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行巻その⑤ 龍樹(十住毘婆沙論)Ⅳ(前)
令和7年12月 御正忌報恩講より 「易行品」 (前)
「また曰く、仏法に無量の門あり。世間の道に難あり、易あり。陸路の歩行はすなわち苦しく、水道の乗船はすなわち楽しきがごとし。菩薩の道もまたかくのごとし。あるいは勤行精進のものあり、あるいは信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者あり。乃至
もし人疾く不退転地に至らんと欲わば、恭敬心をもって執持して名号を称すべし。もし菩薩この身において阿惟越致地に至ることを得、阿耨多羅三藐三菩提を成らんと欲わば、当にこの十方諸仏を念ずべし。名号を称すること、『宝月童子所問経』の「阿惟越致品」の中に説くがごとしと。乃至
西方に善世界の仏を無量明と号す。身光智慧明らかにして、照らすところ辺際なし。それ名を聞くことある者は、すなわち不退転を得と。乃至
過去無数劫に仏まします、海徳と号す。このもろもろの現在の仏、みな彼に従って願を発せり。寿命量りあることなし。光明照らして極りなし。国土はなはだ清浄なり。名を聞きて定んで仏に作らん、と。乃至
問うて曰く、ただこの十仏の名号を聞きて執事して心に在けば、すなわち阿耨多羅三藐三菩提を退せざることを得、また余仏・余菩薩の名ましまして阿惟越致に至ることを得とやせん。答えて曰く、阿弥陀等の仏および諸大菩薩、名を称し一心に念ずれば、また不退転を得ることかくのごとし。阿弥陀等の諸仏、また恭敬礼拝し、その名号を称べし。
いま当につぶさに無量寿仏を説くべし。世自在王(乃至その余の仏まします)、この諸仏世尊、現在十方の清浄世界に、みな名を称し阿弥陀仏の本願を憶念することかくのごとし。もし人、我を念じ名を称して自ら帰すれば、すなわち必定に入りて阿耨多羅三藐三菩提を得、このゆえに常に憶念すべしと。偈をもって称讃せん。」
龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』はこの「易行品」で最後になります。全文載せていますが、少しだけ手を加えています。お分かりのように「乃至」という字が多くありますね。数えたら五カ所ありました。まぁ最後の「乃至」は少し角度が違うかなと思いますが、それでも、それ以外は同じ使い方だと思いましたので、本来は連読している文脈ですが、ここでは「乃至」のごとに行を区切っています。番号も付けようかとも考えましたが、そこまで拘っても仕方がないので、単に区切っているだけです。今回はなるだけその区切りごとに見て行こうと思っています。そしてまた、この「易行品」については、この行巻の「入初地品」「地相品」「浄地品」を含めながら読んで行きたいと思っていますのでよろしくお願い致します。
それではまず「また曰く、仏法に無量の門あり。世間の道に難あり、易あり。陸路の歩行はすなわち苦しく、水道の乗船はすなわち楽しきがごとし。菩薩の道もかくのごとし。あるいは勤行精進のものあり、あるいは信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者あり。乃至」から。
最初の「また曰く」は、おそらく前の「浄地品」の続きの意味だと思うので、そのことを念頭におきながら、まず「仏法に無量の門あり」から始めます。それでこの「仏法に無量の門あり」を「仏法に無量(寿)の門あり。」とこう読んでみます。すると、ここの所は「仏法に無量寿(阿弥陀仏)の門あり。世間の道に難あり、易あり」となりますから、無量寿つまり阿弥陀仏の門において「世間の道」となり、その世間の道において「難の道」と「易の道」があると、こういうことになります。そして「難の道」は「陸路の歩行はすなわち苦しく」、「易の道」は「水道の乗船はすなわち楽しきがごとし」だと、こうなるでしょうか。
そこでまず、ここに言われている「世間」ということですが、これはどういう事かと調べたら幾つか出てきました。意味としたら「人々が互いにかかわりあって生活している場」だと言うことで大体納まるようです。この「世間」を「世界」と言い換えても差し支えないとは思いますが、世界ではちょっと広すぎる感じがある。要は、私の視野に納まるぐらいの世界だと、このようになるのかなと思っています。私たちが聞きなれている世間とは向こう三軒両隣両隣のことで、これはご近所さんのことですね。
しかしここでは、この世間を、今この私の視野に納まるくらいの世界だとする。言い換えれば、この私の観点から見る生活範囲ということになるでしょうか。現在のようなネット社会では、情報過多や人間関係の遠近化で、昔とずいぶん違っているかもしれませんが、この私をして見ているところの私の小世界という意味では今も昔も変わりはないと思います。
子供のころにも当然私の生活範囲はありました。小学校や中学校の生活。親と旅行したり、親せきの家に遊びに行ったりした。これらは子供のときの私の生活範囲でしょう。そして大人になれば生活範囲は変わっていきますね。仕事関係や家族構成、またご近所さんとの付き合い。老後になれば介護の方とのお付き合い始まるでしょう。たとえずっと同じ場所にいたとしても、私の生活範囲というのは変わっていきます。
仏教にも「世間」という表現があります。「世間」に対する概念みたいなものは同じだと思いますが、仏教で言う「世間」とは、仏教の教理を中心にすえた視野ですから、さっき言ったような、この私という視点を中心におきながらも、なをそこを超えている「いのち」という大きなテーマを持っています。この「大いなるいのちの世界」において、仏教で言う「世間」をどのように見るのか、このような問題があるわけです。
すると、仏教で言う「世間」とは、この私の小世界にとどまらず、私を超えた「いのちの世界」を視野にして、そこにいのちの広がりや深さをおさえていくのだということになります。この「易行品」で言われている「世間」もまた、このような仏教の教理にそって言われているわけですから、当然ここにも仏教的視野をもって「世間」と言われていることになりますが、しかし同時にこの私の見る「世間」もそこにあるわけですね。この同時性において「仏法に無量寿の門あり。世間の道に難あり、易あり」と、このように言われているのだと思います。
昔テレビで「ひょっこりひょうたん島」という番組がありましたね。「ひょうたん島」というちっちゃい島の物語でした。なぜかこの島は海を漂流しています。その島には村長もいて、トラひげという怪しげな海賊もいました。子供たちもいて、その中には博士という名の子もいた。そしてこの島にいろんな事件が巻き起こるわけですね。
この小島のような世界を、私の小世界である「世間」に例えた場合、ここには他の住人もいて、それぞれがこの島の中で、それも多層的にこの私に関わってくるわけです。それが私の生活範囲ということですから、人間関係が多ければそれだけ物事も複雑になるでしょう。このような観点から見る生活範囲を、私の「世間」だとしたらどうなるかなということですね。
そうすると、この「世間の道に難あり」で言われている「陸路の歩行」とは、実は、私の「世間」内を陸路で歩行しているという、私の「世間」の中の出来事になってしまいます。それ以外に私の「世間」は何処にもないのだから、「陸路」と言ってみたところで、私の「世間」の中をうろうろと歩き回っている姿にしかなりません。
それでは、今度は「易あり」の「水道の乗船」の方はどうなるでしょうか。するとこちらも同じで、「水道の乗船はすなわち楽しきがごとし」と書いてありますが、これもまた私の「世間」の中の出来事です。あるのは「陸路の歩行」と「水道の乗船」の違いだけで、どちらも私の「世間」に中の経験です。では、この「易行品」で言われている難と易の違いとは、いったいこのどこにあると考えるべきでしょうか。
こういうふうに考えると、それはこの「世間」に対するその人の感覚の違いだと、こういう事になるのだろうと思います。それでは、その感覚とはどういうことであり、そしてその違いとは何かということになりますね。ある人は、この私の「世間」が何となく浮いた感じだと、さっき話しました、海に漂流するひょうたん島のように、何か浮いた感じがある。言い方をかえれば、私のこの「世間」というものに不安定さを感じているということ。こういう表現が適切かどうか分かりませんが、なにかしら地に足が着いてないような気分ですね。
そうすると、私のこの「世間」をもっと良くして安心できるようにしたいと思うでしょう。しかし私たちの目は外へ向いていますから、それを他人と比較して安心しようとします。当然どちらが良いか比べる訳ですね。放っておくとそうなっていきますよ。よく出てくるでしょう、優越感と劣等感です。しかしもうひとつある。それが私の心のもっと深いところ、そこにこの私であるというありようが、不確かな、地に足が着いてないような不安定な感覚、そういうものは感じていないか。
こんなことは、言われなければ、あぁそうかも知れんなとはなかなか思わないわけですが、それでも何処かでみんなが感じているものではないかなとも思いますよ。そしていのちの問題は、どちらかと言えばこちらの方に重きがあるのではないでしょうか。そうすると「世間の道に難あり、易あり」の中の「易あり」の人とは、この私の居場所である、私の「世間」において地に足が着いてないような、漠然とした不安を持っている人だということになりますから、こういう感覚を持っているかいないかが「難」と「易」の違いであるということになります。
そしてその次に「菩薩の道もかくのごとし」と書いてあります。菩薩もこれと同じだということですね。しかし菩薩と書いてありますように、菩薩はこの心の深い部分から一歩踏み出そうとしている人でしょうね。しかしながら、たとえそこから踏み出したとしてもまた、その道には難と易があるということです。
この「菩薩の道」の難を、ここでは「勤行精進のもの」だと、こういうふうに言われています。この「勤行精進のもの」を、先ほどの延長線で言えば、つまりはこの違和感に対して何か意義を持っている人であり、そのことについて「勤行精進のもの」だとこう言われていることになるわけですが、それでは、その次の「菩薩の道」の易についてはどのように書いてあるでしょうか。それが「信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者あり」ですね。これはいったいどういうことでしょうか。とにかく阿惟越致の前の「疾く」という字はすごく短い間にという意味です。一応このことは覚えておいてください。
で、この菩薩については、「地相品」にも書いてあります。「凡夫人の未だ無上道心を発せざるあり、あるいは発心する者あり、未だ歓喜地を得ざらん。この人諸仏および諸仏の大法を念ぜんと、必定の菩薩および希有の行を念じて、また歓喜を得ん」内容が難しくて詳細は説明できませんが、まず初めの「未だ無上道心を発せざるあり」のところは、この人は凡夫人ということですね。だから未だ無上道心を発していないものだと書いてあります。
次に「あるいは発心する者あり」と書いてあるでしょう。この人が菩薩のことですから、菩薩として「無上道心を発する者あり」です。しかし「未だ歓喜地を得ざらん」人ですね。この菩薩のことを「菩薩の道」の難だと言われていることになります。「地相品」にはもうひとつあります。それが「菩薩初地を得ば、その心歓喜多し」です。このことが「易行品」では「菩薩の道」の易のところになるので、つまりは、この「菩薩の道」の易とは初歓喜地の菩薩のことです。
そして「地相品」で言われている無上道心を発心するものが、「易行品」の「勤行精進のもの」ですから、初歓喜地の菩薩のことを、「易行品」では「信方便の易行をもって疾く阿惟越致に至る者」だと、このように言われていることになります。この初歓喜地の菩薩のことは『十住毘婆沙論』の中で、菩薩とその人の特定な関係をもって表現されていますので、「易行品」でその関係性をこのように顕されたことになるでしょうか。
それで一応ここまでにしておいて、ぼくはこれまでに一つ問題があると思っていまして、先ほどから言っております「世間の道に難あり、易あり」で、ひょうたん島の譬えを出しました。そしてこの「世間の道」の「難」とは、この私の「世間」である小島しか知らずに、その中をぐるぐると歩きまわっている人だと言いました。それに対して「易」とは、この私の「世間」について、たとえそれが意識にまで上がらないとしても、何処かで言い知れない不安感を持っている人のことだと言いました。
しかし、もしも、このことが「易行品」の「易」について的を射ているのなら、その次の「菩薩の道もかくのごとし」にすっと繋がらないと思うわけです。この「世間の道」の「易」の説明が、何やらボヤっとして中途半端なんですね。そう思いませんか。なら、それは的外れではないか、と、こういうことになるのですが、これ、どういうことかと言いますと、「地相品」では「菩薩の難」とは「発心するもの」ですから、発心する動機がそこにある訳です。曇鸞大師の『論註』にこの『十住毘婆沙論』が載っています。おそらく同じ処だと思います。
「謹んで龍樹菩薩の造られた『十住毘婆沙論』をひもといてみるに、次のようにいわれている。菩薩が不退転を求めるのに二種の道がある。一つには難行道、二つには易行道である。」『論註』では「菩薩が不退転を求めるのに」と、いきなり菩薩の難行道易行道から始まりますが、「易行品」の初めでは「仏法に無量の門あり」です。ぼくはこれを「仏法に無量寿の門あり」と読みました。そしてその次が「世間の道に難あり、易あり」となっています。『論註」にはここがないわけですね。だから『論註』の「陸路の歩行」は菩薩の難行道のとこであり、「水道の乗船」は菩薩の易行道のことだとすっきりしています。
ところが「易行品」では、ここのところが「世間の道に難あり、易あり」となっているので、それをこうして説明しようとすればすごく中途半端になるのですね。そうするとこの「世間の道」の「易」のところが宙に浮いているわけです。「陸路の歩行」は何とか理解できるが「水道の乗船」との違いが分からない、と、こういう事だろうと思いますが、実はこの宙に浮いている場所にこそ、この「易行品」の始めの、「仏法に無量寿の門あり」の言葉があるのではないかと考えています。
でも、親鸞聖人はこの行巻で、「入初地品」「地相品」「浄地品」を通されて、そのままこの「易行品」を顕そうとされているわけですから、ぼくのような訳の分からないことは考えておられないと思いますよ。すっきりと「易行品」までを通されているはずです。しかし、ひょっとしたら、わざとそういうふうにされているかもしれない。
問題はこちらの方です。これは純度の問題であって、こちらの純度が粗悪だから、そこにさまざまに不純物が混ざっているわけですね。だからすっとそこが通らない。それでも、ここで言われている「世間の道に難あり」は何とか理解はできる。しかしこの私という存在が、どこか底が抜けていて、地に足が着いてないような、漠然とした不安があるということ。つまり自分の存在のありように自信がないということですが、実はそこに不純物がいっぱい混ざっているのではないかということですね。
私たちは物心ついてから今日まで何をしてきたかといいますと、いろんな経験をしてきましたね。しかしそれは考えてみれば、他人との比較ではなかったですか。そうしないと自分の経験がどのくらいのものか分からないでしょう。当然そこには優劣が生れます。優越感と劣等感ですね。しかし優越感や劣等感といってもひとそれぞれ千差万別です。強い人もいればさほど感じない人もいるでしょう。しかし全くない人はいないのではないでしょうか。
私たちの生きている社会がこういう優劣の世界だから、そこを生きて行くには、この優劣の思いからは逃げられないですよ。そういう私たちに、生きて行くための気持ちの持ちようが何かあるなら、それは自分に自信を持つということでしょう。そのために一生懸命になっているのかもしれないですね。そういう中においてもなお、今、この私の生活範囲に、どこか地に足が着いてないような不安なものを感じているということ。それは私のこの優劣の感情よりももっと深い、心の底から来るものですから、たとえどんなに生活が充実しているとしても付いてくる感覚ですね。いま生活が充実しておられる方がここにどのくらいおられるのか知りませんが、そうでない方ならなおさらではないでしょうか。
それで話を戻しますと、「菩薩の道」の難の菩薩を「発心する者」と言われていますから、その菩薩は、そこに発心する動機があるわけです。しかし「未だ歓喜地を得ざらん」菩薩であると言われています。これを「易行品」には「勤行精進のもの」だと端的に表現されていることになります。それでは今度は、私たちの立ち位置ですが、いったいその何処にあるのかということですね。そうするとやはり、それは今のこの私の「世間の道」にあり、その「易」においてであると、こういうことになるのではないかと思うのです。そしてその私の「世間の道」の「易」において、ここに「仏法に無量寿の門あり」と述べられている、と、そういうことかなと受け取っています。
行巻その④ 龍樹(十住毗婆沙論)Ⅲ
令和7年9月23日 秋彼岸会より 「浄地品」
今回は『十住毘婆沙論』の「浄地品(ぼん)」です。短い引用なので全文を載せています。まず読んでみましょうか。
「また云わく、「信力増上」はいかん。聞見するところありて、必受して疑いなければ「増上」と名づく、「殊勝」と名づくと。問うて曰く、二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり。今の説なにものぞ、と。答えて曰く、この中の二事ともに説かん。菩薩初地に入ればもろもろの功徳の味わいを得るがゆえに、信力転増す。この信力をもって諸仏の功徳無量深妙なるを籌量(ちゅうりょう)して、よく信受す。このゆえにこの心また多なり、また勝なり。深く大悲を行ずれば、衆生を愍念すること骨体に徹入するがゆえに、名づけて「深」とす。一切衆生のために仏道を求むるがゆえに、名づけて「大」とす。「慈心」は、常に利事を求めて衆生を安穏す。「慈」に三種あり。乃至」
まずこの「浄地品」の感想ですが、何がどうなっているのかサッパリ分かりませんでした。当然自分の至らなさでありますが、自分なりに悪戦苦闘していろいろと考えました。今日はその結果をここでお話しします。それでは始めます。
それではまず最初の「また云わく」から。これは前回の「地相品」を「また云わく」ということですね。じゃあその「地相品」には何が書かれていたかといいますと、「初歓喜地の菩薩」のことが書いてあります。だからこの場合の「また云わく」は、初歓喜地の菩薩について「また云わく」と、こういうことになります。
それからもうひとつ、この「浄地品」の途中に「今の説なにものぞ」というヵ所があるでしょう。この「今の説なにものぞ」に今回は焦点をあてて話を進めて行こうと思っています。つまりこの「今の説」が、この中の何処を指しているのだろうか。この観点から「浄地品」に入ることにします。
これは普通に読めば、この「今の説」は、その前の「問うて曰く、二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり」のことだと思いますが、しかしながらそのつもりで読んでも、どうも前後の繋がりがないように思えまして、腑に落ちないわけですね。この「問うて曰く、二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり」の方が、どちらかといえば唐突に出てくる気がするわけです。
そのことをふまえながら、最初のところから読んでみますと。「また云わく、信力増上はいかん、聞見するところありて、必受して疑いなければ「増上」と名づく、「殊勝」と名づくと。」これが初めのところですね。そして「問うて曰く、二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり」ですね。そしてその次に「今の説なにものぞ」と、こういうふうに続いているわけですが、この「今の説」がこの中の何処を指しているのか。
それでまず「信力増上」ということですが、この「信力増上」には二つの顔があるということでしょう。そのひとつが「増上」です。そしてもうひとつが「殊勝」ですね。だから初歓喜地の菩薩のとき、「信力増上」は「増上」と「殊勝」というふたつの顔があるということになります。
そうすると、この文をもう少しかみ砕くと、初歓喜地の菩薩のとき、「信力増上」という徳がある。その徳をよく理解して、しっかり受け取り疑いがないなら、この「信力増上」は「増上」と名づけ、また「殊勝」と名づけるのだ、と、こういう事になるのではないかと思います。
「勝」というのは、これは仏の方のことで、仏の勝れたはたらきを言いますから、ここで言われている「殊勝」も同じく仏の方のはたらきのことをいいます。しかもそれは殊に勝れているということですね。そうするとこの「信力増上」とは、仏の方の、それも殊に勝れた「増上」であるということになります。
それから、次に「問うて曰く」です。ここに「二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり」があります。ここでは「二種の増上」だと言われいて、そのひとつが「多」であり、もうひとつが「勝」ですね。
ではこの「多」は何かというと、おそらく「地相品」の、初歓喜地の菩薩の徳である「多歓喜」のことでしょう。その「多歓喜」がここでは「多」と省略されていることになりますが、この「多」が「二種の増上」の一つですね。そして二つめが「勝」です。「信力増上」の方は「増上」と「殊勝」で、「二種の増上」の方は「多」と「勝」です。
それではまず「二種の増上」から話すことにしますが、この「二種の増上」にはまず信力という字が抜けていますね。「地相品」の方には、初歓喜地の菩薩の徳を多歓喜と言われていましたが、ここでは「多」と言われていて、その「多」は「増上」すると言われているわけですね。そしてまた、そのとき「勝」の方も増上する。つまり仏のはたらきの方も増上している、と、こういうことになります。
「多歓喜」はより「多歓喜」へと増上し、その時に「勝」はより「勝」へと増上する。ではこの「多歓喜」を「地相品」でどのように説かれていたかということですが、要約すれば、まず多歓喜は初歓喜地の菩薩のときの徳であるということですね。そして、その徳とは何かといえば、諸仏の世界を顕していて、その地を歓喜地といい、その歓喜地に念ずる諸仏の全一人称の相を見る。このこともって多歓喜であるということだと思いますが、それに加えて、この「浄地品」には「多」は増上すると、このように多歓喜の増上する相を言われていることになります。
そのときもう一つの「勝」は、この「多歓喜」の増上する相を仏の方から顕したものだと思うわけですね。つまり初歓喜地の菩薩のとき、諸仏の徳である多歓喜は増上し、仏の慈悲もより増上し深くなる、と、あえてここに「深く」と付け加えておりますが、このようになるのではないでしょうか。つまり「多」はより増上し、「勝」はより深くなるということですね。そうするとこの「二種の増上」は動的であるということになります。
だから、ここで言われている「多」は「増上」する「多」ですから、初歓喜地の菩薩のときの「多歓喜」は増上するのであり、そのとき仏のはたらきもまた増上していると、このように言われるわけでしょう。さて、そこで疑問ですが、この「信力増上」の「殊勝」と、「二種の増上」の「勝」とではどちらが勝れているでしょうか。
「浄地品」のはじめのところに、「「信力増上」はいかん。聞見するところありて、必受して疑いなければ」と書いてあります。ここに「疑いなければ」とあるでしょう。そして今ここに「信力増上」の「殊勝」に疑問がある。つまり疑っているわけですね。するとここにちゃんと書いてあります。
もう一回言いますが、この「信力増上」に疑いがないなら、「信力増上」は「「増上」と名づけ、「殊勝」と名づく、です。そしてその次が「問うて曰く」ですから、ここに疑いがあると書いてある。それがこの「問うて曰く」ですね。こういうふうになると、「今の説」がこの文のいったい何処を指しているのかといえば、それは初めの「「信力増上」はいかん。聞見するところありて、必受して疑いなければ「増上」と名づく、「殊勝」と名づくと」のところですね。
そして今、ここにも疑いがある。その疑いが何かといえば、この場合は「二種の増上」の「勝」と、「信力増上」の「殊勝」の違いは何ですか、と、こういう疑問ですね。「信力増上」に疑いがないならいいが、この説に疑いが生じているわけですね。お分かりのように、こちらも無理やり「問い」をつくりました。
そこでまず「信力増上」に「聞見するところありて」と書いてありますね。「聞見」とはよく理解してと読むのだと思いますから、そのことをよく理解して、そしてしっかりと受け取り、疑いがないならば、それは「「増上」と名づく、「殊勝」と名づくと、このようになるわけです。
「浄地品」では、唐突に「問うて曰く、二種の増上あり、一つは多、二つは勝なり」です。こちらは「二種の増上」までを読んでみて、「問うて曰く」、「殊勝」と「勝」との差別化は何ですかといっていることになります。反対に、「信力増上」という「今の説」に何も疑問がないなら、初歓喜地の菩薩のとき、その「信力増上」を聞見し、必受して疑いがないからだ、と、こういうことにもなるでしょうか。
しかし今ここに疑いがある。だから「信力増上」の「今の説」にこちらも疑問が起きているわけです。で、その疑問とは何かといえば、それは「殊勝」と「勝」の差別化は何故かということですね。だから他にも疑問はあると思いますよ。しかし、少なくとも今、ぼくにはそういう疑問がある。そしてこの疑問について次に「答えて曰く」です。
きっと他にも疑問があるはず。この文の「二種の増上あり」もその疑問のひとつでしょう。しかしそれらについても「答えて曰く」ということになりますから、疑問はいろいろあるが、しかし「答えて曰く」からはみな同じだという、実に不思議な文章になります。そしてその答えが、次の「この二事ともに説かん」ですね。そうすると、ここにまた新たな問題が出てくるわけです。
「この二事ともに説かん」の二事とは何か。このどこにその「二事」があるのか、と、こういう問題ですね。普通に考えるなら、この二事とは「信力増上」と「二種の増上」の事になりますが、しかし、一応この「二事」については、しばらくそのままにして先に進みたいと思います。
「菩薩初地に入ればもろもろの功徳の味わいを得るがゆえに、信力転増す」。まずここでは「信力増上」が「信力転増」に変わっています。それで、この「菩薩初地に入れば」とは、初歓喜地菩薩のときをそう書いてあるのでしょう。すると、初歓喜地の菩薩のとき、「もろもろの功徳の味わいを得るがゆえに」とこのようになり、そのときの「もろもろの功徳の味わい」を、この「浄地品」には「信力増上」だと言われているわけですから、ここに言われているもろもろの功徳とは「信力増上」の「増上」と「殊勝」のことになるでしょう。
それでは、この初歓喜地の菩薩のときのもろもろの功徳を、今度は「地相品」の方に見てみると、まず初歓喜地の菩薩のとき、その菩薩の地は諸仏が現前する多歓喜の地であるということでしたね。それをここでは「多」と言われています。そして「多」はまた「勝」であると。この二種の増上する相(すがた)が、初歓喜地の菩薩の功徳の味わいであるとこのように言われています。
初歓喜地の菩薩のときの徳を、「浄地品」では「信力増上」だと言われていてますが、今話しているのは「地相品」の「二種の増上」のことを話しているわけですね。ここに「信力増上」と「二種の増上」が重なってしまいます。そこで、私たちがこれまで見てきたのは、そのどちらの方かと言えば、それは「地相品」の「二種の増上」の方ですね。それを「浄地品」では「多」と「勝」といわれていて、動的に顕されています。
「浄地品」では、まず「信力増上」です。そうすると考えられるのは、初めに「浄地品」とは何かが書いてある。で、それは「信力増上」ということだと、このように初めに措いてある。だから「「信力増上」はいかん」です。そしてこの「信力増上」を「聞見するところありて、必受して疑いなければ「増上」と名づく、「殊勝」と名づくと」このようになります。それでは唐突に現れた「問うて曰く、二種の増上あり」はいったい何処から来たのかといいますと、それは、前の「地相品」の、初歓喜地の菩薩のときを背景にしている。そして「問うて曰く」です。
「地相品」からすれば「二種の増上」は「多」と「勝」だと。だから「浄地品」の「信力増上」の「増上」と「殊勝」という「今の説」はなにものぞ、と、このように読むのだろうと思います。他にも「浄地品」についての読み方があるでしょうね。真偽はともかくとして、先を読みながら考えて行くことにします。
それで、次に「信力増上」が「信力転増」に変わっていますね。この「信力増上」は転増する「信力増上」だと、このように言われていますが、ここに「転増」という新しい言葉が登場するわけです。意味としては前の信力増上と違うということでしょうか。
「信力増上」の本質はそのまま、しかし前とは違うということですから、するとそれは前後の問題です。この前後の問題が次の文になります。「諸仏の功徳無量深妙なるを籌量(ちゅうりょう)して」のところです。ここに「深妙」という言葉が新しくあります。この「深妙」の意味は、妙なる仏力によってより深まっていくということでしょう。
「信力増上」の本質は同じです。しかし深さが違う。その深さに諸仏の無量功徳の深妙さを見るということ。この深妙なる功徳無量を、殊勝なる仏力である、つまり殊に勝れた阿弥陀仏の力によるのだと籌量する。籌量とは数え思い計るということだそうです。だから、この諸仏の功徳無量の深妙を、初歓喜地の菩薩のとき、その時々に思い計るということですね。「ますます深まっていくなぁ」と諸仏の功徳無量を思い計るということになります。この殊勝なる仏力である阿弥陀仏のはたらきを、初歓喜地の菩薩のときに信受する。このことを「諸仏の功徳無量深妙なるを籌量して、よく信受す」とこう述べておられるのではないでしょうか。
さて、ここでまた問題です。どうもこの「浄地品」は問題だらけでありまして、よく問題が出てきます。それで、問題です。この「もろもろの功徳無量」を信受するのは誰ですか。
初歓喜地の菩薩のとき、諸仏の功徳無量を、殊に勝れた阿弥陀仏の力だと信受する人がそこにいることになりますね。それがその次の「このゆえにこの心また多なり、また勝なり」のところになりますから、この文は「このゆえにこの(人の)心また多なり、また勝なり」となって、「この心」に(人の)を入れます。そうすると信受する人がそこにいることになります。この(人の)心とは、つまりは人の心ですから、人の心であるがゆえに、その心は煩悩の心です。しかし「信力増上」は初歓喜地の菩薩のときを言うのであり、これは仏の方の出来事なのですね。
それでおさらいをします。「家清浄」のこの菩薩、この人の初果を地にするとき、この菩薩を初歓喜地の菩薩だとこのように言われます。この初歓喜地の菩薩のとき、そのとき「この人」の心は煩悩の心でありながら、初歓喜地の菩薩の「信力増上」である功徳無量深妙を籌量する。その(人の)心もまた「多なり、また勝なり」です。
だからこのときの「多」と「勝」は、初歓喜地の菩薩のときに、この(人の)心も同時に含んでいることになります。まあ、これでいいのかどうか分かりませんが、今のところそういうことだと思っている次第です。それで、この功徳無量深妙を籌量するとは、この(人の)心においても、その時々の深さが違うということですね。そしてまた「地相品」では、初歓喜地の菩薩のとき、諸仏の功徳無量は、そのまま諸仏全一人称の心でありましたが、「浄地品」では、この功徳無量深妙の阿弥陀仏の宇宙観を、さらに動的に述べられようとしていると、そういう事ではないでしょうか。
そして、ぼくはこの事が「信力増上」の一事だと思っていまして、そうするともう一事が残っていることになります。それでは次に「深く大悲を行ずれば、衆生を愍念すること骨体に徹入するがゆえに、名づけて「深」とす。」に入ります。
ここに「深」という字があります。愍念(みんねん)はより深い慈しみという意味だそうです。すると、この「深く大悲を行ずれば、衆生を愍念すること骨体に徹入するがゆえに」というのはどういうことになるでしょうか。ぼくはこの「骨体に徹入する」というヵ所に注目しています。骨体ですから骨の問題です。骨体と身体とでは表現は似ていますが、何故骨体なのかに拘っています。骨体に対しては身心ではないか。つまり身体において身心と骨体です。その中の「骨体に徹入す」と、このようになります。
私たちは普段、頭が良いとか悪いとか言っていますが、これは要するに脳の良し悪しを言っているわけですね。頭が良いからといって、性格も良いとは限りません。頭が良くてもずる賢い人もいます。頭は回転次第で良くもなり悪くもなる。そして私たちの生活は、そのまま人間の集合体ですから、さまざまな人間関係の中で生きているわけですね。まあ、それでも頭が良いにこしたことはありませんが、ここで言いたいのは頭の良し悪しではなくて、骨である頭蓋骨の問題です。
でもね、頭を単に頭蓋骨と見て、それを自分の人生に直結される人はそうはおられないでしょう。頭蓋骨が小さかったら小顔になるわけです。それで生き方が多少変わるかもしれませんが、だからといってそれを頭蓋骨のせいだとは言わないわけですね。考えてみれば、頭蓋骨と脳は触接に繋がっているでしょう。直接といっても間に間膜はありますが、脳は内臓であり頭蓋骨は骨です。この脳と頭蓋骨の関係をもっと広げると、私たちの身体は、片方では身心として心に繋がりながら、同時に骨と繋がっているわけでしょう。そしてその身体がまるごと周囲の環境にあり、私たちの生活、そして人生になっています。
私のこの身体は体脂肪や内臓の調子によっても心に関わりますよね。体調が悪ければ気持ちも悪くなる。同じように骨が折れたら大変です。要は私の身体は身心にも骨体にも関わりながら、周囲の環境に身をおいている。そして、心はその中でいろいろと動きながら、今こうしてそれぞれが生きていることになります。
話は変わりますけど、臓器移植の問題はかなり前からありますね。ノーベル文学賞を受賞されたカズオ・イシグロ氏の作品「わたしを離さないで」は、臓器移植のために英才教育されたクローン人間の物語でした。クローン人間として生まれ、臓器移植という宿命を背負わされながら、人間として恋愛し、そして臓器移植の現実を突きつけられていくという問題作品でした。この臓器移植の問題は形を変えて今でも多く問題視されています。反面、IPS細胞のような万能細胞の時代にも入ってきました。人間の尊厳と生命は一丁目一番地の問題であることは変わらないと思います。
それで、この臓器ということですが、臓器にも人の心はあるのか。不慮の事故で夫を亡くした妻が、夫の臓器が他人に移植されていくときに、その臓器に夫のいのちを見ていく。このようなことをささやかれたことがあったでしょう。脳が心の全てだと考える人の方が少ないかもしれない。どこか身心という、内臓や肉体にも心は宿ると考えておられる方も多いのではないでしょうか。身体における身心が、このように心と肉体の関係をいうならば、それでは身体における骨はどうだろうということですね。
骨は確かに肉体の一部です。しかし身心のように、心が骨にも関わっていると考える人はそんなにはいないでしょう。最近は膝の手術がすごくよくなったと聞きます。人工関節ですね。骨は内臓と違い、どこか物として見ている。しかし骨もまた幼児から青年へと成長して、老人へと脆くなっていきます。それでもなお心と内臓の関係とはどこか違う。骨もまたその人としての身体でありながらも、どこか物との関係があるのではないですか。
それでは、心を意識とした場合にはどうなるでしょうか。これすごく難しいですね。意識といっても、無意識をも範囲に入れた意識ですから、これだけでも難しいわけですが、とにかく心を意識とした場合、まず直観をいいます。この直観という言葉を意識の一番初めとして使います。目でいえば網膜にそれが映っているとき、つまり脳に伝達するとき、と、このようになるかなと思いますが、ただそれだけのことです。このときを直観といいます。これ、五感の目・耳・舌・鼻・皮膚すべて同じですが、目はそれをそのまま映しているから、直観はこの視覚において言われていると思います。
だから、ただそこにある映像感覚のときということですね。これを直観と言い、この直観から意識が生れていくようすを見ていく。哲学にはこういう思考方法があります。カントはこの直観のところに悟性という概念を持ってきます。そして悟性に意識が生れる根源を見ていきます。仏教の場合にもこのような直観はありますが、カントのような意識のはじめに悟性という概念はなくて、この直観を、映すものと映されるものとの関係として見ます。そして映す方を身体に措き、映されている方を心とする。このとき映す方を器や鏡に例えたりします。
この関係の外に私がいて、そしてそれを見ているという関係ではありません。そういうことではなくて、突き詰めればということですね。そのとき心は、ただ「映すものと映されるもの」の関係であるということです。この関係のとき、鏡に映されているのは、その人の心そのものですから、その心は煩悩だといいます。しかしこの場合の煩悩は、普段私たちが考えるような煩悩とは違います。では何故同じように煩悩という言葉を使うのかといいますと関係があるからです。
それで鏡が澄んでいれば、映る煩悩もはっきりと映るというわけですね。「明鏡止水」をよく言われますが、調べるといろいろと書いてありますね。例としては「何の邪念もなく、静かに落ち着いている心の状態」。また「一つの心境」などと書いてあります。このような鏡と心の関係を見ていくのが仏教の基本だと思いますが、この『十住毘婆沙論』に出てくる初果というのも、この鏡と心の関係だと思いますね。つまり心と身体の問題です。
この心と身体の関係は、『観経』の「定善観」によく顕れていて、善導大師は「水想観」にこの鏡と心の関係を顕しますが、もともと『観経』は心と身体の関係を深く見ていくもので、そこに阿弥陀仏の浄土を顕していきます。
『観経』は、まず韋提希にまつわる事件から始まるわけですね。お釈迦様が「定善観」をお説きになるきっかけが、韋提希の「光台現国」のところです。そのとき、韋提希はお釈迦様の眉間から放たれた光の中に、諸々の諸仏の国土を見せられます。そして韋提希はお釈迦様に懇願します。この辺りを「光台現国」といいます。そして「世尊、このもろもろの仏土は、また清浄にしてみな光明ありといえども、我いま極楽世界の阿弥陀仏の所(みもと)に生れんと楽(ねが)う。唯(やや)願わくは世尊、我に思惟を教えたまえ、我に正受を教えたまえ」と『観経』は続きますが、「定善観」の発端にこの韋提希の「光台現国」がある。この「光台現国」と初歓喜地の菩薩とが深く関係していると、親鸞聖人はそう見ておられるのではないかと、ずっと考えているわけです。
それで、この初歓喜地の菩薩のときとは、これは(家清浄)の「この菩薩、その人の初果を地にしたとき」ということですから、この場合の初果もまた、鏡と心の関係によるのだということでしょう。ただ初歓喜地の菩薩にはこの「映すものと映されるもの」の関係に納まりきれないものがある。この「浄地品」で言われている「増上」の動的もそのひとつですね。
善導大師は「定善観」の「水想観」で、この鏡と心の関係を顕しておられますが、初歓喜地の菩薩という名称はありません。また「水想観」は「定善観」のまだ初歩的なところです。しかしまあ、このことは今後の展開にまた出てくると思いますのでこのくらいにして、とにかくこれらは心と身体の関係である、と、そういう事だと思います。
しかし、身体にはもうひとつ骨体の関係を持っているということですね。じゃあこの骨体とは何か。それが身体における骨と物の関係だということですね。ここで言う物とは、哲学的に言えば「物自体」という言い方になると思いますが、心は身心にあるから、それぞれの心にあります。しかし骨体は骨と物との関係でもあります。心はそれぞれの心の問題ですから、その人の心から出ることはありません。だから、心と身体といった分け方では心と身体は離れません。しかし骨と物との関係は、私という個体に限定されない。だから骨体というのは、心と身体の関係を超えていて、物へと深く、そして広く関係しているということではないでしょうか。
この骨と物の関係をもって、初歓喜地の菩薩のとき、阿弥陀仏は「深く大悲を行ずれば、衆生を愍念すること骨体に徹入するがゆえに、名づけて「深」とす。一切衆生のために仏道を求むるがゆえに、名づけて「大」とす。」と、このように言われるのですから、この「骨体に徹入する」とは、初歓喜地の菩薩のとき、阿弥陀仏は浄土に凡夫と諸仏の関係を開きながら、その凡夫と諸仏の関係とともに、一切衆生をも包みいれるという、阿弥陀仏の深い大悲を、この「浄地品」で顕そうとされているのではないでしょうか。そして、このことが二事のもう一つの事であると思っています。
行巻その③ 龍樹(十住毘婆沙論)Ⅱ
令和7年5月25日 永代経法要より
(地相品)「問うて曰く、初歓喜地の菩薩、この地の中にありて「多歓喜」と名づけて、もろもろの功徳を得ることをなすがゆえに、歓喜を地とす。法を歓喜とすべし。何をもって歓喜するや。 答えて曰く、「常に諸仏および諸仏の大法を念ずれば、必定して稀有の行なり。このゆえに歓喜多し」と。かくのごとき等の歓喜の因縁のゆえに、菩薩、初地の中にありて心に歓喜多し。「諸仏を念ず」というは、然燈等の過去の諸仏・阿弥陀等の現在の諸仏・弥勒等の将来の諸仏を念ずるなり。常にかくのごときの諸仏世尊を念ずれば、現に前にましますがごとし。三界第一にして、よく勝れたる者ましまさず。このゆえに歓喜多し。」
今回のテーマは地相品です。ご覧のように引用されている地相品は問から始まります。それで、前の入初地品を受けての問だと思いますから、まず入初地品の最後のところを少し見ておきます。「この菩薩所有の余の苦は、二三渧のごとし。百千億劫に阿耨多羅三藐三菩提を得といえども、無始生死の苦においては、二三の水渧のごとし。滅すべきところの苦は大海のごとし。このゆえにこの地を名づけて「歓喜」とす。」
入初地品の最後のところですが、ここに「滅すべきところの苦は大海の水のごとし」とあります。この大海のことを前回は、これは家清浄の「この菩薩」のいのちのフィールドということではないかと言っておりました。フィールドというのは陸上競技場でいえばトラック内の競技場だそうで、走り幅跳びや高跳びなどの競技場のことだそうですね。
また学問の世界では、その学問における活動分野とか活動領域ということになります。それで「この菩薩」のフィールドといえば、「この菩薩」の活動領域ということになるかなと思います。だから、入初地品の「大海の水のごとし」の大海は「この菩薩」が活動する領域だと言っていることになります。それを大海という器に表現される。
では、この大海の水とは何か。これは凡夫の煩悩の量だと思います。この大海の水が初歓喜地の菩薩において無量のいのちとなり、その無量のいのちは諸仏の領域となる。こういうことかなと思っていますが、まずこの大海の水といわれる領域とは何かというと、過去をどこまで遡ろうとも、また未来をどこまで見渡そうとも、それは量り知ることができない時間と広大さであるということでしょうね。
この初歓喜地の菩薩において、大海の水は無量のいのちとなり現前し、その無量のいのちは、過去そして未来の諸仏が輝いている、と、こういう世界観を表現されているのではないでしょうか。
最近、年寄りになって、といっても、別に急に年寄りになったわけじゃありませんが、年を取るとフト考え込むことがありますね。普段、体力の衰えが気になるので運動もしたりするわけですよ。そんな中でも、体力が衰えなければ、ボケなければとかじぁなくて、何かこう、それでも時間は刻々と過ぎていくわけですから、そんな中に、この老ということについてフト思うわけです。その先の答えが見えない。
自分の老や死を認めたくないために、ただ先延ばしをしているに過ぎないのかなと、そんな気持ちがフトよぎるのですね。やっぱり、この年齢というのは自分を現実に戻しますね。そんなに時間は残っていないかなぁということですかね。そんな中で、何かこう、自分の命を貫いていくような仕事というか、そういう自分にも納得できるものがあれば、これはこれで救われるような気がするのですよ。
自分のいのちを貫き、そして超えていくもの、そういういのちの中に、自分のいのちもあるというのは、この老ということにおいてすごく有難いなぁと思うのですね。若いうちは老人なんて遠い先のことでした。皆さんも同じでしょうが、過ぎたらアッという間ですね。この一人のいのち、つまり煩悩の海に生きる無力な我が身が、そのまま「この菩薩」のフィールドとなり、そこに初歓喜地の菩薩の無量のいのちが展開する、そういうことかなと思う時があります。
それで、「地相品」のこの問ですが、まず初めに「初歓喜地の菩薩」とありますね。この初歓喜地の菩薩というのは、前回まで遡らなくてはなりませんが、端折って言えば、「家清浄のこの菩薩」が「かくのごとき人」の初果を地にするときに「初歓喜地の菩薩」である、と、このようになるのだろうと思っています。だから「初歓喜地の菩薩」とは、「この菩薩」と「かくのごとき人」の初果とに関係が生じていることを、「初歓喜地の菩薩」とこう表現されていると読んでいるわけです。
で、その次に「地相品」には「法を歓喜すべし」と書いてありますね。ではこの法というのは何でしょうか。ぼくには正直言って分りませんが、とにかくこれは私の意識では捉えることが出来ないものだということではないでしょうか。その法というのを、ここでは初歓喜地の菩薩は歓喜すべきであると、このように言われているのかなと思います。だから、歓喜地というのもまた、本来、法が歓喜されるべき地なのでしょうね。
でも、このように初歓喜地の菩薩は法を歓喜すべきだといわれても、そのこと自体がよく分からないわけです。だから、そのことをつべこべ言いう事は出来ませんが、それでもあえて推測したらどうなるか。それでこれはおそらく、本来この法は私の意識では捉えることはできないけれど、そこに歓喜地という地をもって、そしてその歓喜すべき法を現わす。そこに捉えることが出来ない法を直感する。仏教の言葉を使うと、法を感得する、とまあ、そういうことかなと思います。
それで話を戻しますが、この初歓喜地の菩薩のとき、この煩悩の大海に、現在・過去・未来の三界があるわけです。それは初歓喜地の菩薩が見る煩悩の大海であるから、そこには初歓喜地の菩薩が見る現在・過去・未来の諸仏の相(すがた)をも顕しているということでしょう。
そこで、ここにまた問があります。「「諸仏を念ず」というは」というところですね。そしてこの答えが「然燈等の過去の諸仏・阿弥陀等の現在の諸仏・弥勒等の将来の諸仏を念ずるなり」と、このように書かれています。しかしこれ、すごく不思議な表現ですね。
そこでまず、ここで注目すべきなのは「等」という字でしょう。この「等」の字の使い方がいったい何を指しているのか。これはもう独断と偏見で述べるしかありませんが、この「等」の字を中心にしてこの「諸仏を念ず」のところを見ていくと、次の「常にかくのごときの諸仏世尊を念ずれば、現に前にましますがごとし」と書いてありまして、どうもこの辺りにそのヒントあるような気ましますね。まずこの文には「等」の字は付いていません。以後も出てきません。
そこでまず結論から言いますと、この「等」の字は何かということですが、これは、つまりは全一人称のことだと思うわけです。全一人称なんて言葉があるか知りませんが、そういうことかなと思います。で、この「等」とは、全初歓喜地の菩薩の全一人称の主観を見たてた表現だと思いますが、この場合は「現に前にましますがごとし」と書いてありますから、主観というよりも現象といった方がいい当てた表現ではないでしょうか。
そうすると、まずこの一人称とは何かということですが、それはそれぞれの初歓喜地の菩薩が見る、それぞれの現在・過去・未来ということでしょう。だから、この「諸仏を念ず」に少し言葉を加えてみます。すると、初歓喜地の全菩薩が「「諸仏を念ず」というは」という言葉になります。
そして、そのとき三界は「然燈等の過去の諸仏・阿弥陀等の現在の諸仏・弥勒等の将来の諸仏を念ずるなり」ですから、ここにはそれぞれの初歓喜地の菩薩が見る無量のいのちに、過去・現在・未来の諸仏の相(すがた)を見るということでしょう。その中でも注目するのは「阿弥陀等の現在の諸仏」です。
この阿弥陀等の等は、そのまま阿弥陀仏が複数述べられていることになりますが、要は、それぞれの初歓喜地の菩薩の阿弥陀仏ですから、つまりは初歓喜地の菩薩の分の阿弥陀仏です。そしてここに言われている現在の諸仏こそ、初歓喜地の菩薩の見る阿弥陀仏の浄土であり、その浄土の相(すがた)である諸仏の世界だということでしょうか。
初歓喜地の菩薩のとき、過去に浄土の諸仏を見る。これが然燈等の諸仏である。然燈等ですから、それぞれの諸仏がしっかりと輝いている。そして将来には、それぞれの弥勒がこの然燈等の諸仏を担ている。このような現在・過去・未来の諸仏を、初歓喜地の菩薩はそれぞれに念ずるのだということではないでしょうか。
だから、初歓喜地の菩薩の分だけの阿弥陀仏となるわけで、初歓喜地の全菩薩は、無量のいのちにおいて、その何処においても、過去・現在・未来の諸仏の相を見るということになり、このように「「諸仏を念ず」というは」のような、不思議な表現になっているのだと解釈しております。
「問うて曰く、凡夫人の未だ無上道心を発せざるあり。あるいは発心する者あり、未だ歓喜地を得ざらん。この人、諸仏および諸仏の大法を念ぜんと、必定の菩薩および稀有の行を念じて、また歓喜せん、と。初地を得ん菩薩の歓喜と、この人と、何の差別あるや。答えて曰く、菩薩初地を得ば、その心歓喜多し。諸仏無量の徳、我また定んで当に得べし。初地を得ん必定の菩薩は、諸仏を念ずるに無量の功徳有す。我当に必ずかくのごとき事を得べし。何をもってのゆえに。我すでにこの初地を得、必定の中に入れり。余はこの心あることなけん。このゆえに初地の菩薩、多くの歓喜を生ず。」
「地相品」の二番目の問と答えです。
この問いに「この人」とありますが、「この人」とはいったい誰のことでしょうか。前回の「入初地品」では「ある人」のことでした。今回は「この人」の問題です。
それで、この問いでは、「この人」と初地を得ん菩薩の歓喜の違いは何かということになっています。それでまず、「この人」の前にある「未だ無上道心を発(おこ)せざるあり」のところですが、それをここでは凡夫人だと言われています。そして次に「あるいは発心する者(ひと)あり」ですね。この「発心する者あり」が「この人」のことだと思います。そしてその「この人」は、「未だ歓喜地を得ざらん」という「この人」のことですね。
そうすると「この人」とは誰かいえば、無上道心を発心しているが、未だ歓喜地を得ていない「この人」ですね。そして「この人」は「諸仏および諸仏の大法を念ぜんと、必定の菩薩および稀有の行を念じて、また歓喜せん、と。」願う「この人」のことです。そこでまず、「凡夫人」と「この人」の違いは何かとうことがありますね。そして「この人」と「初地を得ん菩薩の歓喜」の違いは何かということです。
家清浄の「この菩薩」が「かくのごとき人」の初果を地にしたとき、初歓喜地の菩薩といい、その地を歓喜地という。このことをここでは「初地を得ん菩薩の歓喜」と簡潔に述べられていることになりますが、そうすると、「この人」とは、未だ歓喜地を得ないが、諸仏および諸仏の大法をすでに知っているということになりまして、そしてまた必定の菩薩や稀有の行を念じて、歓喜を得ようと願う「この人」です。
その「この人」と「初地を得ん菩薩の歓喜」に何の差別があるかというのがここの問だと思います。そして答えが「菩薩初地を得ば、その心歓喜多し」です。
ここでおさらいですが、家清浄の「この菩薩」が「かくのごとき人」の初果を地にするとき、初歓喜地の菩薩といい、そしてそれは多歓喜であるということでしたね。そして何故この地が多歓喜であるかといえば、菩薩のいのちは無量であり、その無量のいのちには諸仏を念ずる歓喜と功徳があるということでした。
ここにある初果を前回では菩薩ではないと言っていましたが、菩薩の十位にはないということだと思います。もっと下位にあります。要するに菩薩としては未熟だということですが。しかし何故未熟だとするのでしょうか。これはおそらくですが、初果ということが基になっていて、そこに菩薩が登場する。つまり菩薩はこの初果に常に立っていて、その初果を未熟として、より完成度の高いものへと行ずる人のことを菩薩と、このように言われるのではないかと思うわけです。まぁ、ぼくがそう思っているだけですから、これも独断と偏見です。
するとつまり、「この人」というのは、初果に立っていて、そして必定の菩薩および稀有の行を念じて歓喜を得んとする「この人」のことになります。しかし、もしこういう事なら、これは考えようによっては、「この人」とは仏教でいう菩薩のことですから、その必定の菩薩や稀有の行を念ずとは、これはそのまま菩薩が歩む仏道のことでしょう。
話は変わりますけど、この初果ということですが、仏教ではそう名付けているわけですね。でもこれは仏教に限ったものではなくて、本来は人間の深い部分をいい当てたものだと思うのですよ。
最近はずっと原典読みに明け暮れていますが、聖典も含めて行間を読むことに始終しています。ここにいったい何が表現されているのか、じっと目を凝らしてその行間を眺めるわけです。悪戦苦闘のすえ、何か知らんが少しずつそこに文字が浮かんでくる。この試行錯誤の連続です。それでこの初果ということも、おそらく行間に散りばめられているだろうと探すわけですが、なかなか読み取れないのが実情です。
しかし、その初果を端的に現したところがあります。『観経』の「光台現国」のところです。『観経疏』ではここのところを「まさしく世尊、夫人の広く浄土を求むることをもって、如来すなわち眉間の光をを放ちて十方の国を照らし、光をもって国を摂し、頂上に還来して化して金台となる、須弥山の如(ごと)し。如の言は似たり、須弥山に似たり、この山腰は細く上は闊(ひろ)し。所有仏国並びに中において現ず。種々不同にして荘厳異あり。仏の神力のゆえに了々分明なり。韋提に加備して、ことごとくみな見ることを得しむることを明かす。」と、善導大師は言われています。
「須弥山の如(ごと)し」のところですが、「如の言は似たり、須弥山に似たり、この山腰は細く上は闊(ひろ)し」と書いてありますね。深い意味は分かりませんが、光台現国の須弥山の表現が何となく中途半端でしょう。「如来すなわち眉間の光を放ちて十方の国を照らし、光をもって国を摂し、頂上に還来して化して金台となる、須弥山の如(ごと)し」のこの須弥山の如(ごと)しが、すごく中途半端だと思いませんか。
お釈迦様が眉間から光を放たれて、韋提希に諸仏の国土を現わされたところですね。ここのところを善導大師は『観経疏』にこのように書いておられます。それでまず初果というのを、どこでそう思うのかというと、まず「仏の神力のゆえに了々分明なり」のところです。韋提希自らが見たとは言わずに、如来が「加備して、ことごとくみな見ることを得しむる」と書いてあります。そして「ことごとくみな見ることを得しむる」ですね。
この、ことごとくみな見るというのは、ときどき出てきますね。覩見という言葉もこの意味になると思いますが、『無量寿経』では、法蔵菩薩が世自在王仏のみ前で諸仏の国を覩見したとあります。韋提希の場合は「須弥山のごとし」です。この如しを「如の言は似たり、須弥山の似たり」ですから、それは須弥山とちょっと違うぞということでしょう。この本物じゃないぞという感覚は何か分かりませんが、ここに初果ということを見るのかなと思っています。
西洋哲学などでは、このように行間を読むようなことは、おそらく無いと思いますが、その代わりに論理がすごくて、これでもかというぐらいに言葉を構築する。だから行間を読む難解さはないにしろ、論理そのものが難解である。どちらがどうだということではありませんが、そういう苦労話もありますよと言いたかったわけです。
それで、初果というのが、人間の深い部分を言い当てたものだとすると、それは仏教に限ったものではなくて、西洋哲学などでも深く関わっているのだと考えられるわけです。このブログでもそのことを少し述べたものがあります。また、現代の科学の領域では、量子力学の分野で、龍樹(ナーガル・ジュナ)その人が注目されています。論理物理学者カルロ・ロヴェッリは、彼の著書「世界は関係でできている」の中に、龍樹(ナーガル・ジュナ)を次のように言っています。
「西洋哲学のかなにも、これと似た方法をおずおずと目指す直観がないわけではない。しかしナーガル・ジュナの視点は徹底している。ありきたりな日常の存在を否定せず、むしろ逆に、複雑なそれらをまるごと、さまざまな階層や側面も含めて考えに入れる。日常的な存在を研究することも、探求することも、分析することも、より基本的な項に帰することも可能だ。しかし、とナーガル・ジュナは主張する。究極の基層を探すことに意味はない。ナーガル・ジュナと、たとえば現代の構造的実在論との違いは明白だ。現在流通している自著に「すべての構造は空である」と題する短い章を付け加えるナーガル・ジュナの姿を、簡単に思いうかべることができる。構造は、ほかのものを組織化しようと考えたときに限って存在する。ナーガル・ジュナに倣っていえば、構造は対象に先立つのではなく、対象に先立たないわけでもない。先立ちかつ先立たないわけでもなく、最後に、どちらでもないわけではない。
(中略)
ナーガル・ジュナのおかげで、関係抜きでは語れない量子について考察するための圧倒的な概念装置が手に入った今、わたしたちは、自立的な本質という要素が存在しない相互依存を考えることができる。じつは、互いに依存しているからには ― ここがナーガル・ジュナの主張の鍵なのだが ― 自立的な本質のことはいっさい忘れなければならないのだ。」
で、また話を戻します。「この人」と「かくのごとき人」に違いですが、「この人」は、つまりは菩薩を行ずる人ですね。これに対して「かくのごとき人」は、家清浄の「この菩薩」が「かくのごとき人」の初果を地にするとき、つまり初歓喜地の菩薩のとき、「この菩薩」と「かくのごとき人」の関係にある「かくのごとき人」の方です。
お分かりのように、「この人」のことを説明した菩薩と、家清浄の「この菩薩」との使い方が違いますね。家清浄の「この菩薩」のことはいずれ分かってくるのかなと思いますがまだ分かりませんので、このまま「この菩薩」という名にしています。それで、ここに二つの事柄があることになります。一つは「この人」の菩薩の行ずる道です。もう一つは「この菩薩」が「かくのごとき人」の初果を地にするときの初歓喜地の菩薩です。
それでまず、「この人」と初地を得ん菩薩の歓喜に何の差別があるのかということですね。その答えが「菩薩初地を得ば、その心歓喜多し」ですから、つまりは「この人」はまだ初地を得ていないということです。
最後にここまでの感想を少し述べようと思いますが、この初歓喜地の菩薩は初果において二面性があるということでした。初果を地にした「この菩薩」と「かくのごとき人」の関係が初歓喜地の菩薩を生みながらも、「この菩薩」と「かくのごとき人」の関係はそのままである。これを自己流に表現すれば、まず初歓喜地の菩薩は、仏の方で家清浄の「この菩薩」であり、凡夫の方で「かくのごとき人」である。この仏の方と凡夫の方が、初果において表裏一体でありながら交わらない。このような関係ではないかと思っているわけです。そして、凡夫の方で「かくのごとき人」は大海の水のごとき煩悩の海となり、仏の方で、家清浄の「この菩薩」は、無量のいのちに三界の諸仏を現前する。未消化のままですがこのようになるのだろうかと思います。
行巻その② 龍樹(十住毘婆沙論)Ⅰ
令和7年3月20日 春彼岸会より
「しかれば、「南無」の言は帰命なり。「帰」の言は、至なり。、また帰説(よりたのむ)なり、設の字、税の音(こえ)、また帰設(よりかかる)なり、説の字は、税の音(こえ)、悦税二つの音は告ぐるなり、述なり、人の意(こころ)を宣述(のぶ)るなり。「命」の言は、業なり、招引なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計(はからう)なり、召(めす)なり。ここをもって、「帰命」は本願召喚の勅命なり。「発願回向」と言うは、如来はすでに発願して、衆生の行を回施したまうの心なり。「即是其行」と言うは、すなわち選択本願これなり。「必得往生」と言うは、不退の位に至ることを獲ることを彰すなり。『経』(大経)には「即得」と言えり、『釈』(易行品)には「必定」と云えり。「即」の言は、願力を聞くに由って、報土の真因決定する時剋の極促を光闡せるなり。「必」の言は、審(あきらか)なり。然(しからしむ)なり、分極なり、金剛心成就の貌(かおばせ)なり。」
これは、教行信証の行巻途中にある御自釈です。予定としてはまだ先になります。でも、ここまでを一つの区切りにしているので、無事にたどり着くかどうか分かりませんが、とにかくこの御自釈を目指して読んでいくことになります。
それでまず、この御自釈の感想を少しだけ述べてみたいと思いますが、まず、南無阿弥陀仏の「南無」は音写ですから、意味は「帰命」ということである。その「帰命」を、「帰」と「命」とに分けてあります。もうすでにこの辺りからよく分からない訳ですね。それでこれをもっと立体的に出来ないものかと考えていまして、この文から少しだけ抜き出して、視野を広げてみたいと思います。
「「帰」の言は、至なり。また帰説(よりたのむ)なり、説の字、悦の音、また帰説(よりかかる)なり、説の字は、税の音、悦税二つの音は告ぐるなり、述なり、人の意を宣述(のぶ)るなり。」
この文には、まず「「帰」の言は、至なり。」と書かれています。そして「帰」は帰説(よりたのむ)であり、説の字は悦の音(こえ)で、帰説(よりかかる)ということであり、これらは人の意(こころ)をしっかりと述べたものである、と、まあ、これでいいのでしょうか。
そこで、まずこの「至」が、その意(こころ)よりも深く、それこそ何か根本的なものを指しているとするなら、帰説の帰は、その根本(よりたのむ)のだということになるでしょうか。そして帰説の説は悦であり、(よりかかる)ということである、と、このようになるかなと思います。
「帰」をこのように言われていることになりますが、しかし普通に考えてみても、この帰命の帰も命も称えるこちらの問題でありますから、それ以上に何かあるのかということですね。しかし、ここでは帰はまず至であると言われます。すると、この至は何かということから考えなければならない訳です。
それで、この「至」を、さきほど私の存在よりも深く、それこそ何か根本的なものではないかと言いました。するとこの「帰説(きえつ)の帰」は、称える私の意よりも深く、何かその根本に至るところ(よりたのむ)ということになり、「帰説(きさい)の説」は、悦であり、その根本に(よりかかる)ことへの表現だということになるでしょうか。
このように読んでいくと、まず帰は至であるということ。そして、それは私たちが普通に考えているよりも何か深い意義があるということですね。そしてこの帰は帰説であり、よりたのむと、よりかかるの二つのことを言われている。
しかし、この「至」を、私の存在よりもっと深く、何か根本的なものだと言いましたが、それが何なのかも分からない訳ですし、またそれでいいのかどうかも定かではないのですね。だからこの時点では「至」とは何か分からないままですが、とにかくこのことを念頭におきながら読んで行かなければなりません。
今回から、この御自釈へ向かって歩きだすことになりますが、親鸞聖人はここに七高僧から龍樹菩薩、天親菩薩、曇鸞大師、道綽禅師、善導大師の五人の高僧を挙げておられます。だからこれらを通らなければたどり着けないのですね。出発ぐらいは元気に行きたいものですが、はたして無事にたどり着くかどうか。とにかく始めたいと思います。
それでは今回から龍樹菩薩を見ていきます。龍樹菩薩は西暦二世紀から三世紀に活躍された方です。詳細はよく分かっていないと言われています。それでも八宗の祖であり、日本仏教のすべての宗派の祖だとも言われます。多くの論書が残されていながらも、龍樹菩薩ご自身のものか不明なものも多とのことです。その中で今回の「十住毗婆論」は龍樹本人の論だと言われているものです。
聖人はこの「十住毘婆沙論」から四ヵ所を引かれておられまして、それが「入初地品」「地相品」「浄地品」「易行品」です。この四品をもって聖人は何を言われよとされるのか、そのお心は何かということです。
それではまず「入初地品」から始めます。「この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに、過咎あることなけん。世間道を転じて出世上道に入るものなり。「世間道」をすなわち「凡夫所行の道」と名づく。転じて「休息(くそく)」と名づく。凡夫道は究竟して涅槃に至ることあたわず、常に生死(まよい)に往来す。これを「凡夫道」と名づく。「世間道」は、この道に因って三界を出ずることを得るがゆえに、「出世間道」と名づく。「上」は、妙なるがゆえに、名づけて「上」とす。「入」は、正しく道を行ずるがゆえに、名づけて「入」とす。この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づく、と。」
文のはじめに「この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに」とありますね。この「家」は「家清浄」のことです。この文の前に書いてあります。
「「入初地品」に曰く、ある人の言わく、「般舟三昧および大悲を諸法の家と名づく、この二法よりもろもろの如来を生ず。」この中の般舟三昧を父とす、また大悲を母とす。(中略) 家に過咎なければ家清浄なり。 (中略) 般舟三昧・大悲・諸忍・この諸法清浄にして過(とが)あることなし。かるがゆえに「家清浄」と名づく。」
この続きが「この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに、過咎あることなけれん。世間道を転じて出世上道にいる・・」になります。
この「家清浄」ですが、これについては後程考えることにしまして、まずは「この菩薩、この諸法をもって家とするがゆえに、過咎あることなけん。世間道を転じて出世上道に入るものなり。「世間道」をすなわち「凡夫所行の道」と名づく。転じて「休息」と名づく。」のところから考えてみましょう。
そこでまず、この「家清浄」の菩薩が世間道を転じて出世上道に入る。そのとき「世間道」は「凡夫所行の道」に転じられる。それを「休息」と名づく、と、このように読んでいきます。
この菩薩、世間道を転じて出世上道に入るですから、まずは世間道がここにあることになります。一般論でもかまいませんが、何処の誰々の世間道だということの方が分かりやすくなるでしょか。それで、その誰かの世間道が転じられるということ。では、どのように転じられるかといえば、出世上道に入るということだ。
「凡夫道は究竟して涅槃に至ることあたわず、常に生死(まよい)に往来する。」要約すれば、凡夫道はつまるところ涅槃には至ることはない。何故ならまよいから出られないからである。これが「世間道」ですね。これに対して「出世上道」に入るとは、この「世間道」が「凡夫所行の道」に転じられるということであり、そしてこれを「休息」とも言う。
それでは、この菩薩とはどのような菩薩か。世間道を転じて出世上道に入る菩薩である。そのとき「世間道」は「凡夫所行の道」となり、これを「休息」とも言う。この菩薩が出世上道に入ることに因って「世間道」は生死(まよい)を出ることを得る、だから「出世間道」と名づける。
自己流の解釈ですが、おおよそ、こういうことかなと考えています。そして、この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づくですね。だからここまでの内容は初めからずっと「家清浄」の菩薩が書かれていることになります。そしてまた同時に「休息」は単に休むということではなくて、凡夫所行の道を見出すということであり、それを「休息」と言われている。そして休息には時間の短さを表現されているような気がする。この時間の短さはあえて付け足しています。
簡単にまとめると、「家清浄」の菩薩、「世間道」を転じて「出世上道」に入る。そのとき「世間道」は「凡夫所行の道」となり、この心をもって初地に入るを歓喜地という。
それで、次は問になっています。「初地、何がゆえぞ名づけて「歓喜」とするや、答えて曰く、初果の究竟して涅槃に至ことを得るがごとし。菩薩この地を得れば、心常に歓喜多し、自然に諸仏如来の種を増長することを得。このゆえに、かくのごとき人を「賢善者」と名づくることを得」。これが「歓喜」の答えです。
それでまず、ここは初地がなぜ歓喜なのかという問いですね。答えは「初果の究竟して涅槃に至ることを得るがごとし」です。すると、「菩薩この地を得れば」ですから、まず、この菩薩は「家清浄」の菩薩のことですね。この菩薩がこの地を得れば、初果はきわめて優れ涅槃に至を得るがごとしである。「ごとし」とは「何々のようだ」ということでしょう。涅槃に至るとは書いてないのですよ。面白いですね、しかしこれどういうことでしょうか。
そしてまた、後の文では「初果を得るがごとし」と書いてあります。しかしここは、「初果の究竟して」ですから、初果のことです。そして次が初果を得るがごとしです。では、初めも初果のごとしかといえば、初果と書いてあります。不思議な文ですね。
そこでまず、この文言の間にあるのが「心常に歓喜多し。自然に諸仏如来の種を増長することを得」になりますが、ここはごとしではありません。
つまり初めは初果であり、次が諸仏如来の種の増長です。しかしその次は「初果を得るがごとし」となっているようですね。つまり初果はこの諸仏如来の種の増長と何か関わっていて、その増長とは何かといえば「初果の究竟して涅槃に至ことを得るがごとし」である。この増長は、その度ごとに「諸仏如来の種を増長することを得」である。ただ、この増長は、時間の延長に観た場合と、断片的であり、なおその度に増長しているという場合があると思うのですよ。
断片的とは、結果としたら増長していることになるが、それは断片的であるということ。つまり不連続の連続であるということになるでしょか。そうしたら、まず初果であり、その次もまた初果である。そのそれぞれの初果に「心常に歓喜多し、自然に諸仏如来の種を増長することを得」ということである。その時は「心常に歓喜多し、諸仏如来の種の増長することを得」のである、と、このようになるかもしれません。
では、この後の「初果を得るがごとし」は何でしょうか。まず初果は断片的であり、時間の短さであるということなら、この「初果の究竟して涅槃に至を得るがごとし」の時と、次のその時に間があります。この間こそがその人の「世間道」であり「凡夫所行の道」だということではないでしょうか。だからこれは初果というよりも凡夫所行の道でありますから、この道は初果を得るがごとき道であるということでしょう。
そこで、「入初地品」の初めですが、「ある人の言わく」とありました。次が「家清浄」の菩薩です。そしてこの菩薩、「世間道」を転じて「出世上道」に入るですね。この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づく、です。そして、菩薩この地を得れば、かくのごとき人を「賢善者」と名づく、と、こういうことになっています。
で、この心をもって初地に入るを「歓喜地」と名づくですから、この心の主語は、「家清浄」の菩薩でしょう。すると普通なら初地の菩薩、世間道を転じて出世上道に入る、そのとき世間道は転じられて出世間道の地を得る。これが初地の菩薩の心である。この菩薩の地を歓喜地と名づく。このような言い方が出来るかも知れませんね。しかしこれ、これまでの全体を見たら変わってきます。
まず、初果というのは難しくて説明が出来ませんが、次の初地を何故歓喜と名づけるのかというところです。この答えが「初果の究竟して涅槃に至ことを得るがごとし」ですので、この場合、初果の究竟して涅槃に至るとは、いったい何を指しているのかということすね。
仏教では、初果はまだ未熟であり菩薩の位ではありません。この初果が究竟して涅槃に至ることを得るがごとしですから、つまりは、初果でありながらも、それはきわめて優れていて、涅槃に至ることを得るがごとしだと書いてあることになります。
ここに少し言葉を付け加えてみます。すると、この菩薩、この地を得れば(かくのごとき人)、心常に歓喜多し、(その歓喜は)自然に諸仏如来の種を増長す、と、まず、このように読みます。すると、この地とはかくのごとき人の初果です。菩薩がかくのごとき人の初果に地を得ればとなりますから、菩薩が得る地はかくのごとき人の初果ですね。そのときかくのごとき人、心常に歓喜多しとなるでしょう。
しかし、ここでは菩薩この地を得ればとなっていますので、菩薩の心常に歓喜多しですね。そして、かくのごとき人の方は菩薩ではなくて「賢善者と名づく」です。
そこで、ここまでを簡単にまてめると、まず初めが、「ある人の言わく」です。そして「家清浄」の菩薩、その次が「かくのごとき人」ですね。それで「ある人」と「かくのごとき人」にそれぞれ固有名詞を入れてみます。教巻の沿っていくと、この「ある人」はお釈迦様、つまり釈尊のことになります。だから「ある人の言わく」は「釈尊の言わく」です。
釈尊はこう言われた。「家清浄」の菩薩が、かくのごとき人の初果を地にするとき、この菩薩とかくのごとき人は「心常に歓喜多し、自然に諸仏如来の種を増長することを得」。このときの、かくのごとき人を賢善者と名づく。こういうふうに読んで行くと、この「かくのごとき人」とは阿難尊者になります。教巻は釈尊と阿難の出遇いです。
「釈尊はこう言われた。阿難よ、汝は未熟である。しかしこの菩薩が汝の初果を地にしたとき、初果は究竟して涅槃に至ることを得るがごとくである。と、そのとき、この菩薩と阿難は心常に歓喜多くして、自然に諸仏如来の種を増長することを得た」と、まあ、このようになるのではないかと思いますが、どんなものでしょうか。
次に、この初地を得己(おわる)を「「如来の家に生る」と名づく」と、このように書かれています。この己(おわる)ですが、これはどういうことでしょうか。これはおそらくいのちが終わるのでしょうね。つまり一生を終えたとき、この菩薩もまた初地を得己(おわる)のですね。しかし、これまで観てきたのは、このようないのちの終わりではなかったと思います。それは断片的な連続の増長でありました。だからこの得己とは、その一つひとつの断片が己(おわる)のことであり、その一つひとつにおいて、この菩薩とかくのごとき人は初地を得己(おわり)「如来の家に生る」と解するべきではないでしょうか。しかしまた、「凡夫所行の道」においては、その人の一生のいのちが終わるときに「如来の家に生る」ことを成就するということも含まれているわけです。
そこでこの「入初地品」の終わりのところに興味深いことが書いてありまして、「この菩薩所有の余の苦は、二三の水渧のごとし。百千億劫に阿耨多羅三藐三菩提を得といえども、無始生死の苦においては、二三の水渧のごとし。滅すべきところの苦は大海の水のごとし。このゆえにこの地を名づけて「歓喜」とす。」これをどう読めばいいのですかね。
この前文にそのヒントがあります。「一毛をもって百分となして、一分の毛をもって大海の水を分かち取るがごときは、二三渧の苦すでに滅せんがごとし。大海の水は余の未だ滅せざる者のごとし。二三渧のごとき心、大きに歓喜せん。」
この一毛をもって百分となすは何か。百分を百回としたら、一毛の百回分、一生かけて百回、大海の水を取ったとしても、それはほんの少しだけであり、大海の水は未だ滅することがないこのと同じである。この二三渧ような心、大きに歓喜せん。
これに対して、この菩薩です。この菩薩はかくのごとき人と同じ場所にいながらも、また、菩薩のフィールドがある。このフィールドこそ無始生死の苦であり、たとえ菩薩が百千億劫に阿耨多羅三藐三菩提を得といえども、菩薩の滅すべき苦は大海の水のようなものである。「このゆえにこの地を名づけて「歓喜」とす。」
意味内容を詳しく述べることは出来ませんが、文脈とすればこのように読めるかもしれませんね。で、この文脈を見たら、まず一人のいのち、そして菩薩のいのち、この二つが言われていることになります。するとまず、一人の生身の人間がいるでしょう。その人は生身の人間でありながら、同時に菩薩のいのちも生きていることになります。そしてこの大海の水のごとき苦は、菩薩にとってそのまま歓喜多きいのちの量である。
だから、この大海の水のごとき苦とは、おそらく凡夫の量でしょう。煩悩に苦しむ凡夫の量、つまり過去現在未来の全ての凡夫の量であり、凡夫の煩悩の量ではないかと思ったりします。この凡夫の煩悩の量は、そのままが菩薩の歓喜である。このようになるのではないでしょうか。これで「入初地品」を終わります。
『行巻』その① 諸仏称名の願より
令和6年12月1日 御正忌報恩講から
「顕浄土真実行文類二」
「謹んで往相の回向を案ずるに、大行あり、大信あり。大行とは、すなわち無碍光如来のみ名を称するなり。この行は、すなわちこれもろもろの善法を摂し,もろもろの徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。かるがゆえに大行と名づく。しかるにこの行は、大悲の願より出たり。すなわちこれ諸仏称揚の願と名づく、また諸仏称名の願と名づく、また諸仏咨嗟の願と名づく。また往相回向の願と名づくべし、また選択称名の願と名づくべきなり。
諸仏称名の願
『大経』に言わく、設(たと)い我仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して我が名を称せずば、正覚を取らじ、と。已上 また言わく、我仏道を成るに至りて名称十方に超えん。究竟して聞こゆるところなくは、誓う、正覚を成らじ、と。衆のたえに宝蔵を開きて広く功徳の宝を施せん。常に大衆の中にして説法獅子吼せん、と。抄要」
・・・・・
今日から教行信証の行巻のところを話すことになります。勉強方々と思って始めた教行信証の読み方ですが、縁あって、こうして当寺の法要で話しています。原稿書きから法話といささか時間に追われていますが、おかげ様で法要でこのように聞いていただけるのは有難いことです。この教行信証の読み方はすでに証巻と教巻を通してきましたが、それをいまさら違う話し方に変えようと思っても無理だろうと思います。もう少しましな話が出来ないものかといつも考えます。しかし、これもまた自分の個性だろうとも思い、表現の仕方については言い訳しまいと、一応心に留めております。
それで、とにかくこれまで読んできた感想をまず述べるとするなら、すごく難解であります。自分がそれをどれだけ消化できて話しているか、そしてその内容が的を得ているかどうかと、いろいろと悩み、思いを巡らして準備をしてきました。今回もそのつもりで準備をしていますが、この行巻はかなり長文でありまして、行巻全体を観ながら話すことが出来ません。それで、それぞれの部分を読み進めながら全体を眺めて行こうと思っています。それが出来るかどうかは別にしても、まとらずお聞き苦しいことがあるかと思います。とにかく精一杯背伸びして話すことにしていますので、何とぞお許し願いましてお聞きいただければ幸いです。
それでは、今回から行巻を読んでいきます。長丁場になりますので宜しくお願い致します。そして先ほど読みました行巻の始めの文ですが、まず読んでみて、そして分からない訳です。「謹んで往相回向を案ずるに、大行あり、大信あり。」と書いてありますね。その次に「大行とは、すなわち無碍光如来のみ名を称するなり」といわれていて、この行は、もろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具している、極速円満であり真如一実の功徳宝海である、と、このように続きます。それをこういうことだから大行というのだということですね。
で、初めに往相回向に大行と大信がある、そしてその次に、大行だけを取り上げて説明をされているでしょう。そこのところを読むと「この行は、もろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり」ですね。そしてそれは極速円満しているということです。極速というのはほんの短い時間を言うのではないですか、だからそれは短い時間であり円満していると言われている。そしてまた、そのことは真如一実の功徳宝海であるとも言われています。で、これはいったい何を言われているのか。
それからまた「かるがゆえに大行と名づく」ですから、いったいこの全体で何を言われようとするのか皆目分からない訳です。次に「しかるにこの行は、大悲の願より出たものであるから、諸仏称揚の願と言い、諸仏称名の願という、諸仏咨嗟の願と名づける。そして往相回向の願と名づけ、選択称名の願と名づけると幾つもの願を並べておられますが、まず大悲の願より出たりと言われ、そして願文が羅列されている、その初めの三つが諸仏称揚の願、諸仏称名の願、諸仏咨嗟の願です。
で、どうもここで一回区切っておられるようでありまして、そしてまた「往相回向の願と名づくべし、また選択称名の願と名づくべきなり」と、このように続いているのではないか。はたしてこのような分け方が正しいのか分かりませんが、自分にはそう読めるわけですから、ここで区切られていることを切り口にしてこれらのことを考えてみようと思います。
すると、まずこの行巻の初めが「謹んで往相の回向を案ずるに、大行あり、大信あり」です。その後にその大行とは何かを述べられて、その後に幾つもの願文を挙げておられますが、その中の諸仏称揚の願と諸仏称名の願と諸仏咨嗟の願を取り上げて、まずはこの願文が大行の願であると言われているのではないかということですね。
それでは、その次の往相回向の願と選択称名の願は何かといいますと、初めの「謹んで往相の回向を案ずるに大行あり、大信あり」の所に戻るような書き方をされているのではないか。つまり、まず三つの願文を得てから、そして最初に戻る。そうだとすると、往相回向の願の次の最後の願文である選択称名の願がこの行巻の最終的な願文ということになります。このように考えている訳ですけども、この事が一体どういうことなのかまだ分かりませんし、混乱している訳です。しかしとにかく、これらの事を念頭におきながら先に進んで行きたいと思います。
それでまず、今回は諸仏称揚の願、諸仏称名の願、諸仏咨嗟の願の方を考えていきますが、そこで最初に押さえなければならないのは「大行とは、すなわち無碍光如来の名を称するなり」と言われていて、次にその行が大行である所以を述べられている。それが、もろもろの善法や徳本が具せられていて、そして極速円満し真如一実の宝海であるからだということですね。
この事がどういうことなのか。とにかくこの行は大悲の願より出ているから、諸仏称揚の願といい、諸仏称名の願という、そして諸仏咨嗟の願と名づける、とこのようになっています。そこで、まず初めに諸仏称揚の願について見ていくと、揚は下から上に移動させるという意味だそうで、つまりは下から上に揚げることですから、何か持ち揚げるという事でしょう。
するとこの諸仏称揚の願は「大悲の願より出たり」と言われていて、その大悲の願より出て何かを持ち揚げる願である。つまり無碍光如来の名を称することによって、称揚という、ひとつの相を持っているということ。そしてその相とは何かといえば、「揚」という形である。つまり諸仏称揚の願は、諸仏称名の願の相を顕していて、その相とは「揚」という形である。
そこで、前回の教巻で学んだ中に、群萌という言葉がありました。「釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群萌を拯い、恵に真実の利をもってせんと欲してなり」つまり、お釈迦様が生涯をかけて説かれた教えを明らかに説き示せば、「群萌を拯(すく)い、恵に真実の利をもってせん、と、欲(おぼ)してなり」とこのように言われています。
それでこの諸仏称名の願は何処に立っているのかというと、この群萌を拯うところに立っている。すると、諸仏称揚の願の揚が群萌を持ち揚げるという意味なら、群萌よりも深く、そして群萌をつつみ、弥陀大悲の中で浄土へと持ち揚げる願であると、このようなるかと思うのですね。このことをどのように考えていくのかまだ分かりませんが、とにかく初めの諸仏称揚の願は大悲の願と交差する願であり、そのことが諸仏称名の願の相のひとつ「形」を顕している。
それでは諸仏咨嗟の願は何かといえば、これも諸仏称名の願の相である。そしてこちらの相は諸仏称名の願の「中身」を顕している。この三つの願文をもって、次のステップである往相回向の願へと繋がっていく、と、このようになるのかなと考えているわけです。そして次に、行を改めて諸仏称名の願とだけ述べられます。
一応ここまでを見ると、行巻(顕浄土真実行文類二)はまず諸仏称名の願であると書いてあります。そして浄土真実の行であり選択(せんじゃく)本願の行であると最初で言われておりますけども、その諸仏称名の願が行巻の願文であると言われながらも、この諸仏称名の願の出し方が変ですね。幾つも願文が羅列されていて、その二番目が諸仏称名の願です。要は何故このような願文の羅列と順番があるのかということですね。しかし、変だと言われてもそんなに変だとは思わないでしょう。それは今そのことを説明しているから変だと思わないのであり、説明がなくていきなり見せられたらやはり変ですよ。
この諸仏称名の願は第十七願といわれているものです。願文を読むと内容は三番目の諸仏咨嗟の願になっています。「『大経』に言わく、設(たと)い我仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して我が名を称せずば、正覚をとらじ、と。」お分かりのように、これは諸仏咨嗟の願文です。つまり諸仏称名の願の相のひとつが諸仏称揚の願であり、もうひとつの相が諸仏咨嗟の願である。このように両方で諸仏称名の願を形と中身で顕していることになります。
そこで、この諸仏称名の願を読むと、まず『大経』に言わくと書いてある。「大無量寿経」を略して「大経」と書いてあります。前回の教巻では、この「大無量寿経」を「大」と「無量寿」に分けてその関係を話しました。それをまた、この「諸仏称名の願」でも同じように考えていいのかどうか。正直なところよく分かりませんが、「大無量寿経」を「大経」とまで強調されているかのように読めるものですから、これはやはり前回と同じように「大」と「無量寿」の関係を通して見た方がいいのかなと思っていましてね。
でも前回はそれなりの理由があって、それで「大」と「無量寿」の関係として、ちょっぴり無理に分けたつもりでいましたが、今回もはたしてそういう事でいいかどうか、正直少々とまどっています。しかし、とにかく真偽は後のお任せすることにして、引き続き前回と同じように「大」と「無量寿」の関係をもって先に進んでみることにしました。
そこでまずこの『大経』に言わくという事ですが、勿論これは「大無量寿経」に言わくですね。その『大経』の四十八願の第十七願が行巻の願文であるといわれる諸仏称名の願です。願文の中身は諸仏咨嗟の願です。「設(たと)い我仏を得たらんにに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して我が名を称せずば、正覚を取らじ、と。」
その次に「また言わく、我仏道を成るに至りて・・」と続いていますね。この文は四十八願を説かれた後に、法蔵菩薩が重ねて誓われるところの偈文ですが、そこから二か所を抜きだしておられます。「また言わく、我仏道を成るに至りて名称十方に超えん。究竟して聞こゆるところなくは、誓う、正覚を成らじ、と。」これがひとつ。もうひとつが「衆のために宝蔵を開きて広く宝を施せん。常に大衆の中にして説法獅子吼せん」ですね。偈文では別々ですが、親鸞聖人はこれを一緒にされています。そして最後の抄要の文字は親鸞聖人ご自身が付けられたのでしょう。
そこでまず、この抄要ということですが、これは一部分を抜きだして要だと言われるのですから、二つの文を一緒にして諸仏咨嗟の願のあとに付け加えられて、これらの文が第十七願と共に要であるということになるでしょうか。
それでは、この諸仏称名の願を「大」と「無量寿」の関係で見たときにどうなるのかということですが、第十七願の初めの「設い我仏を得たらんに」のところは、「あるとき、阿弥陀仏の浄土のとき、法性身が我が身を度外視して正直(まっすぐ)に阿弥陀仏へ成仏するとき」であり、そのときに十方世界の無量の諸仏は、ことごとく咨嗟して我が名を称せずば、正覚を取らじ、と、このようになります。
「咨嗟」というのは「嘆息して嘆くこと」だそうで、嘆息はため息をつくことですから、嘆きため息をつくことでしょう。しかし、この諸仏咨嗟の願における咨嗟は褒めたたえるとか称賛するという意味だと言われておりまして、辞書などで使われている咨嗟の意味とは違うことになっています。
例えば、親子の場合を考えて見ると、子供がハイハイから歩行へとうまく独り立ちができないときに、親は子供を見守りながら、あぁもうちょっとなのになぁと、嘆きため息をする。そしてその子がやっと上手く自分で立って歩き始めたとき、よくやったと子供を褒め称賛する。このような一連の流れを諸仏咨嗟の願に見ることができるなら、この咨嗟の意味も何とか分かる気がしますね。つまりこの咨嗟には諸仏の願いが込められているということになりますが、しかし、どうもすっきりしないですね。
この咨嗟を称賛の意味だとすると、「大」と「無量寿」の関係で見れば、阿弥陀仏の浄土のとき、法性身が我が身を度外視して正直に阿弥陀仏へ成仏するのに、十法世界の無量の諸仏が、ことごとく称賛して我が名を称えないならば、私は成仏しない、と、このようになりますが、それではこの十方世界の無量の諸仏が褒めたたえて我が名を称えるとは、いったい何を言われているのでしょうか。
この「大」と「無量寿」の関係は、次に「仏の方」と「凡夫の方」に分けて、その関係を見ることになりますが、この場合は「仏の方」が無量寿仏であり「凡夫の方」が群萌ということになります。すると、この諸仏咨嗟の願は、「仏の方」である無量寿仏が「凡夫の方」である群萌に向かって成仏することになりますが、ここでは阿弥陀仏の浄土のとき法性身は我が身を度外視して正直(まっすぐ)に阿弥陀仏へ成仏する、そのときに十方世界の無量の諸仏が咨嗟して我が名を称せずば正覚を取らず、と、このようになる。
そしてこのことを抄要の文に見ると、「我仏道を成るに至りて名称十方に超えん。究竟して聞こゆるところなくは、誓う、正覚を成らじ」とありまして、ここでは「名称十方に超えん」と言われている。次では「衆のために宝蔵を開きて広く功徳の宝を施せん。常に大衆の中に説法獅子吼せん」となっていますから、この十方とは衆であり大衆のことである。その十方の大衆の中で説法獅子吼せんです。これをまた「大」と「無量寿」の関係で見ていくと、これらはすべて「仏の方」の出来事です。「凡夫の方」はありません。
しかし「凡夫の方」のように見えるところがあるでしょう。しかしよく見ると、これは阿弥陀仏の浄土のときの、阿弥陀仏の成仏における諸仏の関係ですから、やはり「凡夫の方」ではなくてすべて「仏の方」です。つまりここには群萌はないのですね。
それでは「凡夫の方」である群萌の代わりとしていったい何があるか。それが「衆のために宝蔵を開きて広く功徳の宝を施せん。常に大衆の中にして説法獅子吼せん」の「衆」であり「大衆」です。これらは凡夫でもないし凡小でもない、まして群萌ではありません。だからここに言われている大衆とは、そのまま私たちであり、私たちの姿です。つまり一般大衆ということでしょう。その一般大衆の中で説法獅子吼せんです。そのとき大衆の中に説法獅子吼する諸仏を見る。
凡夫とは自らの自覚にあり、群萌はその自覚の深さにある。群萌が諸仏だということではありませんが、この群萌の姿こそ、諸仏が嘆きため息をし、そしてついには諸仏が称賛する諸仏咨嗟の願ではないかと思うのですね。しかしもうひとつの相、諸仏称揚の願では、一人の自覚である群萌より深く大悲と交差する。諸仏咨嗟の願では名称は十方に超えて、大衆の中で説法獅子吼せるがごとくである、と、このようになるのではないでしょうか。
親鸞聖人は『無量寿如来会』で、「かの貧窮において伏蔵とならん。善法の円満して等倫なけん。大衆の中にして獅子吼せん、と。」このように述べられています。貧窮は「びんぐ」と読みまして、貧しさの度合いが強まって追いつめられることをいうそうですね。するとここでは、心の貧しさが窮まって追いつめられている大衆の伏蔵となり、その大衆の中で説法獅子吼せん、と、このような意味になるかと思います。
このことをその次に「この義利をもってのゆえに、無量無数不可思議有無等等無辺世界の諸仏如来、みな共に無量寿仏の所有の功徳を称讃したまう」と述べられています。ご覧のように、ここではもう諸仏咨嗟の願には嘆きため息をするという意味は無くなっていて、諸仏がすべて無量寿仏の功徳を称讃したまうという意味になっているでしょう。
このことをまた「大」と「無量寿」の関係で見れば、あるとき阿弥陀仏の浄土のときに、法性身は我が身を度外視して正直に、「仏の方」である無量寿仏(阿弥陀仏)は、「凡夫の方」である群萌に向かって成仏する。そのとき、諸仏は貧窮の伏蔵となって、無量無数不可思議無有等等無辺世界に立ち、共に無量寿仏の功徳を称賛して、大衆の中で説法獅子吼する、と、このよのようになりますから、この諸仏称名の願は、一人の自覚である群萌より深く、この無量無数不可思議無有等等無辺世界に立っている願であるといわれているのでしょう。それで、親鸞聖人にとってこの無量無数不可思議無有等等無辺世界とはどんな世界観なのかと言うことですが。
それからこの群萌と諸仏の関係を少し話してみようと思います。おそらく群萌と諸仏はすごく近いのですよ。しかし群萌と諸仏は違いますね。つまり境涯が違う。群萌は何処までも凡夫です。諸仏ではありません。群萌とは一人の煩悩の自覚であり、その自覚の深さである。諸仏は群萌より深く何処までも広い。この二つの関係が諸仏称名の願で一つになる、そういうことかなと思っています。お気づきのように群萌はまだこの中にはありません。
次に『仏説諸仏阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経』(ぶっせつしょぶつあみださんやさるぶつだんかどにんどうきょう)と、聞きなれない経典があります。これは何だろうと思っていましたが、『無量寿経』の異訳である「大阿弥陀経」のことだそうです。「大阿弥陀経」と言わずに俗っぽい経典名を使われています。そこで、ここでもやはり「大」と「無量寿」の関係を述べよと言われている気がしましてね。本当のところは分かりませんが、とにかくそうすることにします。
すると、ここには「大」と「無量寿」の関係はありません。あえて言えば「大」が後ろに隠れている関係である。つまり法性身が後ろに隠れている。それで、とにかく何と書いてあるか。
第四に願ずらく、「それがし作仏せしめん時、我が名字をもって、みな八方上下無数の仏国に聞こえしめん。みな、諸仏おのおの比丘大衆の中にして、我が功徳・国土の善を説かしめん。諸天。人民・蜎飛・蠕動の類、我が名字を聞きて慈心せざるはなけん。歓喜踊躍せん者、みな我が国に来生せしめ、この願を得ていまし作仏せん。この願を得ずは、終に作仏せじ、と。已上」
この経文を一つひとつ押さえながら説明することはできません。それで、自分としては一応は冗長性が高いつもりでいますが、まあ単なる逸話というか、ちょっとした小話でもってこの経文の感想を話してみようかと思います。まず、この「八方上下無数の仏国に聞こえしめん」とは何か。八は方向、上下は時間とするなら、これはとにかくある時ある所であり、無数とはその誰でもがということでしょう。つまりいつでも何処でも誰でもが、この仏国に聞こえしめんです。仏国とはそのまま諸仏の国だと思いますから、そのときどきにそれぞれの凡夫にそれぞれの仏国があるということでしょうか。
でこの、いつでもどこでも誰でも仏国がある。まずここを押さえて、あるときある所に、例えば温泉まんじゅうがあるとする。お分かりのように名号を温泉まんじゅうと言い換えている訳です。ふざけた譬えだと思われるかもしれませんが、「大」が隠れているとはどういうことかというと、これはぼくは言葉の問題ではないかと思っていまして、「大」と「無量寿」の関係では、あるとき阿弥陀仏の浄土のとき、法性身は我が身を度外視して正直(まっすぐ)に群萌に向かって成仏する。しかしこの場合は、「大」は「言葉」に隠れていて、そこには言葉の名号(南無阿弥陀仏)がある。つまりその言葉(名号)に向かって法性身は我が身を度外視して阿弥陀仏へと成仏する。
「大」である法性身と言葉の関係ですが、ここではそれを「大」と「名号」との関係でもって顕そうとされるのではないかと思っているものですから、この関係性を単に言葉ということで説明するなら、まあ、このように温泉まんじゅうという、ちょっとふざけた風の譬えの方が考えやすいのではないでしょうか。それで、これは「大」と「無量寿」の関係というよりも、「大」と「言葉」の関係であり、つまりは「大」と「名号」の関係に見る言葉の問題ではないかと思います。
そこで、あるときそこに温泉まんじゅうをじっと見ている人がいた。そして、その傍らで様子を窺う者がいたとするでしょう。この様子を窺う者が皆さんであり主人公だと思ってください。で、そのある人は温泉まんじゅうを感慨深く見ていました。
その温泉まんじゅうには何か書いてある。「諸仏称名の願」と書いてある。まんじゅうの箱にも説明書きがあり「浄土真実の行 選択(せんじゃく)本願の行」と書いてある。その人はこの説明を読んでこのまんじゅうが浄土真実の温泉まんじゅうだと分かった。
説明書には効能も詳しく書いてある。「設い我仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して我が名を称せずば正覚を取らじ、と。また言わく、我仏道を成るに至りて名称十方に超えん。究竟して聞こゆるところなくは、誓う、正覚を取らじ、と。衆のために宝蔵を開きて広く功徳の宝を施せん。常に大衆の中にして説法獅子吼せん」とある。
その人はこの説明文も読んで、温泉まんじゅうの効能を理解して、そしてそのまんじゅうを食べた。すると店の主人が挨拶をしに来た。名札には「法蔵菩薩」と書いてある。そこでその人は、店の主人に「みごとなまんじゅうです、おそれいりました。」と話した。続けて「このまんじゅうの餡は群萌ですか」と尋ねた。すると店の主人が「はい、そうです」と答えた。
すると「この群萌の餡を支えている称揚シートがいいですね」と言いながら、また尋ねた。「それにしても群萌の餡を包んでいる皮の透明度がすごい、まるで餡に光沢すら見えます。これほどに完成されるとは、ご主人もさぞご修行を積まれたのでしょうね。」と聞くと、やや感動して「五劫の時間がかかりました」と主人は答えた。その人は「有難うございます、あなたのおかげでどれだけの人が救わるでしょうか」「そしてこのまんじゅうはどこか懐かしさがある。この不可思議な温泉まんじゅうはいつからここにあるのですか」と尋ねると、「すでに久遠の時が過ぎました、多くの方が食べていかれました」と、店の主人は答えた。
それをずっと傍らで見ていた者が、ふと気がつくと、自分の前にもその温泉まんじゅうが有るではないか。で、側でじっと見ていたので、自分もそれなりに何となく分かったつもりでいたが、説明書きも効能も一応読んだふりをした。また、まんじゅうの餡が群萌だとは聞いていたが何のことかよく分からないし、餡の実感もない。しかしとにかく食べてみるとそれなりに心地よく悪い気がしない。味はよく分からないにしろ、側で聞いていたのでそれなりにポーズをとって真似をしていたら、店の主人が出てきた、名札には「法蔵菩薩もどき」と書いてある。
今度は観光客が現れた。がやがやと話しながら店に入っては、それぞれがその温泉まんじゅうを頬張っている。まんじゅうにはすべて諸仏称名の願と書いてあるが、まったく見ていない。だから説明書など見向きもせずにがつがつと食べてがやがやと出て行った。「法蔵菩薩もどき」さえ出ず仕舞いである。
それでもそのごった返す人の波にもかかわらず、ほんのわずかだがこの温泉まんじゅうが気になった者がいた。ある者は店に帰って来る。そしてしげしげと温泉まんじゅうを見て、名称や紹介文を読んでいる。するとあることに気づく。そして「このまんじゅうはいつか食べたような気がします。いつからここにあるのですか」と尋ねる。
ここに登場するのは三種類の人にしています。これを「仏説諸仏阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経」に当てはめると、一人目が諸天、二人目が人民で三人目が蜎飛・蠕動の類のつもりです。
諸天の説明はできませんが、つまりは私よりも目利きが優れている人だということです。人民はそのまま自分であり、そして皆さんのこととして書いています。ここに蜎飛・蠕動(けんぴ・ねんどう)の類とあります。蠕動とは地にうごめく生き物だそうで、蜎はボウフラのことだそうですね。だから蜎飛・蠕動の類とは、その辺をくねくねして這いまわる虫か、飛び回る虫のような生き物ですね。
これらのすべては「仏の方」「凡夫の方」とは関係がない。いうなればいろんな人を二次元的にベタっと表現した世界です。広さだけがあって深さも奥行きもない、表面的な人間模様であり、群萌とは違います。登場するのは三者三様ですが温泉まんじゅうは同じです。いつでもどこでもだれでも全て同じまんじゅうである。餡も皮もまったく同じですが気づかない。
何故気づかないのか。まず群萌の餡に気づかない。群萌が自己のことだと気づいていないのですね。餡が入っていないから、いくらまんじゅうの効能を読んでも味が無いのです。しかしひとたび群萌の餡が入れば、この温泉まんじゅうは、「大」である阿弥陀仏の浄土のとき法性身は我が身を度外視して阿弥陀仏へ成仏する言葉の仏である。そのとき、この諸仏称名の願は阿弥陀仏の浄土であるがゆえに、諸仏称揚の願と諸仏咨嗟の願で完成する大行まんじゅうなのだという、ちょっとした逸話です。
言葉はいつ始まったのか。言葉はこれまでずっとあります。それでは、言葉はいつ生まれるでしょうか。言葉が言語として生れるのは、その言葉が発せられるときであり、その言葉を聞いているときです。言葉の問題は不思議でありハードルが高い。難問だと思いますが、考えていかなければならない問題でもあると思います。
ブログに関するご質問
「易行品」を書き終えて
一年をかけて龍樹の『十住毘婆沙論』を書き終えた。予定通りに進んで良かったと思う。不明な点は多々あるが、少しは前に向かっている気はする。ところで、この「易行品」を書き終える頃にはちょっぴりと使命感さえあった。おかしく思われるかもしれないが正直そういう感覚である。そして今、この親鸞の顕す『十住毘婆沙論』を終えて思うことは、現象と事実ということである。言うなれば、宗教における一個人の現象とその事実関係ということになるだろうか。純粋現象の意義は大きいが、事実は一個人の現象を超えている。この大きなテーマがあったのが嬉しい。そして龍樹の『十住毘婆沙論』「易行品」を書き終えて思うことは、これもまたひとつのハードルであったということだ。次のハードルに向かって新年が始まる。親鸞は飽きない。
「教巻への一考察」についての感想
「教巻への一考察」をブログに載せてしばらくが経った。書いた直後はあまり見たくないのでそのままにしておいた。読み返すと(いつものことだが)表現の至らなさと内容の乏しさを痛感する。いまさらではあるが、少しばかりこの「教巻への一考察」についての経緯を述べてみようと思う。まず、この「大」と「無量寿」の関係を、それもやや無理やりであったが、ア・プリオリの概念と結び付けた。これは証巻にときにカント(ドイツ観念論)を意識していたので、それならばと、教巻においても同じことが言えるだろうということでア・プリオリの思考を用いた。結果意外なことに変換が必要になる。そしてその変換が観経における浄土と阿弥陀仏の関係を思い起こさせたのは意外だった。カントが親鸞を知っていたとは考えにくいし、もし知っていたならこの変換も必要がなかっただろう。そして親鸞がカントを知っているはずはない。親鸞とカントとの関連は謎のままである。
次に親鸞の語句の読み変えである。意図的な読み変えなのは間違いない。後程この問題は現れてくる気がするが、釈尊その人という具体性がおそらくキーワードではないかと思っている。ブログにもそれを思わせぶりに書いたつもりである。
証巻 正定聚について その② 曇鸞における自性清浄浄土の定義としての考察
エトムント・フッサール著『イデーン』Ⅰ―1 純粋現象学と現象学的哲学のための諸構想
第一巻 純粋現象への全般的序論 渡辺二郎訳
第三章「純粋意識の領域」
第四十八節 「われわれの世界を離れてその外にある世界というものの、論理的可能性と事象的背理」
『浄土論註』下巻 礼拝門・讃嘆門の編集後記
『論註』に興味のない人にはつまらないものになったかもしれません。引用文が長いのでそれだけで目を通したくなくなりそうなものでもあります。法話としてかなり無理な試みではありますが、この讃嘆門は以前からクリアしたいところでした。当の本人はというと、けっこう満足しております(笑)。問題点は多々ありそうですが、目下のところはこの程度だろうと一息付けた感じです。しかし、少し時間が過ぎて改めて見直した時に、のっぺらぼうな文章が羅列されているだけのようにも感じました。解読としたら、現時点ではこれ以上のものは自分にはありませんが、法話としたら及第点にも至っていないでしょう。ここで一点だけこの讃嘆門を説明したいと思います。三信三不信の問題でありますが、このヵ所は前日まで書けなかったところです。原稿を構成する暇もなくて、法要の当日に加筆し訂正したところもあります。意味そのものが分からずに戸惑っていたときに、これは付け加えられたものだという思いが飛び込んできました。実感としたらそういったものです。実相身為物身の問題はわりと早くから想像はついておりましたが、三信三不信はそこに付け加えられたものだという発想そのものがなかったのです。考えて見れば、「我一心について」で述べたものがここに出てきただけですが、当の本人はそれにぜんぜん気づかずに悪戦苦闘していたわけです。『論註』はすごく難しくていったいどこまで行けるのか分かりませんが、もう少しだけなら行けるかもしれない、そういう感覚で次回も考えております。のっぺらぼうの文章も悪戦苦闘の末にできた荒れ地の跡である、と想像していただければ幸いです。
観経疏の発菩提心に思う事
本来はこういう発菩提心を話す予定ではなかった。この散善顕行縁はどこか素通りしていたので、こういう壁が有ったことが自分としては驚きだった。分かったつもりで過ぎた処にかなり苦しめられて、結局この発菩提心が主題の原稿となった次第である。最後のヵ所は何回も書き直した場所だ。まだ消化不良の多い所であるがひとまず結論的に置くことにした。親鸞聖人が比叡に居られるころに観経疏はすでに読破されていたと考えるのはかなり前からである。ただ、この原稿が法話として成立するかどうかと考えた時に、ずいぶんと乱暴な原稿だなと思う。もっとざっくばらんに書きたかったなあ。
(自灯明・法灯明)と念仏についての考察
この「(自灯明・法灯明)と念仏」は、聖覚法印の『唯信鈔』を意識して、曽我量深選集の歎異抄聴記の第二条を述べたものである。選集第二条における法の引用文をもとに『唯信鈔』を現代タッチに表現しようと思った。理由は、歎異抄第一条と第三条を続けて構成しようとしたら失敗した経緯があり、この第二条は別の角度からのアプローチが必要だと考えたからである。法の深信とは自己規定を法から示されるものなのかもしれない。また規定として示すとは、法との関係において示すのであり、いうなれば関係性という形である。それに対して機の深信は、法との関係によって現れる自己の深まりである。深まりは動詞であり、深まりつつある自己の姿を現すのだろう。第一条からいきなり第三条へと飛べない理由が、この法との関係を前提にしなければ困難だからだと思ったからである。それを『唯信鈔』をもって表そうとしたわけはまだ自分でもよく分からないところであるが『唯信鈔』が元来そういうものだということなのだろうか。しかしながら当初からそいう事を考えて原稿を作成したわけではない。後から考えたらそういうことじゃないだろうかと思っているだけだが、布石という理由で、ひとまず初めに措いておこうとしたのは確かである。
歎異抄第3条の編集語録
彼岸会での原稿を纏めていたら後半が煩雑になっていることに気がついた。意識とこころ、こころと無意識、身体と無意識。不明なことが多い中で話を進めるのが難しかった。なんとか自分なりに纏めたつもりである。法蔵菩薩の問題は第3条から登場するのはある面必然的だと思うので付け加えている。
「気遣い」と「よしあしの文字もしらぬひとはみな まことのこころなりけるを」
「不安」編ではハイデガーの『存在と時間』について自分の所見を書いてみた。そこにおける気遣いは、親鸞における善悪の問題と共通点が多い。正像末和讃で「よしあしの文字もしらぬひとはみな まことのこころなりけるを 善悪の字しりがほは おおそらごとのかたちなり」と親鸞は述べている。この「よしあしの文字」だが、これを「気遣い」と「不安」の関係に見るなら、それは「気遣い」における意識関係の前後になる。無に対して「不安」「居心地の悪さ」から発して何かを気遣うまでの過程を気遣いの前後とするなら、親鸞における「よしあしの文字もしらぬひとはみな」は気遣う前の段階である。それはハイデガーにおいては、そこにあるのは「不安」における心の動きだけであって、気遣う処の具体的な内容は無い。これをもしこの和讃に当てはめるなら、それが「まことのこころ」であり、ハイデガーでは身体的な機能に属する意識のあり様ということになる。そして「善悪の字」は気遣う内容を言葉にしたものだろうから、それは何かを意識するということであり、「善悪の字」は「気遣い」として見ても「おおそらごとのかたちなり」なのだ。共通するものは他にも多く見ることが出来るかもしれない。だからと言って全てが同じだということでもないだろうが。そしてすでに十数年たっているのでかなり忘れしまった。こういう論理的な構築は様々な所見の取り扱いに対して目安になる事があるのでとりあえず書いておくことにした。