきほど読みました「いま当につぶさに無量寿仏を説くべし」とはじまることになります。

その次が「世自在王仏 [乃至その余の仏まします] 、現在十方の清浄世界に、名(みな)を称し阿弥陀仏の本願を憶念することかくごとし」になりますが、世自在王仏がまだよく分からないので、知ったふりもできず、このままにさせていただく事にしました。

そして次に「もし人、我を念じ名を称して自ずから帰すれば、すなわち必定に入りて阿耨多羅三藐三菩提を得、このゆえに常に憶念すべしと。偈をもって称讃せん」と、ここで「易行品」が終わります。そこでまず、今回の話はこの最後のところ「偈をもって称讃せん」についてです。

 無量光明慧、 身は真金の山のごとし。 

 我いま身口意をして、 合掌し稽首し礼したてまつると。乃至

 人よくこの仏の、 無量力功徳を念ずれば、 

 即の時に必定に入る。 このゆえに我常に念じたてまつる。乃至

 もし人、仏に作らんと願じて、 心に阿弥陀を念じたてまつれば、

 時に応じてために身を現じたまわん。 このゆえに我、 

 かの仏の本願力を帰命す。 十方のもろもろの菩薩も、 

 来りて供養し法を聴く。このゆえに我稽首したてまつると。乃至

 もし人善根を種えて、 疑えばすなわち華開けず。

 信心清浄なる者は、華開けてすなわち仏を見たてまつる。

 十方現在の仏、 種々の因縁をもって、

 かの仏の功徳を嘆じたまう。 我いま帰命し礼したてまつると。乃至

 かの八道の船に乗じて、 よく難度海を度す。 

 自ら度しまた彼を度せん。 我自在人を礼したてまつる。

 諸仏無量劫に、 その功徳を讃揚せんに、 

 なお尽くすことあたわじ。 清浄人を帰命したてまつる。 

 我いままたかくのごとし。 無量の徳を称讃す。 

 この福の因縁をもって、 願わくは仏、常に我を念じたまえ、と。妙出

「『浄土論』に曰く」

 我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり、と。

 仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし。よく速やかに 功徳の大法海を満足せしむ、     と。

龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』から、引き続き天親菩薩の『浄土論』、そして曇鸞大師の『論註』に入ろうと思いますが、「易行品」と『浄土論』の間に、「偈をもって称讃せん」と「偈文」が称讃されています。それが「無量光明慧、身は真金の山のごとし」から始まるこの偈文です。

まず『浄土論』から言いますと、「願偈摠持」の願偈は、「『浄土論』ですから、当然「願生偈」のことです。「摠持」はしっかり心に保てということで、この「願生偈」をしっかり心に保ちなさいという意味になります。

しかしこの行巻には『十住毘婆沙論』の「入初地品」「地相品」「浄地品」「易行品」の四品が説かれていて、「易行品」の最後にも「偈をもって称讃せん」とありまして、偈を「称讃」されているわけですね。

そしてその次に『浄土論』と『論註』に入っていきます。実は、これらは別々に読んで行くものだと考えていました。しかし読んで行くうちに、どうもそういうことではないのじゃないかと思い始めたわけですね。まずはそのまま読んでいきます。

それでは「『浄土論』に曰く」から始めますが、この偈文は『浄土論』の「願生偈」の中の「作願門」の最後と、「観察門」の中の「仏荘厳」の最後の二つの句で出来ています。この句をもって親鸞聖人は「『浄土論』に曰く」とされています。

そこでまず、ここに「『浄土論』に曰く」と言われていますが、どうもこのニュアンスに、この二つの句をもって『浄土論』だという響きを、自分としては考えてしまうのですね。なぜそういうふうに思うのかと言いますと、この二つの句は全く別の処にあり、ただそれを並べただけのものです。だからこの句を並べてみても繋らないし意味は通りません。しかし親鸞聖人はこの二つ句を並べておいて、さぁ『浄土論』だとこう言われているようにも思えるわけです。だとしたら、その理由を探らなければならないわけですね。

そこでまず、この「我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり」のところを、角度をかえて考えてみることにしました。この「我修多羅」の「修多羅」ですね。『浄土論』は『無量寿経優婆提舎願生偈』が正式名ですから、「修多羅」とは『無量寿経』のことになります。しかし「教行信証」では、教巻に「真実の教を顕さば、すなわち『大無量壽経』これなり」と言われています。だからこの修多羅は『無量寿経』ではなくて、『大無量寿経』とするのではないかと思うわけですね。

そうすると、この「我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり」は「我大無量寿経 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり」となるので、その場合の「願偈」とは何かということですね。

「『浄土論』に曰く」ですから、本来なら「願生偈」です。しかし親鸞聖人はこの二つの句をもって「『浄土論』に曰く」と言われていて、それ以外に何も述べられていません。そして先ほども言ったように、この二句は「願生偈」ではつながらず、ただ並べただけです。

そこで、この「願偈摠持」の「願偈」とは何かということになるので、それをこの行巻から見るとすると「易行品」の最後、さきほどの「偈をもって称讃せん」の「偈文」がその「願偈」ではないか。そうであるなら、文脈からすると「我修多羅」の次の「真実功徳相」とは、『十住毘婆沙論』の最後の「易行品」になるのではないかと思うのですね。

この『十住毘婆沙論』は「入初地品」から「易行品」までの四品をもって、初歓喜地の菩薩のことが説かれています。まず初歓喜地の菩薩を「この菩薩」と「その人」の初果の関係で顕され、いわば「初果」を中心にした「その人」と「この菩薩」という人格的な表現をもって顕されました。この人格的に顕された初歓喜地の菩薩が「易行品」で「信方便の易行道」として顕されていきます。

「易行品」には、「この菩薩」と「その人」の関係が、阿惟越致と不退転の関係で説かれ、ついには菩薩の「一心」を明らかにする。その「一心」は無量寿の門よりすべての凡夫へと行きわたり、ふたたび「その人」の初果へと向かい、ふたたび「初歓喜地の菩薩」となる。そしてふたたび無量寿の門へと従っていくとう、このような「一心」から「この菩薩」、そして「初歓喜地の菩薩」となり、無量寿の門を経て「一心」に還るという、この循環の相をもって、立体的な世界観を顕されているということですね。

そうすると、この「易行品」のこの相を「真実功徳相」だと、こう述べられているのではないかと思うわけです。そうすると、「偈をもって称讃せん」の次の「偈文」が、「『浄土論』に曰く」の句にある「願偈」のことだということになりまして、そして「仏教と相応せり」です。そうすると「易行品」のこの「真実功徳相に依って、仏教と相応せり」となるので、「易行品」に観るこの循環する動的な相に依って「仏教と相応せり」とこう言われていることになります。

そこでまず、『十住毘婆沙論』のはじめの「入初地品」に戻りますが、「家清浄」がそのままになっています。せっかくですのでこの「家清浄」のことを少し尋ねてみます。

「『十住毘婆沙論』(入初地品)に曰く、ある人の言わく、「般舟三昧および大悲を諸仏の家と名づく、この二法よりもろもろの如来を生ず。」この中に般舟三昧を父とす、また大悲を母とす。また次に、般舟三昧は三昧はこれ父なり、無生法忍はこれ母なり。『助菩提』(菩提資糧論)の中に説くがごとし。「般舟三昧の父、大悲無生の母、一切のもろもろの如来、この二法より生ず」と。家に過咎なければ家清浄なり。かるがゆえに「清浄」は六波羅蜜・四功徳処なり。方便般若波羅蜜は善慧なり。般舟三昧・大悲・諸忍、この諸法清浄にして過(とが)あることなし。かるがゆえに「家清浄」と名づく。この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに、過咎あることなけん。世間道を転じて出世上道に入るものなり。」

長い引用ですが、「家清浄」をこのように書いてあります。難解なので触らずにいました。勿論今もよく分かりません。しかし概ね述べられているのは「家清浄」を父と母の関係であらわされています。般舟三昧(はんじゅざんまい)が父で、大悲が母ですね。そこでこの「般舟三昧」を調べると「現在の諸仏がことごとく行者の前に立つ」ことだとあります。つまり十方諸仏の現前三昧ということですね。この場合の「十方諸仏」は全方位ということで、これはひとつの視点から見た世界観ですね。

「般舟三昧」は、説明では「行者の前に立つ」となっていますが、この場合は「般舟三昧」が父です。「行者」は当事者のことなので父というわけにはいきませんから、そうすると、この「父」とされているのは何かということですね。「諸仏の現前三昧」を父とするですから、つまりは、この現前三昧という心象的な相をもって父だとこう言われているのではないかということですね。相ですから現れた世界観であり、そのすがた形です。そして母はこの三昧に見る大悲の心である。この心象に、現れずにおれない心を観る。その心である大慈悲心を母とする。この父と母をもって「家清浄」とこう顕されているのではないかと思います。

そうすると、「家清浄のこの菩薩」、「その人」の初果を地に「初歓喜地の菩薩」となり、そして無量寿の門へ従い「一心」へと循環するという、この動的な相をもって「真実功徳相」だということになります。つまり無量寿の門に顕現する諸仏の世界とその大悲心である「家清浄」の「この菩薩」、「その人」の初果を地に「初歓喜地の菩薩」となり、ふたたびこの無量寿の門である「家清浄」へと従い、そして「一心」へと還るのだと、こういうことになります。そして、「(この)仏の本願力を観ずるに 遇(もうお)うて空しく過ぐる者なし」と続いていくわけですね。

そこで、この「仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし。速やかに 功徳の大法海を満足せしむ」の句が、「願生偈」のどこにあるのかといいますと、「仏荘厳」の最後にあります。「菩薩荘厳」へと入るところです。『浄土論』の五念門は「礼拝門」「讃嘆門」「作願門」「観察門」「回向門」です。その中の「観察門」は、まず「国土荘厳」つまり阿弥陀仏の国土ですから仏国土、つまり阿弥陀仏の浄土が説かれていて、その次の「仏荘厳」には阿弥陀仏が荘厳されています。その「仏荘厳」の最後の句になります。

それで、前の「我修多羅 真実功徳相に依って、願偈摠持を説きて、仏教と相応せり」の方は、五念門の「作願門」の終わりにあって、次の「観察門」へと入るところですね。だからこの二句の間には「観察門」の「国土荘厳」と「仏荘厳」がごっそり抜けていることになります。だからこの二句だけでは『浄土論』は繋がりません。

しかしこれまで述べてきましたが、『十住毘婆沙論』の「易行品」がその「真実功徳相」ならば、その抜けている「国土荘厳」と「仏荘厳」がそこに納まっていることになります。しかし、問題は何故このようになるのかということですね。そこで「仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし」の「空しく過ぎる者なし」というフレーズですが、このフレーズがすごく気になるわけですよ。やはりいつか命は終わるわけですから、自分の命が、この私が、今生きているということが空しく過ぎないというのはどういうことだろうか。そこにどこか胸を打つものがあると思うのですよ。

その「空しく過ぎない」という言葉がこの句にあるわけです。しかしですね,、次に「よく速やかに 功徳の大法海を満足せしむ、と。」ありますが、こちらの方は「易行品」の中でも窺えると思いますね。そうすると、この二つの句では「『浄土論』に曰く」と言いながらも、そのほとんどが『十住毘婆沙論』であって、その中でこの「仏の本願力を観じて 遇うて遇うて空しく過ぐる者なし」のところだけが『十住毘婆沙論』には見当たらないのです。

『十住毘婆沙論』の四品をもって、「『浄土論』に曰く」と言われ、その最後の「易行品」がこの二句に納まっていることになります。言い換えれば『浄土論』の「国土荘厳」と「仏荘厳」がこの「易行品」における動的な相に納まっていることになるわけですね。その中でこの「仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐる者なし」のヵ所が、「『浄土論』に曰く」として響いてくるのです。

『十住毘婆沙論』では初歓喜地の菩薩を顕され、その中の「易行品」で「信方便の易行」をひとつの相として顕されました。つまり循環する動的な世界観をもってその相とするとされたことになります。そうすると、そのときの「我修多羅」の「我」とは何かといえば、これは「家清浄のこの菩薩」のことになり、そして「初歓喜地の菩薩」であり、「一心」であるという、この一連の主体をもって「我」とされたのではないかということです。

仏の方と凡夫の方、表裏一体だが交差しない。これは証巻を読んだときにそう感じたわけですが、ずっとこのことがテーマになっています。そして、ここにおいてもまたこの問題が登場することになりました。「家清浄のこの菩薩」とこう言われていますが、この菩薩は仏の領域の菩薩ですから、「『浄土論』に曰く」の二句もまた仏の領域です。その仏の領域において、この「我」は「家清浄のこの菩薩」であり、「初歓喜地の菩薩」である。そして無量寿の門より「一心」であるという、「この菩薩」は仏の領域でありつづけ交差しない、と、こういうことになります。

そしてここから「『論の註』に曰く」に入ります。「謹んで龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』を案ずるに、云わく、菩薩、阿毘跋致を求むるに、二種の道あり。一つには難行道、二つには易行道なり。」と『論註』がそのまま載っていますが、まずこの場合の「阿毘跋致」は「不退転」のことですから、「易行品」では菩薩の「阿惟越致」のことですね。そしてここに登場する菩薩は「家清浄のこの菩薩」」ということになりますから、「この菩薩」は仏の領域の菩薩です。そして「この菩薩」が「その人」の初果を地にして「初歓喜地の菩薩」となる。ここにおいてはじめて、「この菩薩」と「その人」に「一心」の具体性がはじまることになります。そうすると、『論註』の「菩薩、阿毘跋致を求むるに二種の道あり」の内容とかなりニュアンスが違ってくるわけです。

この『論註』の引用文の終わりのほうに「無量寿というは、安楽浄土にまします如来にかぎっての名である。釈迦牟尼仏は王舎城及び舎衛国にましまして、大衆の中でこの無量寿仏の荘厳の功徳をお説きになられ、無量寿仏の名号をもってこの経の体とあきらかにされたのである。後の聖者バスバンズ菩薩は、如来の大悲の教えを身にいただいて、『無量寿経』にもとづいて願生の偈をつくられた。」(『解読浄土論註」より)と締めくっておられます。

この文の「聖者バスバンズ菩薩は、如来の大悲の教えを身にいただいて、『無量寿経』にもとづいて願生の偈をつくられた」のところを、これまでの流れをそのままにするなら、(バスバンズ)天親菩薩は、「家清浄のこの菩薩」、天親菩薩のその身の「初果」を地にして、「初歓喜地の菩薩」となり、「『無量寿経』にもとづいて願生の偈をつくられた」と、このような言い方も出来るのではないかと思うわけですね。そしてここから「我一心」です。

「「我一心」は、天親菩薩の自督の詞なり」と、ここから『論註』に入っていくことになると思います。しかしながら、そうするとですね、「『浄土論』に曰く」と言われながらも、そこには「易行品」の「一心」が顕されていいて、次の『論註』の途中から「我一心」が始まることになるわけです。そしてこの「我一心」においてもまた、「この菩薩」は仏の領域だということですね。つまりは「初歓喜地の菩薩」の「その人」の方、凡夫の領域が抜けていることになります。

しかし、たとえ凡夫の領域が抜けているとしても、「この菩薩」が「その人」の初果を地にするとき「初歓喜地の菩薩」ですから、このことはいづれ顕かになるのではないかと思いますが、まだ途中です。